最凶
「桎梏、十戒を破りし……スッ」
悠斗のリリースしたボールが打たれる。跳ね返ったそれは円滑油が塗られたかのように、すんなりとアウトになった。
「まあ、こうなることは分かっていた。「打たせて取るピッチング」の天才が相手だからな」
多々良はその攻撃に苦しめられていた。
ヒットアンドラン。ボールにバットを当てればいいとずっと思っていた。そしたら、塁に出られると。
しかし、悠斗を相手にする時は違った。返しても返しても結局アウトになる。素早さの問題じゃない。打つ前からもうゴールは封じられている。もう先に、頭脳戦で負けているのだ。
アイディー野球を前に俺は何もできずに終わるのか。
そんな不安が襲う日々を重ね、編み出したのが縦打ち打法。あまりにも高度な技術を用いる一方、それのメリットは少ないため、普通なら使われないのだが。悠斗相手になら非常に有用。それからというもの、この打法を極めてきた。
「俺は塁に出る。そのための縦打ち打法。そのための鍛えた足。そのための……努力っ」
地面に打ち付けられたボールは地面を軽く跳ねて止まった。その間に、多々良は一塁を踏んでいた。
「後は任せたぜ」
「なーんか、任されちゃったなー。とりあえず、塁を進めなきゃだよねー」
ルアは敵の攻撃を見定める。
そして、悠斗の過去を振り返っていった。
コントロール重視で投げると痛手を喰らいやすい。
悠斗はそれを充分承知だった。だからこそ、敢えてキャッチャーすら投げにくい球を投げる。何を投げるかも分からない。球種すら直前にしか分からないし、そもそも適当に投げたものが殆ど。そう、悠斗の攻撃はキャッチャーに負担がかかり過ぎる。
彼は言った「全ては勝利のためです。意外と負けず嫌いなので。ただ勝ちたいです」と。彼は勝利に拘っていた。
勝利のためなら手段を問わない。敬遠なんてざらにある。ルールさえ守れば良いというグレーの考え方が野球部の中でも浮いていた。
彼の求めるものはアイディー野球。汗水流した努力や熱い友情などよりも勝利のためのデータを大切にする。さらには、嫌味な性格が合わさり、嫌われ者になっていた。
キャッチャーとの連携が問われる中で悠斗の目指す野球とキャッチャーの目指す野球が違うのは大きな痛手だった。連携が取れなくなる。さらに、彼はキャッチャーを置き去りにして投球するせいか捕手との掛け合いは最悪だ。
その代わり、軌道のコントロールと取りにくさを合わせたボールで、打者の打つ場所を操作する。その圧倒的センスと実力が部員の口を紡がせる。
思い出せば思い出すほど、ため息が落っこちてしまいそうだ。
悠斗は投げるボールはキャッチャーを置き去りにする。その時に起きるキャッチャーのミスを利用すればいい。
バッテリーエラー。
練習の時、バットを振らなかった時によく見る邸跡だ。
一球目、ストライク。
二球目、ボール。
三球目、ボール。
四球目、ストライク。
五球目、ストライク────
「ん。あれっ、これってもしかして……。おかしいなー。バッテリーエラーすると思ったのになー」
ピッチャーにやられアウトになるルア。彼は首を捻りながら、ベンチへと戻ってきた。
「バッテリーエラーは俺とあいつの仲で起きること。今の奴らが、本物のバッテリーだ。その思惑は無駄だろう」
バッテリー ────
それはピッチャーとキャッチャーのペアを言う。
「ルア。お前の言うエラーは、俺と勝呂のペアが突如解消され、その後、白石悠斗と大田透のペアも解消され、余った同士の俺と白石のペアができた時の。そのペアが上手く重なることはなく起きたエラーだ。本当のバッテリーには……」
「そっかー。忘れちゃってた。じゃーさー、バッターの嫌がるボールを無償に投げれるペアってことかー。マジで"最凶のバッテリー"じゃん」
高い高い壁がまたもや現れた。
紫色の煙に巻かれ現れる目標の手前に登場する壁。
最凶のバッテリー。
その脅威が僕達の前に立ちはだかった。