第五十六話
屋敷の皆が寝静まった丑三つ時。
お嬢様のお世話から解放される唯一の時間。
私は一人、自室のノートパソコンに向かって打鍵する。
『人間』から『存在』を奪うことなく『存在』を回復させる方法を求めて―――。
インターネットの広い世界の海を右へ左へ。
しかし、そんな情報、簡単に入手できれば、私はしおりに『人間』を襲わせたりしていないわけで。
今日も英語やドイツ語で書かれている文献を翻訳サイトで翻訳しながら。
『存在』を回復させる方法を探し求める―――。
「『主』―――あまり根を詰めすぎられても―――」
私の手元で正座をしてしおりは私に言葉を投げかけてくる。
私はノートパソコンのモニターに視線を走らせながら。
しおりと逆の方に置いてある自分で淹れた少し温めの紅茶を啜り。
「私とお嬢様に残されてる時間は少ないの。しおり。それはあなたにも分かっているのでしょう?」
「―――はい」
そう答えるとしおりは無言になってしまう。
チラリとしおりの方に視線を移すとしおりも懸命なまなざしで、私がノートパソコンに開いたウィンドウを食い入るように見つめていた。
しおりはいつだってそうだ。
私の。
『主』である私の為に懸命になってくれる。
私が『主』として命じた事にも。
どんな事でもこなしてきた。
しずくという邪魔は排除することはできなかったけれども。
しかしその事は今はもうどうでもいい。
私自身もお嬢様と『今』を生きているのだから。
―――何故、しおりがこんなにも私に尽くしてくれるのか。
その理由は分からない。
ただ、あの日。
雪の舞う夜に。
私はボロボロだった『眷属』の少女を拾っただけだった。
私にとってはそれはただの気まぐれ。
それはただの思いつき。
それを恩義に感じて、私に尽くしてくれているのなら。
それはそれで、とてもありがたい事なのだけれども。
でも、今の私にとってはしおりの忠義心は重すぎる。
ノートパソコンの画面を見つめながら筏をこぎ始めたしおりを見つめながら私はふぅとため息をつく。
「しおり、もう寝ていいわよ?」
「しかし、それでは『主』だけが―――」
「あなたが居ても手元の邪魔ですから。それに明日も早起きなのでしょう?」
しおりはいつも早朝の時代劇を見るために早起きしているのだ。
お気に入りは『松野竹千代』の『暴れすぎる将軍』。
しおりが一人でテレビを見ながら、彼の役のものまねをしているのを私は知っている。
一度、そのことでお嬢様からからかわれたりしたこともあったらしいけれども。
私はそんな事はしない。
しおりは私に忠実な『従者』なのだから。
私は誠実な『従者』のために、見本となる『主』であろうと心がけている。
無言で私が打鍵する音が響く中。
しおりは自分のドールハウスに後ろ髪をひかれるようにふよふよと飛んでいった。
このやりとりは毎晩のように繰り返している。
それでも、しおりが同じことを繰り返すのは。
私やお嬢様の『存在』が―――。
私達自身が思っている以上に、減っているという他ない。
しおり達、『眷属』には『存在』の量を知ることができる能力があるそうだし。
それが私がしおりの事を拾った理由の一つだった。
しおりがその事に気付いているという事は。
お嬢様の『従者』であるしずくもまたこの事に気付いているはずだ。
昼間、いつも眠そうに居眠りをしているのは、きっと。
たぶん、そういうことなのだろう。
私もお嬢様の『従者』として負けられないなと思い、ノートパソコンに向き直る。
カタカタカタとノートパソコンを打鍵していると。
ピコンとメールフォルダにメールが着信した。
なんだろう、こんな時間に。
アングラに潜り過ぎて変なサイトでも踏んだりしてしまっただろうかと、訝しながらもそのメールのタイトルに目を通してみる。
『あなたの知りたいことを教えて差し上げましょうか?』
なんて事が書いてあった。
私は速攻でそのメールを開封せずにゴミ箱に突っ込んで消去した。
はいはい、これで綺麗さっぱりですね。
ピコン。
再び着信。
『なんでそんなに躊躇なく消すんですかっ!!!』
まるで私の行動を見ているかのような言動だった。
あまりにも胡散臭すぎるので、私は再びそのメールをゴミ箱に入れ即レジストリから削除する。
ピコン。
三度受信。
『だから、まってくださいよ!!めんどうくさい人ですね!!!』
さすがにこんな事を繰り返していて話を聞かないのもかわいそうなので渋々返信することにした。
どうせ、ゴミ箱送りにしても、また届くのだろうし。
以下、メールでのやりとり。
『何の御用ですか?不審者さん』
『やっと話を聞く気になったんですね。本当にめんどうくさい人ですね』
『至って普通の性格ですよ。あなたのメールが唐突で不審過ぎるのでゴミ箱送りにしているだけです』
『ほんとうにめんどうくさい……。とりあえず単刀直入に言いますね。私と取引しませんか?』
『何の取引ですかね、めんどうくさいが口癖のお方』
『はいはい。お互い何者かは分かっているようですね。あなたの知りたい事と私の知りたい事の交換ですと言っておきましょうか』
そして、そのメールには、待ち合わせの時間と場所が指定してあった。
つまりは、そこに出向いてくれば、情報の交換をしてあげるという話らしい。
メールの口調からして、これは『聖女』からの情報共有の依頼なのだろう。
彼女の口ぶりからして『聖女』は『吸血鬼』の『敵』のはずなのに。
こちらの素性が割れていれば、その能力を行使して乗り込んできても良さそうなものだけれども。
それをしないという事は、なにかあちらにも事情があるのだろう。
ここは、相手の出方を見るために、『聖女』の招待状を受けることにしましょうか。
お嬢様に、相談せずに。
私は、私の独断で、『聖女』と話をしてみることにした。
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