邂逅
勝呂勝。僕は憧れの彼と一緒のチームになりたくて、この学校へと進学した。
だが、日向高校の野球部には彼の姿は見えなかった。
野球部体験入部。
三日間の仮入部。その後、入部するかしないかを決める。しない場合にはさらに二日間、他の部活動を体験する。その後、最終的に所属する部活動が決定する。
三日間、レギュラーメンバーとは違う練習を行った。そして、四日目、はれて野球部に入部。ようやく彼に会えると思ったのに。
そこには、彼の姿はなかった。
「すみません。えーっと、勝呂勝さんっていますか?」
部活動の帰り際に主将に聞いた。そして、「あいつは……転部した」と返ってきた。
僕は、どう反応すればいいか分からなかった。
彼が違う部活動だからといって、それを追う気にはなれなかった。野球は家柄的に始めたもので、雁字搦めになった糸は僕には振りほどけなかった。
虚しさが心の中に溜まっていく。
水を飲みに階段を登った。ウォータークーラーから出てくる水を啜っていく。水は無味無臭だった。
上の階から聞こえる床を思いっきり蹴り飛ばす音。この時僕は何を思ったのかそこへと向かっていた。
適当に歩きながら横目で体育館を覗くと勝呂勝の姿がある。
ラケットを思いっきり振り下ろす。それが、羽を捉えた。力強い速さで羽が飛んでいった。床に着地する重く力強い音が羽が床に落ちる音をかき消す。
バトミントン────
そのスポーツを楽しむ姿を見てしまった。この時、僕は、無性にもバトミントンが嫌いになった。きっと憧れの人を野球から奪ったという嫉妬のせいだろう。
鼠色の帰宅路をただひたすらに歩いていた。ひたすら歩いた。
重くなっていく頭の中。しかし、ふと見上げると、空にかかる黄金色が頭を空にさせてくれた。
家へと戻った。親父が勝呂のことを聞いてきた。
「おかえり。会えたんか、勝呂って奴には」
「いや、全然。あの人、野球部、止めたんだって」
「そうか、それは残念だったな」
会話がぎごちなくなる。
いたたまれない雰囲気。それに耐えかね、僕は言い訳のような、本音のような言葉でそれを吹き飛ばそうと口を開く。
「けど、まあ、いいんだ。あの人が野球部を止めていても。僕があの人の代わりになる。帰り道、そう心に決めたよ。だから、僕は"投手"を目指す。あの人のように、全国に名を轟かす剛腕投手にね」
彼に勝手に憧れて、勝手に落胆している。
ただ、それだけだ。
そんな身勝手な理由で今まで進んできた。なら、今回もまた勝手に彼の役目を継ぐだけだ。
「投手は厳しいぞ。それに、ショートが一番楽しいのにな」
「ショートは親父のポジションだったからだろ。僕はもうピッチャーになると決めたんだ。この意志は曲げないよ」
家に転がる野球球を握りしめた。
寝転がりながら、天井の電球向かって手を伸ばす。太陽のような光を放つ電球に、満月のような丸さのボールが重なり合う。皆既月食のような眩さが僕を照らしていた。
次回予告
ついに、日向高校野球部の本格的な練習が始まる。勝呂の後を継ごうとひたすらに投球する利休秋。
そんな中、同じ一年野球部の有吉右近が勝負を仕掛けてきて……