第四話
ひらりひらりと桜の花が舞っている。
桜の枝の下。
夕日のような赤い血だまりが広がっていた。
ひとけのない校舎の裏。
校庭からは何事もなかったの様に聞こえてくる生徒たちの部活のざわめき。
それが目の前に広がる異様な光景に拍車をかける。
私の目の前でいったい何が起こっているのか。
何故、私はこの何も無いような場所で、このような異様な場面に遭遇しているのか。
心を落ち着けようとしても、ドクドクと脈打つ心臓の鼓動を治めることができない。
何気ない放課後のひとときのはずだった。
放課後、迎えの車が来るまでの間、のんびりと愛しのしずくちゃんを探して校内を巡っていただけだった。
ただそれだけの何気ない日常の一コマだったはずなのだ。
それが、何故、こんな場面に遭遇しているのか。
何故、この場所に、こんな非日常的な場面が存在しているのか。
桜の花びらが舞う中。
血だまりの中心に転がっているのは、半裸姿のみのり委員長だった。
彼女は露わになった乳房を真っ赤に染め、白目をむいて、既にこときれている。
そしてそのすぐ傍に立つ小柄の少女は……。
鮮血に染まった刀を持つ、黒い衣を纏ったその少女の名前は……。
「しずく……ちゃん?」
私の問いかけに少女は。
霧島しずくちゃんは何も答えない。
私は少女の姿をただ凝視することしかできない。
黒衣の少女はカチャリと真白な刀を鳴らし私の方へと向き直る。
「いったい……何をして……」
その言葉を遮るように。
委員長の鮮血に濡れた真白な刀を持った少女は。
クスクスと笑う、嗤う。
「何って……。知ってもしょうがないだろう? キミはこれから『死ぬ』のだから」
何が起こったのかわからなかった。
その言葉と共に私の目の前で何かが光ったと思った瞬間。
白い制服と下着は紙のようにパサリと切り裂かれ。
同時に私の体からおびただしい量の血が吹き出した。
一瞬で遠くなっていく意識の中。
私は何かが抜き取られていく脱力感を感じていた。
……。
ポツリポツリ―――。
冷たい何かが私の口元を濡らす。
はっとして目が覚めると血だまりの中心に瑠璃色の刀を持った真っ白な制服姿の霧島しずくちゃんが立っていた。
不思議なことに深い眠りから覚めた後のように頭が冴え渡っている。
「……何をしているの……しずくちゃん」
私はしずくちゃんの刀で切られたはずだ。
けれど、体はなんともない。
私の真っ白な制服は真っ赤に染まり、切り刻まれているけれども。
「ボクは先輩に力を与えた。ただそれだけ」
「力を与えたって……」
私を切ったのはあなたなんじゃ……。
それにみのり委員長は?
血だまりの中心に倒れていたみのり委員長はどこにいってしまったのだろう?
「先輩はもう普通の人間ではいられない」
私の疑問を他所に、しずくちゃんは寂しそうな表情を浮かべ、その場から風のように去っていく。
一人とり残された私は静まり返った学園の片隅で呆然とするしかなかった。
その日の帰りはとても大変だった。
座り込んで呆けていた血まみれな制服姿の私を見つけた遥香が慌てふためいて救急車を呼ぶわ。
私の体に何も異常がない知るとお嬢様はまた紛らわしいことをしてと、ぷりぷり怒り出すし。
こっちだって好きでこんな姿になったわけじゃないわ、まったく。
おかげでおろしたての制服が一着おしゃかになってしまった。
本当に散々な一日だった。
でもまぁ、しずくちゃんとあんな形だったけれど少しお近づきになれたのだけは良かったのかもしれない。
刀で切られたのもきっと何かの間違いだろう。
そう思いながら、ふかふかの布団に潜り眠りにつくことにした。
―――夢。
これは……たぶん誰かの夢―――。
それは、二人の少女の夢だった―――。
一人の少女が泣いていた。
もう一人の少女は泣いている少女に手をさしだす。
手を差し出した少女は告げる。
こんな世界なら私達の好きなように作り直そう。
私達ならそれが出来るから。
私達のための世界に作り直そう。
一人の少女は微笑みながら、もう一人の少女に手を握り締めようとする。
けれど、泣いている少女はその手を掴むことはなくて。
二人の少女はその日から別々の道を歩き始めた―――。
それぞれの想いを胸に秘めて―――。
ジリリリリリリリリリ。
けたたましい音が部屋全体に鳴り響く。
けれどその目覚ましを止めることなくぼんやりと私は考え込んでいた。
なんだったんだろう、さっきの夢は。
まったくもって意味が分からない……。
何かのラノベか何かの読み過ぎだろうか?
