第三十話
雨が降っていた。
延々と雨が降り続いていた。
来る日も―――。
来る日も―――。
雨―――。
雨―――。
雨―――。
雨が降り続けていた。
シトシトと滴る雨粒が街を湿らせていく。
夏を迎える前の恵みの水をありとあらゆる生物達に運んでくる。
しかしそれでも『限度』というものがある。
あらゆる地方で水が氾濫をはじめ、恵みの雨は凶器の雨へと変わっていく。
遥香が私の行方をくらませてから、一か月の月日が流れようとしていた。
あの日から降り出した雨は、一日も、やまない。
一日たりとも、やまない。
雨が―――、やまない―――。
ガチャリと車の扉が開き、バサリと一輪の傘の花が咲く。
車を降りると、通りすがりのクラスメイトから「ごきげんよう」と挨拶されたので「ごきげんよう」と返事をする。
私の頭の上にはそこが定位置とばかりに白いドレス姿のしずくちゃんが垂れていて。
私の隣を黒い和服に身を包んだミニサイズのしおりがふよふよと付き従っていた。
「しずく、おまえは何故、自分の『主』の頭の上で寝転がっているんだ?」
「いいじゃない、それぐらい。ここにへばりついてるのが楽なんだもの」
『眷属』達は常人には聞こえない声でギャーギャーとやかましく言いあっている。
はぁ……平和だなぁ―――。
そんな事を思いながら私は手に持った空模様の傘の陰から、どんよりと曇りきった空を見上げる。
平和なのは良い事なんだけど―――。
遥香が失踪して以来、降り続けている雨の事が気になってしょうがない。
あの後、私はしおりに何故『人間』を『偽人』に変えていたのか理由を聞いた。
しおりはただ『主』だった遥香に命じられるままに、動いていただけだったらしい。
だから、私は無理にそれ以上の事を聞くことはやめていた。
しおりが今、何を考えているのか。
『主』に捨てられた『従者』の気持ちは何となくわかるから。
遥香は私の忠実な『従者』だと思っていたのに。
彼女が私を捨てて失踪してしまったのは―――。
『私だけで十分じゃないですか……』
『あの夜』に遥香がうわ言のように呟いていた言葉が。
私の心に、棘のようにチクリと刺さって、痛めつける。
遥香は私に幼い頃から従順に従ってきたのに。
遥香は私と幼い頃から二人で過ごしてきたのに。
私が―――。
あの日―――。
あの時―――。
あの場所で―――。
一人の白髪の少女に『恋』をした時から―――。
『お嬢様が悪いんですよ。あんな『眷属』に現を抜かすから……』
『従者』の遥香の全てが狂ってしまったのだろう。
私は遥香の気持ちも知らないで。
私は今まで通り何食わぬ顔をして。
良いように遥香を弄んでしまったから―――。
シトシトと雨が降り続く。
『お嬢様……私はあんなにも、あなた様に全てを捧げたのです。……だから』
遥香は今、どうしているのだろう?
『だって、あなたはあんなにも私の事を弄んだじゃないですか』
私は遥香のことを弄んでしまった。
遥香の気持ちを踏みにじってしまった。
だから―――。
だから―――。
良いよ―――。
いつでも私の事を、好きにして良いから―――。
私はもう遥香の事をもう責める気にもなれなかった。
そして彼女に命じられていただけのしおりのことも。
「―――先輩、先輩っ!!!」
ふいにしずくちゃんに前髪を引っ張られる。
「もう学校始まっちゃうよ」
その言葉で腕時計を確認し、時計の針が始業のチャイムの時間を告げる前だと指示していた。
「ん。遅刻しないようにしないとね」
私は雨に濡れないように学園の中庭を走り始める。
「やぁ、のぞみ。ごきげんよう」
「ん……、明日奈ちゃん。ごきげんよう」
私は、『明日奈』に軽く会釈し自分の席に座る。
この一か月で、『明日奈』の事も心のどこかで許せるようになっていた。
『明日奈』だって好きで『飛鳥』ちゃんと『存在』を上書きしたわけではないのだ。
『飛鳥』ちゃんの私に対する想いが『明日奈』なのだと思うことで、自分の罪の意識を和らげていた。
それに『明日奈』を否定することは『飛鳥』ちゃんの想いすら否定するような気がして。
だから私は『明日奈』と仲良くすることにした。
授業が始まると、しずくちゃんは消しゴムに座り頬杖をついてうたたねを始め。
しおりは難しそうな顔をしながら、私の教科書に目を通している。
「のぞみ……人間とはこんなにも勉強をするものなのか?」
「んー……まぁ、うちは進学校だしねぇ……」
答えながらカリカリと先生のワンポイントチェックを教科書やノートにメモをとる。
「でもほとんど将来役に立たないんだけどね……」
「そうか……人間とは不便なものなのだな……」
言いながらしおりは教科書を興味深げに読みふけっていた。
そうこうしているうちに放課後のチャイムが鳴る。
「ふぁー……よく寝た……」
腰かけていた消しゴムから立ち上がりしずくちゃんは大きく伸びをする。
「おまえはいつも寝ているな……。しずく」
呆れたような視線を向けながらしおりは告げる。
「だって先生達の授業って、お経みたいで眠くなっちゃうんだよ」
「まぁ良い……。それでは行くぞ、しずく」
「うん。それじゃまた帰る時に。先輩」
私に言葉をかけ二人の『眷属』は連れ立って、教室の外へとふよふよと飛んでいく。
二人は何をしに行っているのかは、詳しくは聞いていない。
だけどなんとなくは分かる。
二人の『眷属』は遥香を探しにいっているのだと。
失踪した遥香を私の下に連れ戻すために。
今もなお、探し続けているのだ。
全ては、私の為に―――。
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