食事用の熊手
キレのあるフォークは敵の近くで鋭く落ちる。
銀色に輝くフォークのように、最初は真っ直ぐ、そして後半には落ちる。バットはボールに当たらなかった。
二つ目。後、一球。
まだフォークボールに慣れていないようだ。もう一球フォークで押し切れるはずだ。僕は球を指で挟んだ。続いてボールの目的地であるミットを見る。そこには……
投げるフォームとボールの軌道を想像する。知らず知らずの内に、イメージの中の勝呂の残像が僕と重なる。
誰よりも強く。このボールに重い一撃を乗せて放つ。
イメージは獅子。赤く燃え盛る獅子のような豪速球。獅子王の威厳を見せつける。
「俺は絶対ぇ、負けねぇ。ホームランでも見せてやる」
バットが下から上へと軌道を描く。速く強く。金属製のバットはフォークの軌道を完璧に捉えていた。
ストライク。バッターアウト。
スカッ、という空振りの音。今投げたのはフォークではなく、ストレートだ。投げる時にストレートに変更したのだ。
やはり、勝呂にはなれない。彼のストレートがライオンならば、僕はまだ猫だろう。それでも、彼から空振りを奪い取った。
「くっそ。俺は本気じゃねぇからな。ただ、今日は調子が悪いだけだ」
「何なんだ。諦めの悪い餓鬼か何かか。ネタならもうネタと言った方がいいぞ」
「ネタとはなんですか。どういうことですか、先輩」
ボールを受け取った先輩がため息を吐いていた。
重い装備に身を包んだ彼は日向高校野球部のキャプテン速水真。三球目の彼の合図のお陰でストレートに変更できた。きっとあのままフォークを投げれば打たれていただろう。
「ありがとうございます。最後の球、ストレートを打てと合図を送ってくれて」
「気にすんな。サイン教えてなかったから、気づかないと思ったけど、ちゃんと察してくれて安心したよ。それよりも、秋のフォームを見てると」
速水は意味深に空を見上げた。
空色とともに、空風が塵を飛ばす。
「あいつを思い出すよ。勝呂勝。俺とバッテリーを組んでたピッチャーだ。懐かしかったよ。あいつが投げてるみたいで」
その言葉が心を高揚させた。憧れの人とバッテリーの人が、似ていると言ったのだ。これ程、嬉しくなったことはなかった。
浮き足立つ心を持って歩き出した。「勝呂のようになれますか」と思わず口から溢れていた。
「うーん、難しいだろうね。今の君は真似をしているだけで本来の実力には程遠く届いていないから。けど、ここの現ピッチャーは凄く難ありだから、投球の実践は多く積めるだろうし、三年になる頃には実力をつけれるかもしれないし」
凄く難ありのピッチャー。それはどういうことだろうか。全く想像がつかなかった。
「じゃっ、練習に戻るか。秋、右近、戻るぞ」
そう言って、部員らが必死に汗を流す地帯へと向かっていく。
いつの間にか白い服装に汗を溜め込んでいた。
~ 有吉右近の正体 ~
1年 佐倉 冬夏「はぁ、自己紹介飛ばされたよ」
1年 有吉 右近「俺だって、何故有名なのかの理由を言いそびれた」
冬夏「えっ、良くない? それぐらい」
右近「良くない。俺は「ひだり」という名で活動しているVチューバー。それで有名であることを言わなければ、単なる痛いやつとして見られるだろうがっ」
冬夏(もう手遅れというか、痛いやつイメージが定着してきてる気がする)