全打皆走
左手から放たれたボールは奇妙な軌道で進む。そのボールはバットの餌食となって跳ね返された。カキンという音とともに進むボールは青年のグローブに捕まれてしまう。
淡い夕暮色に変わりゆく空の下を白い球が通り抜ける。
球を持った人間が走ってくる人間より先にファーストベースを陣取る。そこでランナーの出番は消えた。
再びボールがピッチャーに。そのまま投げるのかと思いきや、何故かそのボールを手渡ししてきた。
「ピッチャーだよね。試しに投げてみなよ」
そう言って、倉庫の影へと向かっていった。
僕は状況についていけずあたふたしてしまった。
「お前、疲れたから休みたいだけだろ」
「あれー、バレちゃった」
悪びれくこともなく日陰で休む様子を見て情けないと感じる。
「まあ、そういうことだ。秋、投げてみろ」
速水も諦めているようで一年ながらも本格的な練習へ参加することになった。ストレートとフォークのサインを軽く教えて貰って、マウンドの上に立つ。
ボールを握りしめた。勝呂のイメージを湧かせていく。
ベースに立つ小柄な男の子。笑顔で攻撃を見定めている。
投げたフォークボールにバットが合わさった。金属の音とともに、彼は軽やかな動きで一塁へと向かった。まさにしなやかな猫のようだった。
続くバッター達にも打たれ続け、六人目の敵。その敵はピッチャーを押し付け休みにいった白石悠斗だった。そう、彼は戻ってきたのだ。
「残念だけど、あんたのカラクリ全て見破ったから」
そう言って、バットを構えていた。
彼の瞳を見るに僕の投げる球は見破られている。とてつもない緊張が襲ってくる。ボールを強く握っていく。僕は懇親のストレートを投げた。
彼はストレートの軌道を捉えるようにバットを振った。
だが、ボールに当たることはなかった。振るのがワンテンポ遅い。彼は実力差でねじ伏せられたのだ。
続く二球、三球目も力でねじ伏せた。
一瞬にして緊張が解けていく。
「何か投げられるか分かっても実力がなくちゃ打てんだろうに。何しにきたんだよ」
「そうですね。自信満々に出てきて退場なんて自分が情けない。それでは、また休憩してきますね」
悠斗はそのまま日陰に戻っていった。
彼への第一印象は弱いだった。
だが、その印象もすぐに否定される。監督からの話を聞き終え今日の部活動は解散となり部員が疎らになった時に、速水が話かけてきた。そこで、悠斗について話される。
「今日はすまんな。急に練習にいれさせて。いや、逆に嬉しいか。とりま、悠斗はああいう奴なんだよ。すぐサボる。バッターの実力はほぼ素人。それでもピッチャーとして上手すぎるから何にも言えずにいるんだよな」
悠斗のピッチングを思い出していく。外野から見た様子だと全ての投球が打たれていたような。少し腑に落ちずに口付けのように聞いてみた。
「えっと、外野から見てた限りだと、全て打たれてた気がするんですけど。ほんとに上手いんですか」
「それが強いんだよ。普通、投手は無打無走を目指しがちだが、悠斗は違う。悠斗は全打皆走を目指している」
全打皆走────
投げた全ての球を打たれて打者の皆に走られる。
「いや、それ強いんですか」
「ああ、戦えば分かるだろうね」
◆
部活動が終わり家へと帰る。
そこには、素振りをしていた親父が待っていた。
「よお、秋。おかえり」
「ただいま。こんな時間まで素振りしてるなんて珍しいね」
「ああ、今週の土曜に町内会野球チームが日向高校と戦うからな。俺もそこに出るから調整しないと、な」
今週の土曜日に。
日向高校と戦う……?
思わぬ言葉に唖然としてしまった。
次回予告
町内会野球チーム対日向高校野球部。
町内会チームに加わる白石悠斗、元野球部の大田透と、何と"勝呂勝"。
高校野球、初めての試合。立ち塞がる強敵達。それに挑むは個性的な仲間達。悠斗の投球を打ち破り、勝機を生み出すことはできるか。