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『吸血姫様』は百合百合したいっ!!  作者: 牛
第一章 『百合百合』したい。
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第三十五話

 歌を謳っていれば、気が紛れた―――。


 ―――それが自分が『存在』している証だと、証明できた。


 だから、歌を歌って唄って謳い続ける―――。


『気づいたら』そこに『存在』していた。


 彼女は『多良見(たらみ)明日奈』として『存在』していた。


『存在』した瞬間に彼女は自分を『多良見(たらみ)明日奈』だと『理解』した。


 彼女が覚醒したのは一か月ほど前の事だった。


 それより前の事は、覚えていない。


 思い出そうとも、思わない。


 彼女はそういう『存在』として、『創造』されたのだ。


 自分が『存在』するより昔の事を思い出すという事。


 それは自分が自分ではなくなってしまうという事だから。


 彼女は、昔の事は、思い出さない。


 ―――思い出せない。


 けれど、ただ一つ『多良見(たらみ)明日奈』の胸に残っていた想いがあった。


多良見(たらみ)明日奈』を『多良見(たらみ)明日奈』たらしめている想い。


 それは、『のぞみのことを好きだ』という想い。


 容姿端麗、品行方正なお嬢様。


 そんなのぞみに何故か心惹かれてしまう。


 ちょっとおかしな? 趣味があるのぞみだけれども。


 そんなのぞみの事が、何故かほっとけなくて。


 心惹かれていってしまう。


 けれど、のぞみが『明日奈』を見る目はどこか憂いを帯びていて。


 何故、のぞみがそんな顔をするのか考えてしまう。


 だから、彼女は歌を歌う。


 歌い、唄い、謳い続ける。


 自分が『存在』していることの証になるのだと、想ってきた。


 どうしてバンドを始めたのかも分からない。


 どうしてギタボ(ギターボーカル)だったのかも分からない。


 何故かそうすることが必然だったかのように、そうしていた。


 けれども―――。


 それでも―――。


 ―――私は、『誰』だった―――?


 ―――のぞみはなんでそんな顔をする―――?


 ―――私は、のぞみの事を、本当に好きなのか―――?


 ―――本当は、誰か、別の誰かを、じゃないのか―――?


 のぞみの前で歌いながらそんな事を思ってしまった。


 思ってはいけないことを思ってしまった。


 ―――それは『禁忌』。


 そう考えないように創られていたはずの『存在』にとっての『過ち』。


『禁忌』を犯した『存在』はやがて『崩壊』を始めて。


 自分自身の『存在』を保てなくなっていってしまう。


 気づいた時には彼女の『存在』は虚ろになっていき。


 そして、彼女の歌声は嗚咽まじりの歌声になり。


多良見(たらみ)明日奈』という『存在』は真夏の陽炎のように消えさって―――。


多良見(たらみ)飛鳥』という『存在』が姿を取り戻す―――。



 ―――



 歌を歌っていた『明日奈』は歌うのをやめて放心していた。


 その双眸からじわりと涙が浮かんで流れる。



「どしたー?」


「なんで急に泣いてんの?」



 バンドのメンバーが『明日奈』の様子に驚き、駆け寄る。


 私も何が起こったのか分からず、『明日奈』に駆け寄った。



「どうしたの? 明日奈ちゃん」


「―――ちがう」



 そう言いながら『明日奈』はフルフルと首を振る。



「明日奈ちゃん?」



 私の声に弾かれるように『明日奈』は私に抱きつき。



「私は、『飛鳥』―――。『飛鳥』だよ、のぞみ」



 そう私の耳元で囁き。



「ごめん、ごめんなさい、のぞみ……」



 声を上げて泣き始めた。



「ごめんなさい……お姉ちゃん」


「……飛鳥ちゃん……」



 私は泣きじゃくる『飛鳥』ちゃんの頭を撫でつけながら。



「おかえりなさい……飛鳥ちゃん」



 いつの間にか私も声をあげて泣き始めてしまった。


 バンド仲間の二人は何が起こったのか分からず。


 なんだか色々と冷やかされてしまったけれど。


 今日はもうロックな気分じゃないし解散だねー、という話になって解散した。


 そして、私と飛鳥ちゃんは音楽室に二人だけ残っていた。



「ごめんなさい、私、のぞみの事、苦しめた……」



 飛鳥ちゃんはそう言いながら頭を下げる。


 そんなこと―――。


 そんなことない―――。



「私の方こそごめんなさい。飛鳥ちゃんの事、苦しめたと思う……」


「ううん。私は、のぞみの事を好きになっちゃいけなかったんだ」



 それっていったいどういう事なのだろうか。


 飛鳥ちゃんが私の事を好きになっちゃいけなかったって。



「私はのぞみに……昔の自分を重ねて見ていたんだよ」


「え……」



 思いもかけない飛鳥ちゃんの言葉に絶句する。


 つまり、一体、どういうこと―――?



「私のお姉ちゃん……『明日奈』は、『昔のお嬢様ぽい私の事』が好きだったんだ……」



 そうか―――。


 つまり、『明日奈』は私に『昔の飛鳥』ちゃんを重ねて見ていたのか―――。


 だから『明日奈』の『存在』を啜っても。


『飛鳥』ちゃんが『私の事』を好きな気持ちがある限り。


『明日奈』という『存在』に戻ってしまっていたのだと理解した。


『偽人』・『明日奈』の『存在』のからくりはそういう事だったのか。



「あと、お姉ちゃんから、伝言」



 そう言って、飛鳥ちゃんは私に背中を向けて。



「短い間だったけど、ありがとうって」



 窓の外で降りしきる雨を見つめそう呟く。


 その言葉を受けて、私も飛鳥ちゃんに微笑みながら。



「うん……。私も、楽しかったよ」



『偽人』・『明日奈』は確かに、この世界に。


 雨が降り続けているこの世界に『存在』していた。


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