異世界版わらしべ長者
昔々、とある国にマルコスという一人の青年がおりました。
マルコスは真面目でよく働く農民でしたが、運が無いのか何をやってもうまくいかず、貧しい暮らしの毎日。
ある日、村の教会の前を通りかかったマルコスはふと足を止め、中に入ると女神像に手を合わせて祈りを捧げました。
「女神さま、オラどんだけ頑張っても、ちぃとも暮らしがよくならねぇ。このまま生きていたって仕方ねぇ。最初で最後のお願いだぁ。なんとか女神さまのお力で運を授けてくれねぇだか?」
すると目の前の女神像が光り輝き、呆気に取られたマルコスの脳内に美しい声が聞こえてきます。
「マルコス。あなたは正直者で働き者です。そんなあなたにいい事を教えましょう。この教会を出ると、あなたは盛大に転びます」
「盛大に転ぶだか? やっぱりオラはついてねぇ」
女神から未来の不幸を聞かされたマルコスはガックリと肩を落としました。
「いいえ、その時に手にしたものの導きを信じて旅に出れば、あなたに運が開けるでしょう」
「運が開けるだか?」
「えぇ……多分」
「多分だか!? そんな適当だと困るべ。あれ? 女神さま? 女神さま?」
気がつけば女神像から光は消えていました。
半信半疑で教会から出た途端、入口の段差に足を取られたマルコスは、一回転、二回転とゴロゴロと盛大に転びました。
ようやく木にぶつかり止まりましたが体は傷だらけ。
痛む体を起こしたマルコスが自分の運のなさに落胆していると、手に一枚の紙がくっついていました。
それは隣の町にオープンした『おっぱEパブ』のチラシでした。
「女神さまが言ってたのはこの紙だか? もしかすんとここに行くと嫁っ子と出会うとかあるべかな。なんて、オラだまされとるかな?」
小さく首を横に振り、大きなため息をつくマルコス。
それでも女神さまからのお告げと信じ、紙切れ一枚を懐に入れ歩き出すのでした。
貧しいマルコスはろくに路銀も持っておらず、なんとか隣の町まで来たものの店の前で立ち尽くします。
胸をあらわにした女性の描かれた看板には『30分小判二枚』の文字。
貧しいマルコスには手が出ない料金でした。
「世の中こんなもんだべ。もう日も暮れるしどうすっべかな」
宿に泊まるお金もなく、せめて屋根があるところとマルコスはあたりを見渡します。
「ここにすっか」
見つけたのは公衆便所。
幸いにも綺麗に掃除された一室で身をかがめて体を休めていると、何やら慌ただしい音が聞こえて来ます。
どうやら隣の個室に誰かが入ったようでした。
しばらく格闘の音がすると、空間を切り裂く悲痛な叫びが聞こえます。
「紙がねぇーーーー!」
ふと、マルコスが自分の個室を見渡すと、確かに備え付けの紙がありません。
「誰か、誰かいませんか?」
隣からは助けを求める声。
マルコスは転んだ時に手にした紙切れと、隣の部屋を交互に見ました。
(運のねぇオラだけど、困ってるモンを見過ごすことは出来ねぇ。人助けが出来るんならそれでいいだか)
そしてそっと上の隙間から紙切れを差し込みました。
「おぉぉーー! ありがとうございます、ありがとうございます! あなたは神様だ!」
感謝の言葉に満足気なマルコス。
すると個室の扉がノックされます。
マルコスが扉を開けると、身なりの良い中年の男が感謝の笑みを浮かべていました。
「ありがとうございます。私は今からデートでして拭く紙も無く人生に絶望しておりました。何かお礼をさせてください。そうだ、これなんかどうですか?」
中年の男は自分の右手に巻かれていた時計を外しマルコスに手渡しました。
「こんな高そうなもの貰えないべよ」
「いいんです。あなたは私の命の恩人なんですから」
断るマルコスの手に腕時計を握らせた男は陽気な足取りで、公衆便所から出て行きました。
「紙切れが腕時計になったべ。こりゃ一生分の運を使っちまったべや」
マルコスは腕時計をはめてニンマリしました。
再び個室で体を休めていると、マルコスはウトウトとし始めます。
しかし外から騒ぎ声が聞こえ始め眠りの邪魔をしました。
耳をすますと、どうやら若者達が個室の外でたむろっているようです。
しばらく静観していると、その中の一人が声をかけて来ます。
「この個室誰か入ってるぞ。おい、出てこいや」
マルコスは震え上がりました。
幸運を手に入れたのも束の間、オヤジ狩りにあう寸前です。
困り果てたマルコスでしたが、乱暴に叩かれる扉が悲鳴を上げ始めると鍵を開けました。
扉が開かれ腕を取られてマルコスは引っ張り出されます。
「てめぇ、何トイレ占領してんだよ。おっ、コイツなかなかいい時計をしてんじゃねぇか。ちょっとそれよこせよ」
「ひっ、ひぃぃぃい!」
「おい、ちょっと待て」
殴りかかろうとする若者を別の若者が止めました。
