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「俺が払うからいいよ」
「あ、悪いです」
本当はお金が化粧品とかに掛かってるから割り勘にしたいけど少しでも俺の株を上げるための投資だ、こういう時だけは柚月が羨ましい。
結局少し遠出してしまった、まぁ電車だからすぐだけど沙良の柚月じゃないのに俺で沙良とここまで来るなんて。
「いいからいいから」
「じゃあ…… ありがとうございます」
そして困った、やることがない。 女装してる時はこういう時でも余裕だったのに。
沙良暇してないかな?
「はい?」
「いや、暇してないかなって」
俺のそういった視線に気付いてか沙良と目が合う。
柚月の時は平気だったのにしっかりしろカヅキ! 同じ柚月なのにどうしてこう違うんだか。
「そういえばどこに行くつもりだったんですか?」
「ああ、その前にちょっとそこの公園に寄ろうか?」
困っていると目に入った公園に行こうとした。 少し人通りの多い道になったが俺の不注意で……
「いてぇ」
「あ、すみません」
「おい」
ぶつかったので謝りそのまま通り過ぎようとしたらその主に引き止められる。
「いてぇって言ってんだけど?」
「すみませんって言いました」
「なめてんのかテメェ?」
うあ…… なんてこった、なんという醜態。 よりにもよって沙良がいる時に絡まれるなんて。
「カヅキ先輩……」
「大丈夫大丈夫」
心配そうに沙良が声を出した。
くそー! せっかくいい雰囲気だったのに台無しじゃねぇかこのゴリラ男!! ん? ゴリラ男…… いやこいつガタイ良すぎだろ。
「何が大丈夫なんだ、ああ?」
「だから謝ってるじゃないですか」
「あの…… すみませんでした、私からも謝ります」
沙良がそいつに謝るとそいつは沙良を見てニヤリとキモい笑みを浮かべた。
あ、これヤバい。
「沙良行くよ!」
「え?」
俺は咄嗟に沙良の手を引いて走った。
「あ、おい!!」
ゴリラ男の手が俺の襟首を掴みそうになったが顔に掠っただけであとはそのまま闇雲に曲がったりしたりして相手を撒いた。 そしてとりあえず店の間の路地裏に入った。
「はあはあッ、大丈夫だった沙良?」
あれ? 沙良と初めて出会った時もこんなだったような。 と思った時にはもう遅かった、咄嗟だったからか俺は女装した柚月の口調になってしまっていた。
俺は言い訳をしようと沙良に一歩近付くと沙良はそれと同時に下がった。
「柚…… 月?」
「いや、俺カヅキ」
多分俺と同じく初めて会った時のことがフラッシュバックしたんだろう。 それならまだ言いようがあるはず。
「ウ、ウソだ、だってホクロ……」
え? ホクロがなんだってと思って目の横を触るとない…… あ、これあれか? さっきのゴリラ男の手がかすって取れちゃった??
俺の中でチーンと虚しい音がした。
「ホクロって結構簡単に取れるんだね、もしかしてこれで柚月と見分けつかなくなったりして」
などとまだ往生際の悪さを失ってない俺。 ど、どないなもんでしょう?
「ふざけてるの? カヅキ先輩は!? もしかして私に悪ふざけしようとすり替わってた?」
!? こ、これはイケるか?? そういう理由だったら柚月の評価は若干下がると思うけど何も知らないであろうカヅキの評価は下がらない?
俺はまだこの状況をなんとか出来るかもしれないと思っていると……
「え!?」
沙良が俺の胸を触った。
し、しまった!!
「ない……」
ブラしとけば良かった、いやそれただの変態か。
「だよね、あるわけない」
「沙良ちゃん?」
沙良に弁解しようと近付くと……
「来ないで触らないで名前呼ばないでッ!!」
まさかの3連コンボ、それらを封じられたら俺は何も出来ないんですけど。
けどなんとか謝るしかない、まだ巻き返せるかもしれないと思った俺は沙良に近付くとキッと睨まれた。 無言の圧力……
「沙良……」
「私のことずっと騙してた?」
「ごめん、沙良といるのが楽しくて」
「カヅキ先輩は柚月で…… 柚月は男の子でずっと、ずっと女の子のフリして私を騙して」
そう言った時沙良の顔がハッとした表情になる。
「じゃあエリカにメグミとミコトは」
「それは」
「あはは…… そっか、みんなして私に嘘ついてたんだ」
「それはそうだけど」
「やっぱそうなんじゃん! 酷い、酷すぎるよ…… ねえ柚月は私に嘘ついて何がしたかったの? 騙されててバカな私がこうなるの見たかったの?」
「いやそうじゃなくて」
必死に沙良の言うことに答えようとするがなんて言ったらいいかわからない。
「柚月だから柚月が大好きだったから私信じてたんだよ? けど裏切られた…… 柚月に裏切られた」
ボロボロと泣き出した沙良はそのまま俺の元から去ろうとして大通りに出ようとした。 だが俺は沙良を行かせたくないからそんな沙良の肩を掴んだ。
「待ってくれ沙良!」
「離してよ嘘つき! あなたはカヅキ先輩なの? 柚月なの? どれが本当の名前? 歳は? 全部嘘、あれやこれも、あ、あんなことも…… 私全然あなたのこと知らない。 ふぐッ、ふえッ」
掴んだ手に沙良の涙がポタポタと落ちる。 それを見ていた俺の一瞬のスキをついて沙良は俺の手を振り払って走って行ってしまった。
終わった…… バレたことは先延ばしにしていたためろくなことも言えずただただ沙良が傷付いて終わってしまった。




