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獅子の影

 監督の神谷(かんたに)徳治(とくはる)は今週の土曜日に仕組んだ試合を説明し始めた。それを僕らは円になって聞いていく。

 敵は町内会野球チーム。実施場所はここ日向高校だ。

 監督はそこで行う試合のスターティングメンバー、いわゆるスタメンを決めていく。

 「ピッチャーは利休秋。最後まで出てみろ」と監督は任命する。急な言伝に動揺してしまう。思わず「白石先輩はどうしたんですか」と口を滑らした。

「ああ。こいつは敵チームで参加することになってな」

「友達から助っ人に呼ばれたから。そういうことで」

 ドライに返される。


 身分違い。例えば、王城の中で農民がそこで仕えているようなこと。場違い感が襲ってくる。緊張で身震いする。

「大丈夫よ。失敗してもいい。みんな、あなたには期待している。けど、失敗することも含めて期待してるの。そんなに緊張しなくていいよ」

 二年生、マネージャー、内海(うつみ)珠菜(しゅな)。長袖の制服は少し長く手首が隠れている。完璧な体つき。素足はタイツで隠され、肌の露出面が少ない。隙のなさが印象的だ。緊張を解してくれた触れ合い。間近で見る顔は唇下付近のホクロが高校生とは思えないエロさを醸し出していた。

 思わず彼女から目を離せなくなった。長い髪が風に揺れた。

 その美しさは何とも表現できなかった。

「頑張ってね」

 その言葉に頭が爆発した。



 不安と期待を胸に僕はグラウンドを去った。

 数日が経ち、不安と期待を膨らませた胸を持ってグラウンドに立つ。練習の僕ではない。試合としての僕。とてつもない緊張が僕を別人にしていくみたいだ。体が固まり、心も固まりそうだ。

 透き通った空。軽く差し込む日差し。早朝の光も固まったものを解くことはできなかった。


 部室に向かって歩いていると、ふと、ある男の姿を見つけた。

 その男とは。


 勝呂勝だった────


 さっきまでの緊張はいつの間にか消えていた。思わず彼の元へと駆け抜けていった。

「すみません。勝呂さんですか」

「そうだが」

「僕、利休秋と言います。勝呂さんに憧れて、日向高校の野球部に入りました」

 目を輝かせていく。その様子を見た彼は優しく返答をした。しかし、気まずそうな味をそこに含ませていたことに僕は気づけなかった。

「そうか。すまないな。俺は……」


 そこに、主将の速水がやってきた。

 眠そうな表情から一転していつもの表情へと変わっていく。

「来たのか。そうか。出るんだよな、今日」

 二人の間に独特な空気が流れる。部外者の僕はその空気の中に溶け込むことはできず、蚊帳の外でその様子を眺めていく。

「あー、町内会チームへのボランティアでな」

「楽しみにしてるよ。また、熱い野球、繰り広げような」

 二人は「嗚呼」という合鍵言葉を放ち会話を終える。速水は彼を後にして部室への道を歩いていった。



「そこの……利休秋君」


 急に話を振られたことに驚き「はいっ」と裏声を上げた。

「俺は野球部を辞めた。きっと利休秋君の想像する俺と現実の俺は違うと思う。ほんとに、すまんな」


 春風が桃色の葉っぱを巻き込んで進んでいった。


「気にしてないです。野球部を辞めたと聞いた時は、一緒に野球できないと思ってとてもショックだったんですけど。今は勝呂さんの代わりに、いいえ、勝呂さんのようになろうと心に決めましたから」

「そうか。利休秋君は面白いな。今日の試合は、楽しみにしてて欲しい」


 彼が見せる後ろ姿。昇る太陽の斜陽が彼に重なる。その背中は凛々しくて猛々しくて、カッコイイ以外に言葉が浮かばなかった。

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