第五十五話
私の名前は姶良遥香。
日々、お嬢様の表に出せない痴態を書き記すモノ。
『ジャップランドから追放された私は、アメリカで弁護士になって勝ち組になる予定だった。引き止めたってもう遅い』なんて世迷言は書き記してなどはいない。
では何故このような事をしているかというと。
まぁ私自身、お嬢様の痴態が嫌でもないということもあるのだけれど。
この日記を使って将来的にはお嬢様の事を脅そうと思っていたりする。
そんな事もつゆ知らず。
お嬢様は私にセクハラまがいの痴態を繰り返す。
お嬢様は私の事を『従順なメイド』だと思っているのでしょうが。
私はそんなことはないのである。
私はとっても腹黒い『メイドさん』なのだ。
ペラリ。
ペラリと。
今日の日記を書き記しながら。
ひらひらと桜の花びらが舞っている光景を思い返す。
それは私の日記の空白の期間―――。
それは淡い桜色の記憶の中で―――。
辺り一面の桜吹雪が舞っていた。
お嬢様と私はその桜の舞う季節に。
お嬢様から尽きかけていた『存在』を私は分け与えられ。
永遠に近い『眠り』につくはずだった私は、その『眠り』から目覚めてしまった―――。
お嬢様と私に残された時間は五年という歳月。
それが長いか短いかと問われれば―――。
―――恐らく―――短い。
五年という月日の間に、私達は『存在』を補給する方法を得られなければ。
『人間』から『存在』を奪うことで、『存在』を得ること以外の手段を見つけられなければ。
私達は今度こそ深い『眠り』につくことになる。
そして、目覚めた、その時には―――。
『今』生きていた時の記憶は―――。
長い『眠り』の中で。
長い歳月の中で。
きっと、手にすくった水のように、しとしとと零れ落ちていってしまうのだろう。
かつての私はそれが耐えられなかった。
だから、私は当時限界まで擦り減っていた『存在』を使って、お嬢様と永遠に同じ日を繰り返すことを選んだ―――。
そうすることで。
お嬢様にとって、私は忠実な従者であり続ける事が出来るはずだったから。
お嬢様と私だけの世界。
それを続けることを私は望んだ。
けれど、お嬢様は、その世界は間違っていると拒み。
お嬢様は、私と、『今』を生きて、『明日』を生きていく事を選択した。
―――私はその事が嬉しかった。
だから、私は『今』を生きている。
残された五年という『今』をいきている。
けれど、私はお嬢様とは違い『存在』がすり減るのが早い方らしい。
だから、カーミラの使う精神干渉の音色に抗うことができない。
抗う術がない。
『吸血鬼』の力を使えばそれだけ『存在』がすり減ってしまうのだから。
『今日』が終わり。
『今日』という日から『明日』という日が『今日』になる時間。
私はゆっくりと眠りにつく。
その眠りが深い『眠り』でないことを願いながら―――。
「相変わらず、馬鹿なんじゃないんですか?」
私はお嬢様の相変わらずのお馬鹿さんな行為に冷たい視線を送りながら冷ややかに告げる。
しおりの話によると、カーミラに私が操られていた間に、お嬢様はその『存在』を『吸血鬼』の力を行使するためにがっつりと使ってしまったらしい。
お嬢様は普段からカーミラの精神干渉に耐性を持たせるために、自分でも気づかないうちに『存在』を消耗しているというのに。
それはお嬢様自身が無意識のうちに発動させている力。
私だって好き好んでカーミラに操られたくて操られているわけではないのだ。
けれど、カーミラの精神干渉の音色に抗うにはそれ相応の『存在』を消耗してしまう。
私とお嬢様にはそれに抗い続けるだけの『存在』は保持していないはずなのだ。
しかしお嬢様はそんなこと気にもせずに無意識のうちに『存在』を消費し続けている。
いくらお嬢様が『存在』を消耗しづらい体質だと、いってもだ。
困った方だなと、思う。
「馬鹿って言うのは、このふかふかかー!!」
そんなことを言いながら私の胸を掴みにかかってくるお嬢様の頭を、無言で手にしたスリッパを使いスパーンと叩く。
―――本当に困った方だなと、思う。
私は、心の奥底で小さなため息をつく。
なんでこんなにお嬢様は百合百合脳なのだろうか。
私自身そうされること事態、いやではないのだけれども。
でも、今はカーミラという幼女がいるのだから謹んで欲しいものだとも思う。
見た目は幼女だけれども『始祖』という位だから相当な年月を生きているのかもしれない。
私の『吸血鬼』の知り合いはお母様とお嬢様くらいしか知らないので実際どうなのかもわからないけれど。
お母様は私達が幼い時に、私とお嬢様に持ちうる『存在』を分け与えて死んでしまった。
『眠り』につく事のない『永久』の死をお母様は望んだのだ。
残された方の身からからすれば、そんなことされたくなかったのに。
幼かった私には何故、お母様が『永久』の死を望んだのか分からない。
分かりたくも無かった。
残されたのは幼かった『吸血鬼』が二人。
お嬢様は、しずくやしおりと出会うまでは自分が『吸血鬼』だと知らずに生きてきた。
幼かったお嬢様は自分が何故『吸血鬼』だったのか。
その理由すら覚えていない。
私もその理由はついこの前まで忘れていた。
何故、私達は『吸血鬼』だったのか。
何故『吸血鬼』に目覚めたのか。
その理由は―――。
「何を難しい顔をしてるの、遥香?」
スリッパでお嬢様の頭を叩いた後、無言だった私を怪訝に思ったのか、お嬢様が私の顔を覗いてくる。
しまった、表情にまで出してしまっていたか、と自戒する。
心の奥底を平静に保ちながら。
「いえいえ、お嬢様があまりにも、お馬鹿さんでしたので」
その言葉を口にしながら、煽るように片手で自身の口元を抑える。
実際にお嬢様はお馬鹿さんなのだからしょうがない。
だから私に煽られてもしょうがないのだ。
私の態度が癪に障ったのか、お嬢様は尚も私の豊満な胸に掴みかかってこようとする。
その行為を私はため息をつきながら諫めるしかなかった。
どうして、お嬢様は、こんなになってしまったのだろう?
いつから、お嬢様は、こうなってしまったのだろう?
その理由は、遠い記憶の彼方―――。
手繰り寄せようとしても、掴めない、雲のように、遠い青い空の彼方。
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