対決町内会・伍
「白石悠斗です。よろしくお願いします」
試合には出たい。さらには、勝負で勝ちたい。だけど、疲れたくはない。そんな矛盾を抱えたまま高校野球部へと入部した。
野球部という熱血なスポーツのイメージがマジョリティを占める中、なぜそんな逆行する想いを抱いたのか。それは中学の頃に遡る。
緑谷中学校。
野球界では名もなき高校だった。しかし、一つ上の代が大活躍して名を馳せた。運動神経も良い訳ではない、言うなれば悪い方だ。野球のセンスがある訳でもない。平凡の実力だった。身の丈にあった野球部に入ったはずだった。
それなのに、たった一年で状況はがらりと変わった。
二年生の勝呂勝の率いるチームが猛威を振るい、全中で身の丈以上の結果を持ち帰った。一年生だった僕はそれを見て他人事だった。精々、レギュラーにはなれないだけだろうと思った。
練習はイカれたように厳しくなった。ひたすらに努力努力の積み重ね。脱落していく仲間達。僕は場を読んで上手くサボることを身につけたお陰で何とかやり過ごしたが、レギュラーには程遠くなっていた。
「どうせ、お前がどう頑張っても、後から入ってきた奴が強ければ試合になんか出られないんだよ。結局、この世の中、不平等なんだから」
二年に上がった。ひたすら努力してきた仲間の一人は、新たに入ってきた実力者の一年にポジションを奪われた。ようやく手に入れたそれも、才能を前に虚しく取りこぼす。
そいつは泣いていた。事実を前に何も言い返せず、ただその現実に打ちのめされ、野球部を辞めた。
その日から、努力で何とかできるなんて馬鹿馬鹿しいことは考えなくなった。それ以上に、現実は厳しいのだと心に留めた。
特技は人の悪い点を見つけること。そして、年月を重ねる毎に、その特技は進化していく。いつの間にか、その人が今現在、持ちうる嫌なことを言い当てる能力を得た。その場所の状況、対象の性格、それぞれを吟味し想像することで容易く言い当てる。
その能力を持て余していく日々に耐えかね、嫌味として誰かに言い放つ。それは現実的で正論で反論できない嫌味だ。
いつの間にか、周りから人が消え、孤独で過ごしてきた。部活動でも僕は一人で、孤独な場所から野球と向き合った。
「なあ、悠斗。マネージャーやってみないか」
二年の時に練習から離れてマネージャーとなった。
特技の嫌味は観察力や推察力を向上させていた。観察と推察の実力はマネージャーに打って付けだった。
データを元に、そして、選手の性格や調子などを合わせて予測を立てる。どこに何を投げればどこに返るのか、大量のデータがあればそれを予知することが可能ということを知った。
努力なんて無駄だ。全ては才能だ。
僕にはこの観察・推察力の才能がある。それを上手く扱えば相手の行動を読むことができ、さらにそれを利用すれば相手をコントロールできる。
野球はオセロやチェスなどの頭脳ゲームと似ている。
熱血なスポーツとは違う、冷静なスポーツだと僕は思っている。
高校では持ち前の実力で試合に出られるようになった。
捕手としてのあまりの才能のなさ、体力のなさ、様々な問題を抱えているが、今ではレギュラーだ。ピッチャーとしての実力を買われ、試合に出られるようになった。
日向高校野球部の二、三年のデータは沢山ある。ともに練習してきたのだ。集まらない訳がない。
キャプテン速水真の打診。打率。性格。状況。癖。
体力が続くように打ちやすい場所に置く。けれども、それを打てば、それは僕の張った罠の内だ。
ここに投げれば、そこに返される。
速水の打ったボールは待ち伏せしていた選手によって掴まれ、すぐさま一塁を固くした。
五イニング目に移った。
勝利への希望は淡く黒い靄によって隠された。それを見た悠斗は嘲笑うかのように見下していた。