第五十九話
夏の日差しが開け放ったカーテンの間から差し込んでくる夏休みの朝。
私はお嬢様を起こすためにお嬢様の部屋へとやって来ていた。
いつもの様に寝起きの悪いお嬢様は、欠伸をしながら、自分自身の全裸姿を姿見で見つめながら部屋着へと着替えていく。
その姿を私はぼんやりと見つめながら、考え事をしていた。
「どうしたの、遥香」
着替えを終えたお嬢様が私に声をかけてくる。
余程、私の顔色が悪かったのだろうか。
「なんでもありませんよ」
そうはいうものの、先日思い出した過去の記憶が、心の底に棘の様に引っかかってしょうがない。
「お嬢様は、旧屋敷のこと覚えておられますか?」
「ん?あー……あったね、そんなとこ。それがどうしたの?」
「いえ、そんな場所もあったなと」
「懐かしいね。二人でよく遊びに出かけたっけ」
「そう、ですね……」
お嬢様の反応からして、あの日の記憶はきっと覚えていないのだろう。
当の私ですら、ローレライさんが記憶を辿るヒントをくれなければ、思い出せすらいなかったのだから。
しかし、旧屋敷のことがきっかけで、私がお嬢様を『吸血鬼』にしてしまったことが。
この事が私達の『存在』を得る方法を知りうることにどう繋がるのかが分からない。
これではまるで。
まるで、私がお嬢様を、『吸血鬼』という永遠の牢獄の道連れにしてしまったみたいではないか。
「……」
考え事をしていると体に違和感を感じた。
正面から、両手で、ガッツリと、私の豊満な胸が揉まれていた。
お嬢様はえへへへとにやけながら、その慣れた手つきに私の体は快楽を与えられていく。
だめだだめだだめだ―――。
ここは断固として拒絶しなくては。
「駄目です、お嬢様―――」
「そう言ってるけど遥香の体は喜んでるみたいだよ? 体は正直だね?」
そんなことをのたまいながら尚も私の体を触ってくる。
はぁ……まったくこの色ボケお嬢様は、と思いつつも私の体は逆らうことができない。
ペシン。
そのお嬢様の行為を止めたのは瑠璃色の棒を持った小さな『眷属』しずくだった。
「今に始まった事じゃないけど、そろそろこの漫才やめない? いい加減飽きてきたよ」
「私は、百合百合したいだけなんだよっ!!」
お嬢様はしずくに叩かれた頭を抑えながら抗議の声をあげる。
「百合百合したいだけなら、私の胸を揉む必要ないですよね」
「それはそのー。やっぱり、百合にはスキンシップは大事かなぁって」
私は手にしたスリッパでお嬢様の側頭部を華麗にスパーンと叩いてあげる。
「いたーーーーっ!!!二度もぶった!!!お父様にもぶたれたことないのに!!!」
「いえいえ。そんなことないですよね?」
お嬢様は結構な頻度で旦那様からぶたれていたような気がするのだけれど。
あと、一回目はしずくがぶったのであって、私が叩いたのは一度目だ。
お嬢様が一体何を言っているのか私には理解が追いつかない。
まぁどこぞで読んだ漫画の真似でもしているんでしょう、きっと。
「それはともかくお嬢様。今日はピアノのレッスンの日ですよ?」
「は……そういえばそうだった」
その顔は本気で忘れていたなと思う。
夏休みに入ってからというものお嬢様は精神的にたるんでいるのではないだろうか。
とはいえ、私自身もあまり人のことは言えないのだけれども。
今日はお嬢様のレッスンもありますし、午後は昔の記憶を漁りなおしますか……。
夏の日差しが南でさんさんと輝く時間。
その厚さを和らげるような爽やかなメロディーが屋敷中に木霊する。
お嬢様のピアノのレッスンだ。
こういう所だけ見ればお嬢様は良家の令嬢なのだけどなぁと思うのだけど。
しかし中身は百合をこよなく愛する百合百合脳。
だけにとどまらず、最近はエッチなことまでしてくるセクハラお嬢様。
どうしてこうなってしまったんだろうか。
本当に。
その記憶を辿ろうとするとお母様の「『吸血鬼』は『百合』を求めるものなのよ」という言葉に辿り着く。
『吸血鬼』が『百合』を求める……ね。
私自身も『吸血鬼』ではあるけれど『百合』を求めているかと言われれば、微妙な所だ。
私は『お嬢様』にお仕えできるならそれでいい。
傍から見たらそれも『百合』の一つの形なのかもしれないのだけれど。
「ふむ……」
お嬢様が打鍵するピアノのメロディーに身を任せながら、私は更に思考を巡らせる。
『吸血鬼』が求めるもの『存在』。
『吸血鬼』が生きていく上で必要なものが『存在』。
『存在』が無ければ私達は深い『眠り』に堕ちるしかない。
『存在』を得る方法は深い『眠り』に堕ちるか、『人間』から『存在』を啜るしかない。
『存在』……そもそも『存在』とは何なのだろう。
私はあまりにも『存在』の事について何も知らなさすぎる気がする。
足りなくなった『存在』は『人間』から奪えば良いと考えてきたからだ。
では何故『人間』に『存在』があるのか。
『吸血鬼』は何故『存在』を啜ることができるのか。
『存在』が尽きた『人間』は何故『偽人』になるのか。
何故、『眷属』だけが『存在』の量を知ることができるのか。
以前しおりに問いかけてみたことも有ったのだけれど。
本人たちにもその理由は分からない、という話だった。
本来、これらの疑問の答えはお母様が答えてくれるのだろう。
しかし、お母様はもうこの世にはいない。
私達に『存在』を分け与えて永遠の『死』を迎えたのだから―――。
そんなことを考えていると。
一つの事に思い当たった。
ローレライさんは『存在』を得る答えは『幼い日の想い出』だと言った。
私はそれが私自身の想い出だと思っていた。
けれど、そうではないとしたら?
答えは、そう、きっと―――。
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