表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

俺はまだ、死にたくない。

ここは安住の世界。

数多の種族が住み、笑顔で生活し、約束された平和の世界。

白き魔女・オフィーリアが作り出した綺麗な世界だ。

魔力は豊富で、隅々まで自然が溢れ、食にも困らない永久の場所。

人々は口々に言う。

「ここは楽園だ」と。

楽園・フラウテス、この世界は一人の魔女と4人の統治者によって管理された世界。



「いらっしゃい、新たな住人ね。貴方は――そう、クリフィダと言うの。見た感じでは、獣人…豹かしら?」

「あ…、そうです…!はっ、初めまして…!」


目が覚めれば、真っ黒な瞳に長く真っ直ぐな黒髪を揺らす少女が立っていた。

穢れのない白肌に真っ赤な唇が視線を誘い、その口からは優しげでか細い声が響いて耳に残る。

身を包むワンピースも、その上に重ねられたローブも純白で、首にも真っ白なマフラーが巻かれている。

美しい。

その姿はまるで妖精のようで、だけど彼女から溢れる魔力は桁違い。

遥かに自分を(しの)ぐ存在――魔女だと一目で分かった。


「初めまして、私の名前はオフィーリア。……さあ、聞かせて頂戴。貴方は何故命を落とし、この世界に迷い込んだのかしら?」


真っ黒な瞳に吸われるように、意識が遠のいていく感覚がした。

自分の過去なんて覚えていない。

そう思っていたのに、勝手に自分の口が動いて声が出た。


「……俺は、エギレナ大陸の森に住んでたんだ。狩りは得意で、同胞にいつも飯を準備してたんだ。

でも……同胞は突然、皆死んじまった。綺麗だった川が、突然飲めなくなって……その川が原因で殆どが死んじまったんだ。

生き残った数人の同胞を連れて、大陸中を探し回った。だけどどこにも俺達が生きられる環境は無くて……」

「それで、貴方が見つけた場所がここだったのね……」

「なあ、ここはどこだ?ここに俺の住む場所はあるのか?」


魔女はじっと真っ黒な視線を向てくる。

暫くして、表情を一切映さない赤い唇が、口角が上がった。


「ええ、無事に此処を探し当てた貴方はとても鼻が利くのね。ここまでの道のりは大変だったでしょう?

いらっしゃい、ここは楽園・フラウテス。痛烈な死を迎えても"生を求める探求者"、貴方が目指した安住の地よ」

「ここが……」

「獣人ならば丁度いい森の集落があるわ。そちらへ案内しましょう」


魔女は初めて足を踏み出し、歩き始める。

円形の石に囲まれた建物の中に居ると思っていたのはその通りで、一つだけ見えていた大きな門を出れば……辺りは森に囲まれていた。

そして振り返れば、石造りの白く大きな塔が空へ向かって伸びていた。


「わぁ……」


その大きさに、見慣れない物に、思わず声を上げてしまった。

なんて大きくて立派な建物なんだと、じっくりと見つめてしまった。


「ふふ……ここへ訪れた人はね、皆同じ反応をするの。ここは中心地、"約束の塔"よ」

「約束の……塔……」


印象の強い白亜の塔は異彩を放つ。

このままでは先に進めない。

塔から視線を離し、辺りを見回す。

森の中に立つ塔と同じ純白の少女が「貴方が行くべきはこっち」と道案内をしている。

その足元に続く道は……若干の獣道ながら、確実に誰かが何度も通った跡があった。


「この世界にはね、塔を中心に囲むように4つの町があるの。名前は覚えなくてもいいけれど……それぞれその環境に合った子達が住んでいるわ。

神楽(カグラ)、ラキア、グレイブヤード、アルフヘイム――貴方が今から向かうのはアルフヘイム。貴方と同じように獣人や妖精達が生きる自然に溢れた町よ」

「アルフ、ヘイム……」


どれだけ歩いていただろうか。

いや実際には全く時など経っていないのかもしれない。

それほどまでに自分は時間に対しての感覚が狂ってしまったのか、或いはこの世界の時の進みが自分の生きた世界と違う可能性もある。

森の道は一向に景色を変えない。

随分深い森だと、思ってしまった。

だが、それは違う。

実際にはこの森自体が魔力に満ちた森なのだ。

そう気付くには、少しばかり時間がかかったようだった。


「お待たせ、ここがアルフヘイム……貴方がこれから生きる町よ」


足を止め、振り返った魔女の奥。

一瞬だけ眩しい光が立ち込めて、落ち着いた頃にはキラキラと輝くような景色が広がっていた。

季節や場所なんて関係なく咲き乱れる花畑、先ほどの塔にも負けぬほどに大きな大樹、色とりどりの野菜や果樹に溢れた畑や果樹園、そして――この町で生活する姿形に決まりのない人々。


「こ、こは……」

「――いらっしゃい、貴方が新たに来た探求者かな?」


あまりの景色に呆然としていると、ふいに声を掛けられびくりと心臓が跳ねる。

女性にしては低く、だけどきりっとした声。

いつの間にかオフィーリアの隣には頭に薔薇の花を飾った女性が立っていた。


「……初めまして、私はジュリア。このオフィーリアからの勅命を受けてアルフヘイムを統治している薔薇の精霊だ」

「薔薇……あっ、えっと、俺はクリフィダ。豹の獣人だ」

「なるほど豹か……皮膚の斑点は確かにそのようだな。獣人はいくつかの種類が住んでいるが、豹は初めてだ。この町で生きられるといいが……心配事でも不便でも、何かあれば私に言うと良い。よろしく頼む」


