第三話
「で、あるからして、この公式は試験に出るので覚えておくこと」
初老の数学担当教師の声で授業が淡々と進んでいく。
やれやれ、この辺はもう予習が済んでしまってもう覚えきってしまった後なんだよね。
そんな訳で、私は手元のペンをクルクルと回しながら片腕で頬杖をつき真面目な顔で授業を受けるクラスメイト達の顔を順番に逡巡する。
眼鏡でいかにも委員長然としたクラス委員長の長与みのりちゃん。
校則違反にならないギリギリの範囲でショートカットの髪の毛にメッシュを入れているボーイッシュな多良見飛鳥ちゃん。
いかにも包容力がありそうで女子力満点の西彼杵由香ちゃん。
どの女の子もそれぞれ個性があって、それが良い……。
ああ、是非ともお近づきになりたいなぁ。
けれど彼女達が私に向ける言葉は友人としてのそれではないのだ。
入来院家のご令嬢としての上辺だけの親愛の言葉。
上辺だけの友人関係。
悲しいかな、生まれてこの方、親友らしい親友ができた事がない。
そんな私なので授業中は大抵、妄想を捗らせている。
本日はイリュージョンみのりちゃんを脳内に召喚することにしようかな。
「あの、入来院様、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
「なんです?みのりさん?」
「実は、わたくし、入来院様の事を」
「私のことを……?」
「……みなまで言わせるのですか?(ぽっ)」
「えー……だって私は、みのりさんから、その言葉を聞きたいな」
「あの……あの……わたくし、のぞみ様のことをっ」
言いながらイリュージョンみのりちゃんはスルスルと身に着けた制服を脱ぎ捨てていく。
「み、みのりさん……?」
「わたくし、のぞみ様のこと、す……」
キンコンカンコーン。
キンコンカンコーン。
あと少しでイリュージョンみのりちゃんととても良い仲になれそうな所で授業が終わりを告げる。
衣服も開けていない本物のみのり委員長の号令で起立をし先生に一礼。
ああ、ホントもうちょっとで良い所だったのにな。
空気読んで欲しいよ、このチャイム。
「お嬢様、また何かを妄想してらっしゃいましたね」
「……遥香」
声のした方に視線を移すと凛とした表情の遥香が立っていた。
「授業中の妄想も程ほどにしてくださいませ」
「そうはいうけどね遥香。私、他にやる事がないんだもの」
クラスメイト達は私達を遠巻きに見ていてよそよそしい。
私は普通の女子高ライフをエンジョイしたいだけなのになぁ。
このお嬢様学校ではそれすらもままならないらしい。
百合百合したいのが普通の女子高ライフかと言えばそれはクエスチョンマークがつくのだろうけれども。
「そんなに入来院家はとっつきにくい家柄なのかね……」
私は頬杖をつき談笑するクラスメイト達のグループを見つめながらそうぼやく。
入来院家。
あらゆる政財界にコネクションのある由緒ある家柄。
そんな家柄のご令嬢ともなれば少しでもお近づきになりたいと思うものじゃないのかな?
まぁまだ新しいクラスになって間もないというのもあるのだろうけども。
それにしてもこの疎外感である。
正直言ってとても居心地が悪い。
このクラスには私の他にも伊集院家だの神之門家だの名家のご令嬢がいるのだけれど。
私程の疎外感を受けていないようにも見える。
この差は一体何なんだろう。
コミュ力か。
これはコミュ力の差か?
自慢じゃあないけど私、コミュ力ないしなー……。
ぐぬぬぬぬぬ……。
……今更そんなこと考えてもしょうがないんだけどね。
一年の頃も遥香と一緒に寂しい学生生活をおくってきたのだ。
一度出来上がったコミュニティに入り込んでいくのは難しい事だし。
だから、私はのんびりとクラスメイトを眺めながらイリュージョン達と百合百合を楽しむことにしたのだ。
現実は裏切るけれど、イリュージョンは裏切らない。
そうイリュージョンこそ私の真の友達なのだ。
「何を考えているのか何となくわかりますけど、それはちょっと悲しくなりません?」
「うん……ちょっと虚しい……」
遥香にツッコミを入れられて私はおもいっきり突っ伏す。
だから私は心に誓ったのだ。
私は一年生のあの子と。
霧島しずくちゃんとだけは友達になってみせると。
そして、いつの日かあんなことやこんなことを、ぐへへへへ。
「お嬢様、お顔がおもいっきり緩んでいます」
はっ……妄想に浸るあまり欲望が顔に。
駄目だ駄目だ。
私は学園ではクールビューティーで通してきたのだ。
欲望で顔を歪めることがあってはならな……ぐへへへ……じゅるり。
「たぶん、そういう所が、ご友人ができない原因だと思いますよ」
そんな事を冷淡な声で遥香は告げ自分の席へと帰っていく。
むー……。
そう言われてもなぁ。
私は欲望に忠実なのだ。
ただ私は女の子と百合百合したい。
それだけなのに。
たったそれだけなのに。
それを今更直せと言われても無理というものだ。
直すことなんて毛筋ほども無いしね。
あー、早く放課後にならないかな。
放課後になったら一年生の教室にこっそり行ってしずくちゃんを観察して過ごすんだ。
そして、お近づきになることができるものならお近づきになりたい。
お近づきになった暁には……じゅるり。
えへ……えへ……えへへへ……。
私の事を遠巻きに見ていたクラスメイト達が、私から一層距離を置くのが見えた気がしたが気にしないことにする。
私は私の道を行くだけだ。
我が信念に一片の悔いなしっ!!!
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