いやまぁそういうラノベも好んで読んではいるのだけれど。
それでも、こんな夢を見るなんてなぁ……。
なんか病んでるのかな? 私。
「五月蠅くないんですか? お嬢様」
いつの間にか部屋の中に入ってきていた遥香は目覚ましを止め私を現実の世界に引き戻す。
「早く着替えてください。でないと遅刻してしまいます」
遥香に促され、手早く新品の制服に袖を通しながら。
時間はないが姿見鏡で自分が着替えていく姿を見つめる事も忘れない。
その行為にふけりながらふと昨日あった出来事を思い返す。
校舎の裏。
血だまりの上で半裸姿でこときれていたみのり委員長。
袈裟懸けに斬られた私の体。
思わず私は切られたはずの場所をなぞってみる。
うん……痛くない。
それどころか傷跡すらも綺麗さっぱりない。
あれは何かの勘違いだったのだろうか。
いやしかしそれだと鮮血に染まり袈裟懸けに斬られた制服の説明がつかない。
確かに私は切られたのだ。
黒衣の少女、霧島しずくちゃんの手によって。
そのことがズキリと心に重くのしかかる。
何かの間違いであって欲しい。
しかし。
「キミはこれから『死ぬ』のだから」
その言葉が頭からこびりついて離れない。
愛しのしずくちゃんからそんな言葉を聞かされて。
ショックを受けないはずもない。
だからあれは何かの間違いだ。
でないと委員長も死んでいたという事になってしまう。
その後、白い制服姿のしずくちゃんは私を生き返らせたとか言っていたけれども。
そもそも一人の人間が人の生死をそんな簡単に操れるとも思えない。
私の体は傷一つなく綺麗さっぱり、ピンピンとしているのだから。
「いつまで自分の体を見惚れてるんですか? ナルシストですか? 馬鹿なんじゃないんですか?」
そんな事を言われてしまったので私は慌てて登校の準備を始める。
まったく。
なんでご主人様がメイドに罵られなければならないのか。
私は罵られ属性持っていないのに。
今度時間がある時にまた思いっきり遥香のふかふかを堪能してやろう。絶対に。
そう私は心に誓いながら登校の準備をすすめるのだった。
チャイムが鳴るギリギリのところで学園に登校し自分の教室についてから、教室中を見渡す。
クラスメイトからご機嫌ようと挨拶されるが上の空でご機嫌ようとかえすにとどまる。
そして、視線をさ迷わせ。
目的の人物が教室にいる事を確認し、ほっと胸を撫でおろす。
委員長然とした眼鏡の少女の後姿。
昨日血だまりで半裸でこときれていた姿を晒していた少女は元気に教室に登校しているようだ。
あの血だまりの姿は何かの見間違いだったのだろう。
そうだ、そうに違いない。
でなければ長与みのりは元気に登校などしているはずもないのだから。
一息ついたところで遥香が私の席にやってくる。
「どうしたんですか? 委員長をみつめて」
「いや、ちょっと、みのり委員長、元気かなって……」
私の言葉を聞き何を言ってるんだ、このお嬢様と言った怪訝な表情を遥香は向けてくる。
そして。
「は? みのり委員長ってどなたのことですか? お嬢様」
訳の分からないことを言い始めた。
何を言ってるんだこのポンコツ眼鏡メイド。
私に乳を揉まれ過ぎて遂に頭までふかふかになっちゃったのかな?
「どなたって……『長与みのり』。眼鏡のいかにも委員長って感じの女の子だよ。あの席にいるじゃない」
「とうとう頭の思考回路まで百合百合に侵食されちゃったんですか、お嬢様。私達のクラスの委員長は『指宿みやび』さんじゃないですか。みやびさんは確かに眼鏡で委員長然とはしていますけど。このクラスには『長与みのり』なんて人物は存在しませんよ?」
「え……」
遥香に言われ委員長の席の方をまじまじと見つめると。
そこには。
眼鏡姿の委員長然とした少女、『長与みのり』とは全く別の顔の人間が。
クラスメイトと楽しそうに。
何事もなかったかのように。
そこに『長与みのり』という顔の人間が存在せず、元からそこに存在していたのは私だと主張するかのように。
笑顔で談笑している別人の姿がそこにあった。
今回はコメ要素薄めです。たぶん次も。
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