声に違わぬきりりとした表情は(おさ)に匹敵する格式の高さを感じさせる。

薔薇の蔓のようにも見える長い髪、名に相応しい真っ赤な衣装は裾が花弁を表すようにひらひらとして……しかし身体のラインが美しさを引き立たせている。

所作も、少し偉そうに感じる言動も嫌ではない。

ここに薔薇の女王がいる、と表現しても違わない姿が目の前に存在している。


「ではオフィーリア、この後は私が引き継ごう。クリフィダの生活区域が決まればまた報告する」

「そう……ではよろしく頼みます。あまり無理しないようにね」

「お互い様だな。ではクリフィダ、中を案内する。ついてこい」


中に踏み入れればまた違う空気が町を包んでいた。

先程の森のような湿気は全くなく、溢れる空気は一切濁ってなくて清々しい。

大きく吸って、満たされる気持ち良さがあった。

住んでいる住人の姿がちらほらと見えるが、毛むくじゃらで動物が直立しただけのような獣っぽさが強く出た獣人や、皮膚が見えてほぼ耳や角しか残っていない人型の獣人もいる。

少し奥まった所に(そび)え立つ巨木に目を向ければ、幹には鳥の翼と化した腕を持つ鳥人も見えた。

腕や足に豹の柄を残した自分が混じっても何の問題はないほどに、本当に多種族の亜人が居るらしい。


「ふふ、獣人だけではないぞ。あの花畑で蜜を摂るのは妖精達だ。彼女達には花蜜を作って貰っている」

「果樹園や畑だけでなく、花蜜まで……」

「この世界で食を摂るには、誰かが働かねばなるまい。この世界には働くこと以外にできる事は無いからな……だが、それでも交流になる。ここは持ちつ持たれつ、共存共栄の世界だ。そういうのは……苦手か?」

「いや、驚いただけだよ。前は俺が同胞に肉を運んでいたんだ」

「狩をするのか。実はこの世界でまだ狩が出来るヒトは少ないんだ……丁度良い仕事になると思うのだが、どうだ?」

「良いのか?やってみたい……!」

「では住む所が決まったら、その腕を見極めさせてくれ。ふふ、獣人は食肉類が多いから喜びそうだ」


ジュリアは嬉しそうな表情を見せて先を歩く。

どうやら生態を理解しているのか、この町の統治者というのは本当らしい。

町に居る住人の紹介を指を差しながら丁寧につらづらと教えてくれる。


「ここには他にもエルフが住んでいる。彼ら森の番人は狩には厳しいが、同時に食肉の獣人達が肉が無ければ生きていけないことを理解しているのでなにも言わない筈だ。

もし生活の違い等でも分からないことがあれば、そっちに聞くのも良いぞ。何せ多岐にわたる学術を教えてくれる博識な者達だからな。

それから家や家具はドワーフが川向こうの岩場に住んでいる。他には小物やアクセサリー類も作ってくれるモノ作りの職人(ベテラン)だ。欲しいものや不足があれば彼らに頼んでみることだ。

ただ……彼らは利益を欲する性格なので、隣町の神楽で作られる燈酒(ウイスキー)やグレイブヤードの鉱物を渡すと想定以上の出来で作ってくれるぞ。

ちなみに彼らと先ほどのエルフは仲がとても悪いようだが、町の調律は彼女が保ってくれているから安心しろ」


そう言って指を差した先、いつの間にか町の奥にまで来ていたのか、入口からでも見えていた大樹が目の前に居た。

大樹の付け根には扉が並び、幹には階段のように蔓が巻き付き、枝にも家や扉が見える。

この大樹ひとつだけでも、数多の人種が一つ屋根の下(マンション)で暮らしている状態のようだ。

そして、目を光らせたように木の葉の影から沢山の視線を感じた。


「皆も新たな住人が気になるようだ。基本彼らは好奇心の塊だからな、これからの生活でぜひ親睦を深めてくれ。……という訳だからよろしく頼むよ、イルミンスール」

「イルミンスール……?」


ジュリアの声かけに返事をするように、風に大樹の葉が擦れた音が響いた。


「ええ、新たな住人に祝福を。ふふふ、更に賑やかになっていきますね」

「わっ、わ……!?」


その声は、まるで脳内に直接響いてくるようで驚いた。

だけど母のように優しく、何でも包んでくれそうな声に耳を傾けたくなる。

声の主は目の前の大樹だ。

この世界で目を開けてから、驚くことばかりでぞくぞくと心が震えた。


「ふふ、貴方も楽しみなのでしょう?私はイルミンスール、世界樹と呼ばれるただの大樹です。私もこのアルフヘイムで生活する一人なのです。よろしくお願い致しますね?」

「よ、よろしくお願いします……!」

「中々面白い世界だろう?是非、充実した日々を過ごしてくれ」


この世界で、俺はどんな生活をしていくのだろうか。

皆、ごめん。

俺……すごく楽しみになってきた!

イメージとしては

神楽:漆喰の壁と瓦屋根の家が並ぶ和風の街並み。田園と神社が広がっている

ラキア:サントリーニ島のような白い街並み。町の中央に鐘のある大きな塔がある

グレイブヤード:常に雷鳴が轟く荒々しい岩山の高地。人間が住むのは難しい荒廃の土地

アルフヘイム:豊かな森に囲まれた畑と果樹園、花畑のある自然あふれる街並み。

といったところでしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