第五十三話
最近、カーミラのことばかりで大切なことをお忘れな方が、とても多いかと思いますが―――。
―――私こと入来院のぞみは百合が大好きです。
ええ!! とても大好きなんです!!
え? 知ってるって?
あ、すみませんでした。
とりあえず、私は百合百合したいんです。
しかし悲しいかな緊急事態宣言中はどこにも出かける事も出来ず。
出かけたとしても主だったイベント施設は閉館中。
その分、大好きなしずくちゃんと一緒に居れるのは良いけれども、しずくちゃんは毎日のように昼はドールハウスでお昼寝タイム。
遥香はというと毎朝起こしに来る時にそのフカフカなお胸を揉もうとすると、それはカーミラの教育に悪いですよ、と私に特大の釘を刺してくる。
く……そもそもカーミラさえいなければ、もう少し百合百合な生活がおくれるというのに。
そんな毎日なので漫画を読みながら妄想の世界に浸るしかない。
浸るしかないのです。
百合といえば、水族館デート。
水族館デートといえば、百合百合。
そのくらい定番なのでそこを舞台にした妄想を展開させましょうか。
舞台はここから遠く離れた南国の水族館あたりにいたしましょう。
何故かって?
それは最近アニメでやってたからです、てへぺろ。
そんなわけで、入来院のぞみの妄想劇場開幕です、パチパチパチ。
さんさんと照りつける太陽。
真夏の日差し。
そこはまさに『真夏の大冒険』……じゃなかった。
そこはまさに真夏に浮かぶ陽炎のように幻想的な光景。
「綺麗だねぇ、しずくちゃん」
「そうですね、先輩」
私としずくちゃんは笑い合いながら手に手をとりあい海底の底に広がる水族館を巡る。
見上げる満天の水の中を魚たちが泳いでいき、私達の足元でゆらゆらとその姿の影を落とす。
ああ、こんな幸せな光景があっていいのものだろうか?
あったらいいなこんな世界。
行ってみたいな、南国の水族館。
私はドールハウスで寝ているしずくちゃんの手を指先で握り締めながら、妄想を続行する。
「しずくちゃん、私、しずくちゃんのことが大好き」
「先輩―――ボクも……」
そして私達の顔は水槽の影で一つの影となる。
しずくちゃんの甘い香りと水族館の海水の匂いが鼻腔をくすぐる。
暑くて、情熱的な、口づけを私達はお互いに交わす。
「ねえ、しずくちゃん、お願いがあるんだけど」
一息ついたところで、抱き合いながら私はしずくちゃんに告げる。
人けのない場所、ムード漂う空間、そんな場所で続ける行為は一つだ。
「なんですか? せんぱい……」
火照った眼差しでしずくちゃんは私の行為の続きを待ち望む。
私はそのしずくちゃんの期待に満ちた目に応えるように―――。
ドールハウスで眠るしずくちゃんの白いドレスの上半身を開けさせ、真っ白な上半身があらわに―――。
なる直前で、ガチャリ、と音がした。
ついているクーラーの小さな駆動音が響く静かな空間の中、響き渡る。。
「……なにやってるんですか、お嬢様。寝ている『眷属』にそんな事を……。何と言うか、とってもキモチ悪いです。正直言ってキモイです」
早口で、一息に遥香は告げた後、ギィ、バタン!! とわざとらしくドアの音を立てて、静寂が支配していた部屋から去って行ってしまった。
ハハハ―――。
今更そんなこと言われても私にはノーダメージなのですよ。
日頃、百合百合な妄想を拗らせている、この入来院のぞみ様がそんなことでめげるわけがない。
たかだかメイドの『吸血鬼』にそんなことを言われたくらいでめげるわけがないのだ。
だから私は遥香のその言葉にも負けず、しずくちゃんのささやかなお胸を拝見しようと手を伸ばして―――。
パチリと目を覚ましたしずくちゃんと目があった。
「―――何してるのかなー、せ・ん・ぱ・い?」
しずくちゃんの真白な肌が沸騰したようにみるみる朱色に染まっていく。
「えっと、今日もさんさんと照りつける太陽の中で、そのドレスじゃ暑いかなーって?」
私はいいわけにならないいいわけをしてみた。
「こ・の・部・屋・は!! クーラーめっちゃ効いてるんだけど!?」
はい、そうですね。
しずくちゃんがいつも自分の最適温度にピピっと設定して、お昼寝してますものね。
「さーせんでしたっ!!」
夏の暑い日差しを凍てつかせるような冷たい視線を向けるしずくちゃんに向かって、盛大に土下座をする。
こういう時は土下座をするしかないのです。
土下座こそ正義。
土下座こそジャスティス。
「はいはい、くまくま。そんな土下座につられくまー? カーミラの教育に悪いくまー?」
しずくちゃんは冷たく言い放つと。
手にした瑠璃色の棒で私の脳天直下、打撃する。
ガッ!!!
そんな音がして私は土下座の格好のまま。
遠くなっていく意識に身も心も委ねた。
目の前に広がるのは真夏のトロピカルアイランド。
百合百合な花園。
それは、妄想が具現化したイリュージョン。
それは、夢にまで見た楽園。
私が、いつの日か辿り着きたい場所。
そんなささやかな夢を、私は見ていた。
ささやかなのかと問われると、頭にクエスチョンマークがつくかもしれないのだけれども。
ともかく。
私は百合百合な楽園に辿り着いたのだ、じゅるり。
「……なんてことを夢の中でもみてるんでしょうね。本当に馬鹿なんじゃないんですか?」
遥香が罵る声が聞こえる。
「そもそも寝込みを襲うとか最低すぎるんだけど」
「いつも無防備に昼間から寝てるからだ、しずくも」
「だって、ボク、夜が遅いしね」
「もう夜に怯えることはないのではないのか?」
二人の『眷属』ちゃん達がわいわいと話す声が聞こえる。
「はいはい。とりあえず、このどうしようもないお嬢様を起こしましょうか。いつまでも妄想の世界に浸らせるのもアレですから」
「……起きててもあんまり変わらないと思うよ、遥香先輩」
「カーミラが来る前に私が起こしましょう『主』」
私は、いつになれば、その楽園に辿り着けるのか。
カーミラが来るまでは多少なりともいちゃついてたような気がするのだけれども。
カーミラが来て以来、カーミラの教育に悪いからと百合百合させてもらえない。
カーミラは幼女と言っても私達より年上のロリババアだというのに。
実はカーミラを口実に遥香やしずくちゃんから百合を拒否られているんではないかとすら思えてしまう。
「わ、なんだなんだ!! のぞみの顔が気持ち悪い事になってるンだわ」
その声と共に私の意識が覚醒していく。
ああ、私の楽園が崩れ去っていく。
グッバイ私の最高のエデン。
また会う日まで―――。
私はいやがおうにも現実に舞い戻らなければならなかった。
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