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『吸血姫様』は百合百合したいっ!!  作者: 牛
第二章 『百合百合』させて?
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第五十八話

『聖女』は言った。


『私が、『始祖』カーミラを封印してさしあげます』と。


 はたして本当にそんな事が可能なのだろうか?


 数百年に及ぶというカーミラ自身の『存在』を削り切ることなんて。


 あのものすごくめんどうくさがりな『聖女』にそんな事ができるのか甚だ疑問なのだけれども。


 とりあえず、その話はさて置いておいてだ。


『聖女』ローレライさんは私との密会の別れ際にこんなことを言っていた。



「あなたの知りたいことは、幼い日の想い出の中にありますよ。古いお屋敷の話です。思い出すのはめんどうくさいでしょうが」



 私の―――。


 私自身の幼い日の想い出―――。


 思い出すのがめんどうくさいかは別として。


 古いお屋敷の話―――。


 屋敷の皆が寝静まった夏の日の夜。


 しおりを早々に寝かしつけて私は一人、窓際に座り込み物思いにふける。


 カーテンの隙間からは夏の星達が瞬く。


 ぼんやりとその星達を視線で星座の形を辿りながら。


 私は。


 幼い日の記憶を、一つ一つ手繰り寄せる。


 それは。


 それは遠い遥かな記憶の底。


 私の記憶の海に沈んだ想い出たちの一つを。


 夜の闇の中で、古いお屋敷が関係するきらりと光る一粒の小さな記憶の粒を思い起こす。


 私は、小さな少女だった日の事を。


 寒い冬の季節を終えた、ある晴れた春の日の事を。


 古いお屋敷でのことを。


 思い出そうとしても今日まで思い出すことができなかった微かな想い出を―――。



「はるか、ついてきなさい」



 その日、私は同じく幼かったお嬢様に付き従って敷地の森の奥深くへと向かっていた。


 敷地の森はそのまま裏山へと続いていて。


 先を進むお嬢様は、屋敷の敷地をでていることを気にも留めずに裏山へと足を踏み入れる。



「おじょうさま、かえりましょう?」


「はるかはおくびょうものね。これぐらい、いりきいんけの、わたしにかかればちょちょいのちょいだよ」



 そんな事を言いながらお嬢様は私の手を引く。


 一体何がちょちょいのちょいなのか幼心に思いながら私はお嬢様についていった。


 目指す先は裏山の中腹にある入来院家の旧屋敷。


 十何年も前に使われなくなった屋敷で門は固い施錠がかけられて入れないようになっているはずだった。


 しかし十何年も打ち捨てられているうちに脆くなっている場所はあるもので。


 お嬢様はボロボロになっている壁の一部を見つけてお屋敷の中へと入っていく。


 ギシギシギシと軋むを廊下を進んでいく。


 所々腐って穴が開いている階段を気を付けながら二階へとあがり。


 そして。


 同じく穴の開いた廊下を避けながら目的の部屋へとやってくる。


 そこはお屋敷の二階の最奥の部屋。


 人が住まなくなって久しいこのお屋敷の中で唯一、綺麗に保たれている場所。


 その理由は何故だか分からない。


 けれど、その部屋はお屋敷の中で一番見晴らしがよくて。


 お嬢様はその部屋のバルコニーから街を見つめるのが好きだった。


 無言で、お嬢様はバルコニーの壁に寄りかかって街を見つめる。



「きれいね、はるか」



 お嬢様は目を輝かせながら夕焼け色に染まっていく街並みを見つめる。


 たしかに綺麗な光景ではあるのだけれど。


 この光景を見た後は真っ暗闇の廊下を穴から落ちないようにしながら戻らないといけないという、その事実が私の心を辟易させる。


 でもまぁ。


 お嬢様がこの光景が好きだと言うのなら付き従うのも悪くないだろう。


 何より、私自身も朱色に染まっていく街並みを見るのが好きだった。



「さて、かえりましょうか」



 夕日が地平線の彼方へと沈みきった後、お嬢様はそう告げて部屋に戻ろうとしたその時。


 ギシリ。


 何か嫌な音が足元から聞こえた。


 ミシミシミシとその音は連鎖していき。


 私とお嬢様の体は崩れていくバルコニーと共に二階の空から放り出されてしまった。


 周囲を見回すと壊れてしまったバルコニーの残骸から土煙が上がっている。



「いっ……」



 お嬢様を探そうと私は体を動かそうとすると足に少々深めの傷を負っていた。


 どうやら落下する時に柱か何かにぶつけてしまったらしい。


 なので私は無意識のうちに『吸血鬼』の力を使い、傷を塞ぐことを試みる。


 しばらくして、傷はみるみるうちに塞がっていき。



「うん、うまくいった」



 そう独り言ち、私は一緒に落下してしまったはずのお嬢様の姿を探索する。


 お嬢様の姿を見つけるのそんなに苦労はなかった。


 しかし……その体は血にまみれていて。



「おじょうさまっ!!」



 私が声をかけてゆさぶってもお嬢様の意識は戻らない。


 私は瀕死のお嬢様を背中に背負って。


 私はただがむしゃらに走った。


 走り続けた。


 けれど、お嬢様の息は。


 私の背で息をするお嬢様の呼吸は弱まっていき。


 無我夢中だった。


 お嬢様が死なない方法はどうすれば良いのか。


 お嬢様の体中から絶え間なく流れ出る血を止めるにはどうすれば良いのか。


 私は無我夢中だった。


『吸血鬼』ならこんな傷、わけないのに―――。


 私は、気付いたら、お嬢様の傷口に私自身の血を注いでいた。


 そうするとお嬢様の傷口はみるみると塞がっていき。


 お嬢様の『人間』という『存在』は。


 私の『吸血鬼』という『存在』に上書きされ。


 お嬢様の息は平静さを取り戻し―――。


『人間』だったお嬢様の『存在』は、『吸血鬼』に変わり果てていた。


 そうだ―――。


 何故、こんなにも大切なことを忘れてしまっていたのだろう。


 何故、この記憶を記憶の海の奥底にしまっていたのだろう。


 そうだ、この日からだ。


 この日からのはずだ。


 部屋でお嬢様のお世話をしていた時の事だ。



「はるかー? わたし、ゆりゆりしたい」


「は?」



 私は呆気にとられてお嬢様のその言葉に耳を疑った。



「だからー、わたし、おんなのこと、ゆりゆりしたいのー」



 そう言いながらお嬢様は私の体のいたるところを撫でまわしてきた。


 お嬢様のこの奇怪な言動や行動のことをお母様に相談してみたら。


 確か―――。


『吸血鬼』とは女の子を求めてしまうものなのよ、と笑いながらはぐらかされた気がする。


 ―――そうか。


 そうだったんだ―――。


 何故、お嬢様が百合を求めてしまうのか。


 いつから、お嬢様がこうなってしまったのか。


 それは。


 私が、お嬢様を―――。


 この手でお嬢様を―――。


 百合を求める『同族』の『吸血鬼』に堕としてしまったからだったんだ―――。

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