第十二話
はぁ……。
いったいぜんたいどうしたものか。
飛鳥ちゃんが教室に帰って行った後、二時限目を告げるチャイムが鳴っても私は空き教室で苦悩していた。
苦悩することしかできなかったのだ。
「お困りの様ですね、先輩」
頭を抱えて机にうずくまっている私の顔の横で、しずくちゃんはフフンと鼻を鳴らして仁王立ちしている。
「……そりゃあね」
「まー、吸血鬼といっても万能ではないですからね。記憶なんて操れたら、それこそやりたい放題です」
やりたい放題ねぇ……。
でもそのやりたい放題やられて、私のクラスメイトの半分は偽人とかいう訳の分からない存在に変えられてしまっているのでは……。
たしか、吸血鬼やその眷属に殺された者は偽人という存在に置き換わる……だったっけ。
そう思考を巡らせて、私はしずくちゃんと同じ顔をした『しおり』という存在の事を思い出した。
「記憶と言えばさー、あの黒衣の少女……『しおり』って何者なの?」
みのりちゃんを殺してるわ、私は二度も斬りかかられるわで散々な思いしかしていないのだけれども。
しずくちゃんと瓜二つの顔をしているのだから、赤の他人です、なんてことはないと思う。
「『しおり』かー……。『しおり』なー……」
しずくちゃんは呟いて私に対して背を向ける。
「……あんまり人には言いたくないんだけど……」
そして沈黙が訪れる。
カチコチカチコチ―――。
時計の秒針の音が無音の教室に響き渡る。
しばらくして。
「『しおり』は……」
ポツリポツリと―――。
「『霧島しおり』は―――」
その小さな体を震わせながら―――。
「ボクの双子の姉……」
振り返った顔の双眸に涙を貯めて。
「そしてボクが斬らなければいけない相手……かな―――」
凛として咲く花の如く、笑顔でそう私に告げる。
私はしずくちゃんのその言葉に、かける言の葉も見つけることができず。
ただその姿を見つめていることしかできなかった。
その日の夜。
いつものようにしずくちゃんに紅茶を煎れてあげて私は布団に潜りこむ。
そしてカーテンの隙間から見える月の光をぼんやり見つめ。
空き教室で聞かされたしずくちゃんの言葉を反芻する。
「『霧島しおり』は―――」
「そしてボクが斬らなければいけない相手……かな―――」
『しおり』はしずくちゃんの双子の姉で。
そんな人をしずくちゃんは斬らなければいけない相手だという。
私には姉妹なんていないけれど。
姉妹を殺さないといけないなんて。
そんなこと間違っている。
何か、他にも方法があるんじゃないだろうか。
私に何か力になることができないかな……。
吸血鬼の私になら何か力になれないのかな……。
そんな事を思いながら眠りについた。
―――
―――面白くない展開だ。
手格子を嵌められた黒衣の少女……『しおり』は歯ぎしりをする。
薄暗い空間の中。
黒衣の少女の衣服はあちこちが破れていて、半裸に近い恰好で。
手格子は鎖で天井に繋がれ、少女の体は宙づりにされている。
「ねぇ……『しおり』。私は、無能は嫌いなの。分かる?」
言いながら『しおり』に向かってヴェールを被った少女が鞭を振り下ろす。
「ッ……!!」
ヴェールの少女が振り下ろした鞭に打たれながら『しおり』は言葉にならない叫び声を上げる。
―――なんで私がこんな目にあわなければならないのか。
―――私は『主』の忠実な『従者』だというのに。
そんな事を思いながら少女の行為に『しおり』は身を委ねる。
ビシッ、ビシッ―――。
『しおり』の体を長い鞭がまるで蛇の様に体に巻きつき、体を痛めつける。
全て上手くいっていたはずだった。
『主』の望む通りの結末が訪れるはずだった。
そのはずだったのに。
全てはあの存在が。
あの日から全てが狂っていってしまった。
―――消し去らなければならない。
そう。
消し去らなければならないのだ。
あのイレギュラーな存在は。
―――『しずく』―――。
―――絶対にあなたの思い通りにはさせない―――。
『しおり』はヴェールの少女に打ち据えられながら。
自分の信念を貫きとおすことを誓う。
「ふふふ……今のあなたの顔、とても良い顔ね……」
ヴェールの少女はクスクスと嗤いながら『しおり』の体を撫でまわす。
半裸だった『しおり』の体は、もはや全裸に等しい姿になり果てていた。
「……もう……許してくださいますか……? 『主』様―――」
『しおり』は涙を浮かべた眼差しをヴェールの少女に向け、許しを懇願する。
けれど―――。
『しおり』のその言葉を待っていましたとばかりに、ヴェールの少女はせせら笑う。哂う。嗤う。
「この私が―――」
ヴェールの少女は『しおり』の体をまさぐるように手を這わせていく。
そして。
「許すとでも思いましたか? 駄目な下僕には体で分からせてあげないといけないですね?」
ねっとりとした言葉を『しおり』の耳元でささやきながら。
この暗い闇が支配する空間で。
『しおり』の悲鳴、苦痛そして快楽の入り混じった音だけが。
ただただ、響き渡っていた。
―――
寝静まったお屋敷の一室のドールハウスの一角で。
しずくはドールサイズのティーカップに注がれた紅茶を啜る。
部屋は明かりも消されて物音ひとつ、聞こえはしない。
耳を済ませれば自分のベッドの上で、のぞみがすやすやと寝息が聞こえるほどに静かな夜だった。
そんな静寂に包まれた部屋の片隅で。
「……」
カチャリとティーセットを鳴らして、無言でカーテンの隙間から月明りを見つめていた。
しずくが思うのは一人の少女。
それはたった一人の残された肉親。
「―――『しおり』――――」
ぼんやりとその少女の名前を口にする。
そして。
しずくは胸に秘めた想いを月に願いをかけて誓う。
「ボクが、『しおり』を―――姉さんを、自由にしてあげるから―――」
彼女達が辿りつく運命は―――。
夜の闇より深い闇の中を、さまよい続けていた―――。
この話で序章は幕を下ろします。
次回から第一章の幕開けです!
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