第三十二話
相変わらず雨の止まない土曜日の事だった。
そろそろ、標高の低い場所はその雨で水没してしまうのではないかと、テレビの各社がこぞってスクープ映像を垂れ流す。
そんなニュースを見つめながら私はぼんやりと考える。
吸血鬼って流水が苦手だったのでは、と。
「だから、吸血鬼に『流水』が弱点だーとかは無いよ?」
と私の疑問にしずくちゃんは笑いながら返事をする。
じゃあ『吸血鬼』って『人間』と何が違うのだろう。
『吸血鬼』は『存在』を啜れるという違いしかないのではないのだろうか?
そして『偽人』―――。
結局、『偽人』は『人間』のなれの果てで―――。
それを観測する『吸血鬼』さえいなければ『偽人』と『人間』は何一つ変わらない『存在』なのではないだろうか?
ぼんやりとそんな事を思いながら、いつの間にか終わっていたニュースに代わり映る時代劇を見つめていた。
テレビの中では、今は大御所の俳優さんが馬に乗って砂浜を駆けていた。
しずくちゃんはいつの間にかドールハウスのテーブルに肘をつきウトウトとしている。
しおりはキラキラとした瞳でその時代劇に夢中になっていた。
「好きなの? 時代劇」
「……」
返事すらない。
西洋の『吸血鬼』の『眷属』が東洋の時代劇に夢中なんて何だかおかしな話だなと思いつつも。
そんなに夢中になるような話かなと小首を傾げる。
そういえばこの俳優さん……松野竹千代って、ちょっと昔にノリの良い曲を出して有名になったんだっけ。
今もその界隈では有名な……たしか『マツタケサンバ』だったかな?
でもあれって『マツタケサンバ』って曲名だけど、実は『サンバ』ではないらしい、ということをバラエティー番組でやっていたのを思い出したりした。
そんな事に思いを巡らせながらも、すぐにそれも飽きてしまい。
夢中になっているしおりの邪魔をしないようにして、私は部屋を出ることにする。
部屋を出てスタスタスタと屋敷の廊下を歩いていると。
「お嬢様、お出かけですか?」
執事に声をかけられた。
私はその言葉に首を振り。
「ううん。ちょっと屋敷の中を歩いているだけ」
「今日も雨ですからね。いつまで降り続けるんでしょうか、この雨は―――」
執事は窓から見える黒い空を見上げながら、うんざりしたように呟く。
私も窓の方へ視線を移して、シトシトと降る雨を見上げたが。
すぐに見上げるのをやめることにして。
私に向き直り頭を垂れている執事にヒラヒラと手を振り別れを告げる。
そして遥香の部屋だった今は無人の部屋の前までやって来て。
コンコンと左手で扉を叩く。
そのノックに応える者など居るはずも無くて。
私は遥香の部屋の扉に背中を預ける。
そして思い出すのは遥香との思い出。
思い出といえば、聞こえはいいかもしれないが。
私は遥香にセクハラ・パワハラまがいの事しかしてなかったなぁと自嘲する。
私と遥香の道は一体いつ違えてしまったのか。
その答えは簡単なのだけど。
その答えを口にするのは憚られて。
私は、遥香のことを思いながら、自分の気持ちを反芻する。
そして―――。
「よしっ」
パンパンと自分の頬っぺたを両手で叩いて遥香の部屋の扉を後にする。
その後、小一時間程、屋敷を一回りして。
自分の部屋の扉を開けた瞬間。
「皆のものぉ!! 踊れ、おどれぇぃー……えっ!?」
ピシリ―――と場の空気が固まる音がした。
黒い和服の裾をたくし上げ、ノリノリのポーズを決めてしおりが騒いでるのを私は見てしまった。
何とも言えない空気が部屋を支配する。
しばらくして。
硬直が解けたしおりの顔はみるみる朱色に染まっていく。
同時にその真白な肌がどんどん真っ赤になっていく。
私はその姿を見て、なんだか見いてはいけないものを見てしまった気分になってしまう。
「えっとー……踊ったほうが……良い―――かな?」
とりあえず、そう言葉を返してみる。
「……笑いたければ笑え」
「いや、あのー……。……意外としおりらしくて、とっても可愛いと思う。うん。可愛い、可愛い……」
「……」
たくし上げた裾を無言で直し、しおりは力なくドールハウスの自室へと戻っていった。
どうやらコミュニケーションをミスってしまったらしい。
頭の上に『Failed...』の文字と。
『クホホホホホ……』
そんな声と共に、ガタイの良いムキムキの鍛冶屋が笑顔で精錬する武具をへし折る姿が、脳裏に浮かぶ。
ちょっとゲームのやりすぎかな、うん……。
でも……他人に見られたくなければ、しなければいいのになぁと思ったものの。
私の百合趣味もあまり人には言えない趣味だしなぁと思いなおし。
黙って自分のベッドの上に戻ることにした。
窓から見える空は相変わらず曇っていて。
シトシトと降り注ぐ雨は一向にやむ気配もなくて。
いつまでこの雨は降り続けるのだろうかと。
空を仰ぎ見ながら。
そう思うしかなかった、まるっ。
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