真剣勝負
監督がやってきた。彼の周りを囲み話を聞く。そして、一年の三人が前に呼び出された。
自己紹介しろ、ということだった。
隣にいる少し猫背の男が先に声を出す。
「俺は有吉右近。中学の頃はショートてました。まあ、俺を一言で表すなら"学校一の有名人"です」
自信満々、胸を張る右近。次に言うのは隣にいる僕。正直に、言いにくくなった。だが、しない訳にはいかない。仕方なく、自己紹介をし始めた。
「僕は利休秋です。中学生の時はショートをやっていましたが、今はピッチャーを目指そうと思ってます。今はストレートとフォークが投げられます」
ショートをやっていた、と言った時に、隣から睨まれた。しかし、ピッチャーを目指している、と言ったら視線が消えた。
同学年の仲間がとても厄介な気がする。気を抜けば、仇にされそうだ。まあ、今は面倒臭いイベントを回避できた。はずだった、のに。先輩が一度消した火種に火をつける。
「ねぇ、利休だよね。もしかして、君ってあの"杉の利休"」
「彼は「三代目、杉の利休」だよ。旧友から噂を聞いてるよ」
先輩の言葉でコソコソとした噂が焚いた。続いて、監督の応答でさらに燃え盛る。打者の称号を持つ僕を見ながら「すげぇ」という言葉が拡散する。
隣から視線を感じる。何故か睨まれている気がする。
監督はおじいちゃんの旧友だ。息子である僕のことについても聞いているようだ。嘘をついて隣の視線を消すことはできない。
睨みながら「なんだと、俺よりも有名だと」と目の敵にしている人が隣にいる。
「おい、利休秋。お前、ピッチャーなんだろ。練習後、マウンドに来い。俺と勝負しろよ」
その言葉が他の部員にも聞こえるように飛ぶ。それを聞いた彼らは笑っていた。
「秋君の投手としての実力も知りたい。基礎練が終わったら、勝負してみなさい。三振を取るか打たれるかの真剣勝負だ」
ルールは簡単。ボールを投げて三振を取れば勝利。もし打たれて塁に出られたら敗北。打者のチャンスは三回以上だが、投手にとってチャンスは一回以上。一発目から負けるというプレッシャーが襲う。
ランニングからノック練習まで何時間か練習をした。そこで、ようやく真剣勝負へと移った。
「俺はお前を倒して、野球部界で有名になってやるよ」
「いや、どういう理由で勝負挑んだの。多分、倒しても有名なんかなれない気がするんだけど」
有無を言わせず、僕はマウンドに立たされた。
手に持ったボールを何度も回していく。瞳に映る右近の姿と直線にあるグローブ。
頭の中に映る勝呂のイメージ。それが動く僕の体にリンクしていく。
僕は、勝呂のように────
振り抜いた先には。真っ直ぐ進む白い球は右近の付近で勢いよく落ちていった。バットは落ちていくボールに合わせられず空を打つ。
「ちっ。まあ、まだ一本目。これはまだ、様子見だ」
「うん。絶対に様子見じゃないよね。それ負け惜しみだよね」
「うるせえな。俺のバットで黙らせてやるよ」
必殺技"フォーク"
一本目はフォークで空振らせた。この球の鋭さは僕の売りだ。投手として生きていくための最強の商売道具。初手にこれを打たれる気はさらさらない。
次の一本は、もう一度フォークか、それともストレートか。
僕は大きく振りかぶった。