「それってG-CAPの限定モデルだろ!? 俺めっちゃ欲しかった奴だ。おい、兄ちゃん、それを俺に譲ってくれないか? そうだ、俺のSchwatchと交換でどうだ?」
「なんだよ、ボコって取り上ればいいだろ?」
「馬鹿、抵抗して時計が壊れたらどうすんだよ」
断れば袋にされると考えたマルコスは何度も頷きます。
憧れの腕時計を手に入れた若者は嬉しそうに仲間を連れて出て行きました。
「腕時計が流行りのゲーム機に化けたべや」
マルコスは再び個室にこもり、ゲームを楽しむのでした。
翌朝、マルコスは大きな伸びをして目覚めました。
「昨日はゲームをしすぎたべ。さっ、家に戻って続きをやるべか」
しかしゲームをいたく気に入ったマルコス。
歩きながらゲームを始めてしまいます。
すると子供の声が耳に入ってきました。
「おっかぁ、Schwatchだよ。僕が欲しいっておねだりしたヤツだよ」
「分かってるわよ坊や。でも今は品切れだからもうしばらく待ってね」
「やだやだ、すぐ欲しい! 欲しい、欲しい、欲しい!」
どうやら子供が駄々をこねているようです。
確かに品切れのSchwatch。
現時点でニヶ月待ちとも言われるほどの人気商品でした。
困ったように親子を見ていると、綺麗な着物を纏った若い母親がマルコスに話しかけて来ました。
「突然すいません。そのSchwatchを私に売っては頂けませんか? お礼はさせて頂きます」
「これだべか。うーん、そんなに欲しいだべか?」
マルコスが迷っていると、若い母親は何を思ったのか自身の着物に手を入れスルスルと何かを取り出しました。
「これと交換でいかがでしょう?」
そしてそっとマルコスに手渡されます。
予想外の展開にマルコスは頷きました。
「ありがとうございました。坊やSchwatchをゲットしたわよ」
「ほんと、やったぁ! ありがとう、おっちゃん!」
子供は極秘裏の商談に気付いてません。
手を振って離れる親子を見ているマルコスの手には、温もりのある白い布切れが握られてました。
「SchwatchがG-CAPに戻ったべや。でもこれどうすっべかな」
冷静になったマルコスは頭を抱えます。
側から見たら危ない人以外何者でもないからです。
すると木の影から一人の青年が現れました。
「そ、それを僕に譲ってくれませんか?」
「えっ、これだべか?」
青年は頷きます。
青年の話を聞くとあの若い母親が好きでどうしようもないらしいのです。
「そうだ。この近くに僕の別荘があるんです。それと交換しませんか?」
「別荘!?」
青年は近くだからとマルコスを案内します。
それはマルコスの家の何倍も大きい屋敷でした。
「本当にいいだべか?」
「はい、これがこの土地の権利書です。その温もりが消える前に早く譲ってください!」
マルコスが布切れを手渡すと、青年は満足そうに頬ずりしながら駆けていきました。
「布切れが別荘になったべ。こりゃたまげたぞい」
こうしてマルコスは別荘を手に入れました。
マルコスが別荘を見上げていると、武者鎧を纏った男と頭巾を被ったお供が前を通りかかりました。
「あー、もう勇者とか拙者には無理。もう引退してのんびりスローライフを送りたいでござる」
「ダメですよ。ちゃんと魔王を倒してからスローライフを送ってください」
「いや、拙者やめる。おっ、そうそう、こんな家がいいでござる」
武者鎧の男とマルコスの視線が交わります。
「お主、ここの主人でござるか? 拙者の持つ伝説の刀『村越』とこの館を交換して欲しいでござる」
「刀だべか? オラ刀なんて使えないべよ」
「問題ないでござる。勝手に刀が体を動かすでござるよ」
「えーっ、そうだったんですか?」
武者鎧の男の迫力に負けて、マルコスは権利書と刀を交換しました。
「これで拙者もスローライフでござる」
武者鎧の男は嬉しそうに別荘に入って行きました。
残されたのはマルコス、そしてお供の人です。
「あのー、あの人の代わりに魔王討伐お願いしますね」
「オラがだべか?」
お供はコクコクと頷きました。
こうしてマルコスの旅が始まります。
〜〜〜〜
一年後マルコスは魔王を討伐しました。
さらに頭巾を被ったお供はこの国の姫さまで、国王様が褒美として結婚を許すのでした。
「オラが次の国王だべか」
「そうですよ、あなた」
マルコスに寄りかかる姫さま。
たった一枚の紙切れから次期国王になったマルコスは、姫さまと幸せに暮らすのでした。
めでたし、めでたし。
「儂はもう飽きた、人間界で暮らすんじゃ」
「もう、神様、駄々をこねてもダメですよ」
「もう嫌じゃ、神様なんてやめて建国チートを楽しむんじゃもん。そうじゃ女神、お前が運を授けて魔王を退治した男がいたのぅ」
「――えっ。神様もしかして」
「神様と国王を交換じゃ」
お読み頂きありがとうございます!