第二十七話
ジリリリリリリ―――。
目覚まし時計のけたたましい音が自室に鳴り響く。
なんだか、もっと眠っていたい……。
温かな夢の世界に包まれていたい……。
そうすれば、この手に残るしずくちゃんの温もりを感じていられるから……。
だから……。
まだ……。
「お嬢様。お嬢様っ!!」
大きな声と共にガバっと布団をはぎ取られる。
うう……。
もっと寝させろ、このふかふかメイド……。
そう思いふかふかメイドのそのふかふかお胸を揉んでやろうとしたが……。
自分の手に残る温もりを感じて―――、止めた。
「どうしたんですか? お嬢様」
「……なんでもない―――」
そうポツリと答え。
私はパジャマを脱ぎ全裸になり、制服姿に身を包む。
その光景を姿鏡で見つめながら。
ぼんやりと昨日の事を考える。
まず『人間』に戻すことができなかった少女の事を考える。
何度も何度も苦しめてしまった少女の事を考える。
そして、消え去ってしまった『眷属』の少女の事を考える。
「ありがとう」という言葉を残して私の前から消え去ってしまった少女の事を考える。
「いつまで自分の姿に見惚れてるんですか? 相変わらずナルシストなんですか?」
そんな風に罵倒をかけられても。私の心にいつものようにふかふかメイドに復讐してやるという想いが湧き出てこない。
今はそんな気にすらなれなかった。
部屋を出ていく時、ドールハウスを一瞥し、ポツリと言葉を口にする。
「なんで、いなくなっちゃったのしずくちゃん―――」
久しぶりの『眷属』ちゃんがいない生活は、今まで頭の上に乗っていた『眷属』ちゃんの重みを感じることがなくなってしまい。
どこか虚しさだけが残っていた。
「ごきげんよう。のぞみ」
教室に入るなり昨日までと変わらず『明日奈』は私ににこやかに話しかけてくる。
私は「ごきげんよう」と返し、いそいそと自分の席へと向かっていく。
昨日までと変わらない―――。
昨日までと変われない―――。
昨日から何一つ変えられない―――。
ただ一つ変ってしまったことは。
一人の『眷属』の少女がこの世界から消え去ってしまったこと。
私はこのままこの学園で過ごしていくのかな。
『偽人』が増えていくこの学園で。
せっかく『人間』に戻した数人の生徒もまた、きっと『偽人』に変えられてしまうのかな。
そんな事を思いながら、私は始まった授業を受けながらぼんやりと物思いにふけっていた。
「―――入来院さん。入来院さんっ!!」
いつの間にか授業が終わってしまっていて。
私はこの前、『人間』に戻したクラスメイトに名前を呼ばれていた。
クラスメイトの所に行くと、そこには。
ヴェールを目深に被ったシスターがひらひらと手を振りにこやかに微笑んでいた。
「……何の用?」
私はクラスメイトの前だというのに、彼女に対する敵意を忘れない。
その様子にクラスのざわめきが一瞬にして止んだ。
「嫌だなぁ……。これはあなたが招いたことじゃないか。それにほら。ここじゃクラスの皆の目もあるしね」
クスクスと笑みを絶やさずに少女は一人テクテクと歩き始めた。
私もその背を追うように、歩を進める。
そして、大聖堂。
相変わらず、そこが自分の定位置だと主張するように少女は聖堂の中央にやってくると。
「だから、言ったじゃないですか? それじゃあ駄目だって」
私は返す言葉もなくただ少女の言葉を俯いて聞き続ける。
「それに『眷属』ちゃん。あの子にも可哀そうなことをしましたね」
「え……? それってどういう……」
「気付いていなかったんですか? あの子の『存在』が限界近くまで擦り減ってしまっていたことに」
「しずくちゃんが……限界……」
「そう。あの子はもう限界だったんです。そんなあの子の『存在』を啜ってしまったら……御利口さんのあなたなら分かりますよね?」
『存在』が無くなったら『自我』が消えて……消滅する……。
そんな……。
なんで、そんな大切なことを……。
「それはあなたも『存在』がすり減っていたからですよ。お友達の為だか知りませんが『偽人』の少女と延々と契って、自分の『存在』をすり減らして」
クスクスと嘲笑いながら、少女は言葉を紡ぐ。
「それともアレですか? 『偽人』と契るのは『気持ちイイ』ことだけだと思っていましたか? それだと本当に能天気なお嬢様ですね」
スタスタと私の元へ少女は歩いて来ると、私とすれ違いざまに。
「今残っている自分の『存在』を大切にして生きなさい。そしてせいぜい私を楽しませてくださいませ」
しずくちゃんが消えてしまったのは、私に残っていた『存在』を啜り尽くされたせい―――。
私が『偽人』と契って、私の『存在』がすり減ってしまっていたから―――。
だから、しずくちゃんは私の為に―――。
私の『存在』を消滅させないために―――。
私と契って私に『存在』を分け与えたんだ―――。
いつのまにか聖堂にただ一人残された私は。
十字架に架けられたキリストの像を見つめながら。
ただ一人、涙することしかできなかった。
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