すべてを知りたい
知識は空のように広く底のない世界。
どこまでが始まりで、どこからが終わりなのだろうか。
「先生!」「先生教えて!」「レンティス先生ー!」
嗚呼、子供達の声が聞こえる。
探求の声、知識を求める小さな賢者達の声が。
私は教えてあげないといけない。
知識の血族として。知力の種族として。
少年は問う。
「レンティス先生!この葉っぱはどんな効果があるの?」
「これは痛み止めの薬草ですね。乾燥させて煎じ、茶にすれば体内から痛みを和らげる効果があります」
「そうなんだ!さすが先生!」
少女は問う。
「先生、この実は食べれる?」
「この実はまだ少し早いようですね。屋根の影に2日程吊るしなさい。実が全て赤く染まれば食べ頃ですよ」
「わぁ、ありがとう先生!物知りー!」
声のない少年は虫を持って差し出す。
「……これは寒くなったら北から降りてくる虫ですね。"冬呼び虫"とも呼ばれています。この時期に現れたということは、もうすぐここは雪に包まれるのかもしれません。冬籠りの準備をしましょう」
私は沢山の書物を読み知識を蓄えてきた。
耳長族の寿命は500年、まだ250という折返しの今だが、子供達からは先生として慕われ、その矜持を貫いてきた。
これからも私は子供達に教えていくことだろう。
この森のことならなんでも聞いてくれればいい。
私は子供達の貪欲な探究心を求めるためだけにあるのだから。
「ねえ、先生」
「君は……どうしたんだい?」
森の子供達の中では特に読書家の少年が目の前に現れた。
知識に対しての貪欲さは一番強いであろう彼は、前髪に隠れた瞳で私を捕らえる。
「昨日、本で森の外のお話を見たんだ。先生は、ドワーフって知ってる?」
「ドワーフ……この森では土竜族と呼ばれる種族ですね。土を掘り洞窟に住む、手先が器用な種族だと伺っていますよ」
「じゃあ先生は会ったことある?僕たちみたいに耳は長いの?土はどうやって掘ってるのかな?洞窟に住んでるなら地上には出てこないのかな?」
子供は無垢だ。
そして残酷だ。
いつもいつも気付かされる。
彼らの知識欲はたまに私の矜持と身を焦がし、私は黙らねばならない。
それは何故か。
私は知らないからだ。
名前しか知らない他種族、文献しか知らない命、この森を抜けたこともない私が森の他のことをどう知り得よう。
知らねば、教えてあげられない。
知識がなければ、彼らに伝えることもできない。
私は、知るべきだ。
今こそ外に出向き、全てを見て子供達に教えねばなるまい。
それが……教育者としての責務だ。
……。
…。
「おーいレンティス先生、どうなすった」
「流石にこの木漏れ日じゃ誰だって眠るもんよ、寝かしたれ」
……なんだろう、声がする。
耳障りの悪い掠れた声、最近よく聞く低い声だ。
声がするまま目を開けると二人のおじさんが顔を覗かせていた。
二人とも立派な髭を蓄えているが、短身白髪の御老体は縁の小さな丸メガネに髭の先を三つ編みにして結っている。
もう一人は黄色が目立つヘルメットが特徴的な黒い無精髭の御老体。
この楽園で出会ったドワーフ、ダンテイルとテゼルニフだ。
「これはこれは……ふわぁ、どうやらうたた寝をしてしまったようです」
「先生はいつも何でも教えてくれる先生じゃろい。たまにはしっかり休みなさんな」
「わしらにもよう付き合ってくれとる。無理はいかんぞ」
すっかり寝入ってしまったらしい。
まさか前世の夢を見るとは。
知識を求めて外の世界を探した結果、全てを失ってしまったなど恥ずかしくて口にも出せない。
それを心配されるなど……
「……ふふっ」
「突然笑ってどうしたね先生」
「先生、壊れてしまったらいかんぞ」
「いえ……実際にこうしてお会いしないと知らないままだったんだなと、笑いが込み上げてしまっただけです。ご心配なく」
目の前の家具職人達はなんと不思議な顔をしたことだろう。
手先は器用でも土は掘らず、洞窟にも行かぬ。
手に持つはカンナとノミ、相対するは石ではなく木材……。
本のみで知る土竜族はどうやら、本には書かれていないことが沢山あるようです。
更に気が良くてどんな種族に対しても平等で優しい。面白いものですね。
前世の世界、数多の知識を求める子供達よ。
生は常に勉学です。
いくら歳を取ろうとも、常に己の無知に気付かされます。
どれだけの歳を重ねようとも、探究心だけは……忘れてはいけませんよ。
「ところで先生」
「はい、テゼルニフさん。どうされました?」
「この花を彫刻したい。なんという花か知っているかい?」
「クロッカスですね。どこに掘るのですか?」
「俺がこの樫の木に掘りたい。先生の新しい机用にな」
「もう3台も頂いてます。統治者様方に差し上げてください」
それから。
ドワーフはどうやら見境なくモノ作りをしたくなるようです。
頼み事をするときは、どうぞお気をつけて。




