第四十二話
さて、語り手のいなくなったこの物語はボクが紡ぐことにしようか。
結局のところボクは『おいてけぼり』をくらってしまったらしい。
しおりは自分が『主』においていかれることも折り込み済みで『従者』をやっていたみたいだし。
というか、しおりの方がよっぽど『主』の事を理解していた『従者』だったのだろう。
ボクは、屋敷の部屋の窓枠に腰かけ、足をプラプラさせながら、ポカポカとした陽だまりの中、仲良く眠りについている『吸血鬼』の『主』達を見つめる。
あの日、先輩が遥香先輩と共に眠りについてから、一年近くが経とうとしている。
しおりの話では、遥香先輩はもしかしたらそういう日もあるだろうと、屋敷に隠し部屋を整えたうえで、人の手配やら何やらをしていたらしい。
ので、先輩が眠りについたという話がお屋敷に伝わっても『そうなんだー』的な反応だったのは正直面食らった。
つまりは私達は全て、遥香先輩の手の上で踊っていたという事になる。
先輩の『眷属』として何一つしらなかったボクは悔しかったけれども。
そこは遥香先輩が一枚上手だったというしかないだろう。
かくして先輩達は二人仲良く休学届が出されて、二人仲良くこの屋敷の奥で今もなお眠りについている。
しおりは、眠る二人を来る日も来る日も番犬の如く延々と見守り続けている。
夜は流石に、眠いのか夜遅くにはねて早朝の時代劇とともに目を覚ましているみたいだけれども。
ボクもこうして、一日に一回きままにやってきてはこうして足をプラプラとさせながら二人の事を見つめることにしている。
「そういえばしおり。『マツタケ』が新曲だしたらしいけど?」
「……やめろ。その話は聞きたくない」
そんな話を私はしおりに振ってみる。
『マツタケ』はしおりのお気に入りの時代劇の俳優さんだったのだけれど。
最近、『マツタケサンバ』の『マツタケ』って時代劇俳優の『松野竹千代』のことだよって飛鳥先輩から教えてもらったので、しおりにも教えてあげたらこれである。
「いいじゃない、別に。好きな俳優さんがネタに走った曲、歌ってたって。あれで結構真面目らしいよ」
「あれは『マツタケ』であって『松野竹千代』ではない。他人の空似だ。全く違う人物だ」
「ボクは好きだけどなー、『マツタケサンバ』―――」
「ええい、だまれだまれぇ」
なんでそこで「時代劇口調なの?」とは聞かぬが花というやつだろう。
さてさて、しおりもからかったことだし、ボクはそろそろお出かけしようかな。
街並みはこの一年でだいぶ変わってしまった。
なにやら、人間たちの間ではコロナという病気が流行ってしまい、年がら年中人々はマスクを着けている、
ふよふよと夕暮れの街並みをさ迷っていると、ギターを片手に沈んでいく夕日を見つめている少女を見つけた。
飛鳥先輩だ。
夕焼けを背に一曲弾いてる姿がとても様になっている。
「やあ、しずくちゃん。一週間ぶりくらいかな?」
飛鳥先輩は周りの人目も気にせずにこちらに向かって声をかけてくる。
「飛鳥先輩!! ボクのこと他の人は見えてないから!!」
ボクはそう言うとふよふよと人目が無い所まで飛んでいき、はぁ……と一息小さなためいきをつく。
「ごめんごめん。でも慣れないものだね、『眷属』もどきっていうのは」
飛鳥先輩は『眷属』もどきであって、『眷属』ではない。
ので、しっかり年も取るし、見た目もしっかりと変化する。
先輩達みたいにある程度の年齢までは変化する『吸血鬼』もいるらしいけれど。
普通の『吸血鬼』や『眷属』はその見た目は『固定』されてしまうものなのだ。
飛鳥先輩はこの一年で更に大人っぽい女性になってカッコよくなった。
でも、やっぱりどこか抜けてるところがあって危なっかしいんだよね……。
本人には決して言えないけれども。
「それで。今日も気ままに夕焼けを見ながらお散歩?」
「そうだね。二人の事はしおりがみてるし。ボクに見られてたら、先輩も寝苦しいでしょ」
仲良く二人で寝てるのを邪魔するのも悪いしね、と意地悪そうな顔を作って付け加える。
結局、先輩はボクではなくて、遥香先輩の事を選んだのだ。
それは少し、羨ましいような。
でも長年連れ添った二人なのだから当然の事だったような。
そんな気はしていた。
もともと、ぽっと出のボクに勝ち目なんてなかったのだ。
それでも、ボクの事に恋をしたと言ってくれたことはすごく嬉しかったのだけれども。
「まぁしょうがないよね……」
「そうだね……」
置いてけぼりをくらった『眷属』と『眷属』もどきのお友達は夕日を見ながら、ため息をつく。
相変わらず吹っ切れてないなぁと、自嘲しながら。
「飛鳥先輩、景気のいい曲。一曲よろしく」
「そうだね。それじゃ、一曲、しずくちゃんのために弾くよ」
その曲はとっても、ノリのいい曲で。
不思議と大切な誰かを援けたくなる曲で。
そんな、事が出来てしまうような、曲だった。
夕日が地平線に沈んでいく頃。
ボクは飛鳥先輩と別れを告げて、家路へとつく。
帰り際に、先輩たちが目を覚ましたら連絡してね、とは言われたものの。
実際問題、先輩たちが何時目を覚ますのかすら皆目見当がつかないというのが現状だ。
遥香先輩の『存在』は限界まで擦り減っていた。
その『存在』を先輩は分け与えながら補っている。
先輩の『存在』の回復量は普通ではないけれど、遥香先輩が日常生活を送れるようになるには。
おそらく100年程の月日が必要だとしおりからは言われている。
100年程かー……しおりはともかく、ボクはそんな長い時間待っていられるだろうか?
どうしてそんなにまでして遥香先輩は『存在』をすり減らしてしまったかというと。
原因がボクなのだから心が痛まないわけがなかった。
もし、100年経って、先輩が目を覚ました時にボクがいなかった方が先輩達は幸せなんじゃないだろうか。
そんな事も思ったりもした。
しおりにもポツリといってみたことがある。
その時、しおりは。
「そう思うなら、好きにするがいい。しかし、『主』は私にとっての『主』だ」
そう言って、黙りこくってしまった。
しおりにも何か思う事はあるのだろう。
しかし、『主』を待つことがしおりの答えなのだ。
なら、妹のボクのすることも、変わらないよね。
ボクも何年だって、先輩の事を待つことにする。
何十年、何百年だって待ってやる。
そして、もう一回、先輩にボクの事を恋に堕とさせてみせるのだ。
それがボクの『眷属』としての新しい目標になっていた。
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