第二十五話
夕焼け色に校舎が染まる中。
私は少女の生き血を啜る。
「ぁ……あ……」
少女の口から甘い吐息が漏れる。
私は少女の肢体を弄びながら。
快楽を得るために生き血を啜る。
少女の『存在』自体を無かったことにする。
「先輩……そのぐらいで。それ以上はその子の『存在』が消えてしまうどころか、本当に死んでしまう」
「……わかった」
白いドレスに身を包んだ瑠璃色の刀を持った『従者』に言われ私は少女の体から牙を抜く。
あられもない姿の少女を床に横たえ、私は教室の外に向かって歩き出す。
今日でもう五人目だろうか。
少女の……『偽人』の生き血を啜ったのは。
『魅了』の力を使うにあたって。
しずくちゃんに私がはじめて『魅了』の力を使った日の話を聞いた。
あの日は飛鳥ちゃんに『魅了』をかけた後、だんだん意識が遠くなって。
いつの間にか飛鳥ちゃんの生き血を啜っていた記憶しかない。
しかし、その時、私は飛鳥ちゃんの生き血を啜ると共に『存在』を啜っていたのだという。
それは私の『魅了』の力が暴走して招いたことらしかった。
私はその話を聞いて思い至ったのだ。
『吸血鬼』は『存在』を吸い尽くすことができる。
じゃあ、『存在』を書き換えられた『偽人』の『存在』を啜り尽くせばばどうなるのか?
結論から言えば『偽人』の『存在』は崩壊し、元の『人間』の『存在』になるのではないか。
だから私は『偽人』が死なない範囲で『偽人』の『存在』を啜り尽くすことにしたのだ。
今まで『存在』を啜った『偽人』は別の『人間』に変容していた。
だから飛鳥ちゃんも『明日奈』の『存在』を啜れば元に戻るかもしれない……。
そんな淡い期待を抱き始めた時の事だった。
教室で次の時間の授業の準備をしていると。
「入来院さんー。お客さんだよ?」
クラスメイトからそんな風に声をかけられた。
『偽人』から『存在』を啜って以来、『人間』に戻った人からこうして声をかけられることも少なくない。
一体誰が何の用だろうかと思い、廊下の方へ行ってみると。
見慣れないシスター姿のヴェールを目深に被った少女が立っていた。
その少女の顔はヴェールに覆い隠されていて伺い知ることができない。
「ちょっと、よろしいですか? 入来院さん」
「……構いませんけど」
なんか胡散臭いなと思いながらも私はシスターの少女に連れられて教室を離れる。
そしてやって来たのはこの学園の大聖堂。
こんなところまでわざわざやって来て何の話だろうか?
聖堂に入って暫くして。
無言だったシスターの少女は私に振り向きニヤリとほくそ笑む。
「あなた、『吸血鬼』ですね?」
と。
私はその言葉に思わず身構える。
この少女は……敵だ。
何者か分からないけれど、私の正体を知っている。
「フフフ……身構えなくて良いですよ。別にとって食いはしませんから。今日はお話がしたくてお呼びしたんですよ」
「話?」
私は少女の言葉をおうむ返しに問い返す。
「そう簡単な昔話。あなたにとっても興味深い昔話ですよ」
そう前置きをして、ヴェールの少女はポツリポツリと言葉を紡ぐ。
昔々ある所に少女が一人いました―――。
その少女にはとても仲の良い姉が一人いました。
少女は姉に恋をしていました。
しかし姉は交通事故でこの世を去り。
姉に恋い焦がれていた少女は姉として生きていくことにしました。
そして、ある時、少女は昔の自分とよく似た少女に出会いました。
だから彼女はその少女に恋をしました。
狂おしいほどの恋をしました。
『自分』の『存在』が『自分』でなくなってしまうような『恋』を。
そして少女は『自分』の『存在』を保てなくなってしまったのです―――。
「それって……もしかして……」
私にこの話を聞かせたのには訳がある。
そうこれは私のよく知る人物の話のはずだ。
だからこの少女は私にその話を聞かせた。
「そう、これは多良見飛鳥の物語。甘くて―――切なくて―――とっても美味しい物語―――」
「何を言ってっ……!」
そう言いかけて私は絶句する。
シスターの少女は言った。
―――狂おしいほどの恋をしました。
―――『自分』の『存在』が『自分』でなくなってしまうような『恋』を。
それはつまり。
飛鳥ちゃんが自分の『存在』を保てなくなったのは……。
「そうですよ。入来院さんは御利口さんですね」
多良見飛鳥を追い込んだのは自分だと、言わんばかりの言葉でシスターの少女は告げる。
私が飛鳥ちゃんを『偽人』にした……?
「でもっ!!!」
「あなたはこう考えている。『偽人』の『明日奈』の『存在』を吸い尽くしてしまえば元の『飛鳥』にもどるんじゃないのかと」
シスターの少女そう言うとクスクスクスと嗤いだす。
その声が。
小さな声が、大聖堂の空間に反響する。
「それじゃあ、駄目なんですよ。元に戻っても、『飛鳥』があなたを求める限り、『明日奈』という『偽人』は生まれ続けるんです」
「やってみないと分からないっ!!」
今まで『人間』に戻してきた『偽人』は、再び『偽人』化することはなかった。
だから『飛鳥』ちゃんだって『偽人』に戻ることはない……。
そのはずだ……。
そのはずなのに……。
私は確信が持てなかった。
「……私は絶対に『飛鳥』ちゃんを取り戻す……」
「うん、良いですね。その顔。その顔が苦痛に歪む顔を見せてくださいませ」
私はクスクスクスと嘲笑う少女に背を向け歩き出した。
『偽人』化した飛鳥ちゃんを元に戻すために。
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