第六十三話
さてさて、どうしたものか。
まぁどうしたものかと考えてみたものの。
この入来院のぞみには、カーミラを止める術などないし。
そもそも私自身の『存在』も5年かそこらしかないのだ。
カーミラの『存在』は残り3年。
それでも『始祖』の力は、私の手には余る。
『精神干渉』の音色に対抗するには、普段使っていない『吸血鬼』の能力を全力で使わなければならないし。
正面からやりあったら、結果は火を見るよりも明らかだろう。
たぶん深い『眠り』に堕とされるのは自分の方だ。
だから、今は、まだ、動くときではない。
カーミラのことは『聖女』とやらに任せておくのが一番だ。
分かってはいる。
頭では分かっちゃいるのだ。
けれど。
「やめなさい、カーミラ」
私は、丸い月の光の下、薄暗い路地裏で、見ず知らずの少女の『存在』を啜るカーミラを一喝する。
しかしカーミラもくもくと少女の肢体を弄びながら『存在』を啜り続ける。
「やめなさいって言ってるでしょう!!」
大声でそう言うと私は瞳を朱色に染め上げながら『吸血鬼』の力を解放する。
カーミラの元へと跳躍し、少女の体を無理やり引きはがし、カーミラの腹部に蹴りを入れる。
小さなカーミラはコロコロと転がって近くの塀に体を打ち付け動かなくなる。
少女の顔を見ると視線は虚ろだがまだ息はある。
うん、まだ大丈夫―――。
そのはずだ。
私は少女の体をゆっくりと横にして服をしっかりと着せてあげる。
「―――せっかく、お楽しみ中だったのに興ざめなンだわ―――」
うずくまっていたカーミラは口から、自分の血か少女の血か分からないものを吐き捨てながら告げる。
「のぞみ、『始祖』に逆らえばどうなるか分かっているのだろうな?」
不敵な笑みを浮かべながらカーミラゆらりと立ち上がり、そして。
「ストップッ、ストーーーップ!!」
私とカーミラがお互いに距離を詰め、勢いよくお互いの体を殴りつけようとした瞬間。
その間に入って来たのはしずくちゃんだった。
サイズも人間サイズで私にすがるように抱き着いてくる。
「しずくちゃん、どいて。カーミラにこんな事、続けさせられない」
私の言葉にしずくちゃんは無言でふるふると首を振る。
「しずくはわかってるンだわ。今のおまえの力じゃカーミラを止められないンだわ」
……悔しいがカーミラの言葉通りだ。
私はカーミラに勝つことは難しいのかもしれない。
でも、それでも。
許せないものは許せない。
「カーミラは二度と『眠り』につきたくないンだわ。だから人間たちから『存在』を啜るンだわ。それが何か問題あるのか?」
「その方法は問題があるから、私は止めてる」
「理解できないンだわ。『人間』は『存在』が尽きれば『偽人』として生きていくンだわ。『偽人』は『人間』の成りたい自分なンだわ。その方が幸せなンだわ」
確かに、『偽人』はそういう『存在』なのかもしれない。
かつて、飛鳥ちゃんが『偽人』の『明日奈』ちゃんであることを望んだように。
でも、それは不自然な自分なんだ。
なりたい自分には、自分自身でならないと意味がない。
飛鳥ちゃんが『明日奈』ちゃんであることを拒んだように。
『人間』は『人間』のまま生きていくのが自然なんだ。
「『人間』を『偽人』にしていい理由にはならない」
「話は平行線なンだわ。しずく、おまえも巻き添えになりたくなければどいてるンだわ」
「あーーーーーーっ、もう!! どうして同じ『吸血鬼』同士仲良くできないかなーー!!」
しずくちゃんは私とカーミラの間で頭を掻きむしりながら。
手に瑠璃色の刀を抜き放ち、カーミラの方へその切っ先を向ける。
「『主』を危険に晒すことは『従者』のボクにはできないからね。だから、カーミラ。ボクと取引をしよう?」
刀を瑠璃色に輝かせながら、しずくちゃんはカーミラに問いかける。
「『眷属』の力なンて、カーミラには効かないンだわ」
「だろうね。でもボクがカーミラのお姉ちゃんになってあげるって言ったら?」
「は?」
私はしずくちゃんのその提案に虚をつかれる。
「カーミラ、しずくの妹になる!!」
言いながらカーミラはしずくちゃんに諸手をあげて満面の笑顔で抱きついていた。
「はあぁぁぁぁぁ!?」
「はいはい、良い子、良い子。だから、もう『人間』を襲うのはやめようね?」
「わかったンだわ! お姉ちゃんっ!!」
私はしずくちゃんとカーミラのやりとりに思いっきり脱力しながら、その光景を見つめることしかできなかった。
なんなん、この光景。
私は深い『眠り』につく覚悟でカーミラに挑んだというのに。
まさかカーミラがこんなにチョロインだったなんて。
さすが見た目幼女の『吸血鬼』―――。
中身も見た目通り幼かったのか―――。
なんか私、馬鹿みたいじゃないかーーーーーーーーーーーーっ!!!
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