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レオと青の宝玉  作者: 上原 青
第一章
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第一話 プロローグ


 言葉遣いがちょっとだけ雑なのは、きっと軍人の家に生まれ育ったせいだ。


 おまけに、父はかねてから第一子の誕生を待ち望み、わたしが産まれたと聞くや、性別もろくに確かめず、やや異国風の、男のような名前をつけてしまった。


 おかげで子供の頃は、村の男の子たちと戦争ごっこのたぐいに明け暮れ、しかも男に遅れをとった覚えはない。母の小言は絶えなかったが、父はわたしのお転婆を歓迎し、面白半分に体術や剣術を仕込んだ。

 村の友達はわたしを、前世も来世も男とからかった。なるほど、そういうものかもしれないと、こちらも気にもしなかった。


 記憶をたどり返しても、物心がついてからこっち、ドレスを着たことは三度しかない。一度は、父が戦さで武勲を上げた祝賀会、もう二度は、国に王女と王子が誕生した参賀式だ。ビレー王女の誕生は、わたしが七歳のとき、ガニシュタ王子は九歳のときだったか。

 はじめて着付けたドレスは、とにかくお腹の締め付けが苦しかったが、西国風の子供用のドレスは、腰から何枚ものパニエがふわりと広がって、綺麗だった。


 ふと、自分が独楽(こま)になったようで、クルクルと回れば空も飛べるのではと思いついた。そこで、大人の目を盗み、実家の庭にある大きな菩提樹の樹に登って、一〇尺ほどの高さから、捻りをつけて飛び降りた。

 たちまちドレスの裾が、細い枝の端に引っかかり、身体は大車輪のごとく上下逆になった。わたしの望んだ回転方向ではない。

 幸い、背中から芝生に落ち、片方の肩を痛めたのと、ドレスの裾が破れるだけで済んだ。

 古参の侍女にはしたたか怒鳴られた。父は大笑いして、莫迦だなあ、そんなに回ったくらいで、空を飛べるものかと言ったから、この次はもっと速く回ってみせます、と応えた。


   *


 母は、そんなわたしの行く末を案じた。

 七歳の末、とある高名な占師を家に呼びつけて、わたしの前世を診た。成人に達する半分の歳に、前世を診るのはよくあることだが、町の喧騒を避けたいがために先方を家まで呼びつけるとは、貴族生まれの母の、気位の高さが知れる。

 占師は、わたしにいくつも質問を浴びせ、最後に前世を女と断言した。母は躍り上がらんばかりに喜んだ。


 占師によれば、わたしは前世を異世界で生き、益体(やくたい)も無い趣味に興じることはあったけれども、元来は真面目で働きものの女性で、最後は働きすぎのため、三〇歳の手前で息絶え、この世界に転生してきたとのことだった。

 そして転生者は、神さまから特別な恩寵を授かることが多い。するとわたしも、何かしらの才を持って、この世に生まれたことになる。


 占師のこの説明で、わたしも前世の効能を知った。前世の死因は、どうにもいただけないが、母は、わたしが前世も女性だったこと以外に興味がなかった。占師に結構な報酬を払って帰し、しばらくはすこぶる機嫌が良かった。


   *


 一二歳になる手前で、わたしの将来について、父と母が揉めた。


 母は、わたしを自分同様の淑女に仕立てることを、早々に諦めていたが、どこか良い家柄の嫁ぎ先へ放り込もうという程度の野心は残していた。そこで、母の実家に数年間押し込め、行儀見習いをさせるべきと主張した。母はもともと、名家の出なのだ。


 父は、わたしを騎士団に入れる、と譲らなかった。騎士は、軍部で最も位が高く、またいろいろな任務で遠方まで旅をできるぞ、というのが父の売り文句だった。わたしの異国風の名前も、騎士としてこれまで諸国を巡った、父の趣味だ。

 とはいえ、騎士は実戦に赴く兵士の一種だから、一二歳から二年間、教練場でみっちり軍事訓練を受ける。兵士の粗暴な習俗にわたしが染まれば、母の願いは完全に打ち砕かれるだろう。

 母は激しく反対した。


   *


 家庭内にひとしきり嵐が吹いたあと、妥協点が定まった。


 わたしは士官学校へ行き、近衛兵を目指すことになった。実戦に出る兵士と違って泥まみれの訓練は少なく、そのかわり、王宮での典礼や作法について細かに学ぶ。近衛兵の、半分の半分程度は女性である。

 近衛兵は正確な作法を身につけ、身分の高い人々との付き合いもこなせる。数年間は近衛兵を務めた後、どこぞへ輿入れする女性もいると聞く。軍人の娘が、それなりに良い嫁ぎ先を見つけるには、母の戦略より現実的かもしれない。


 ただ、近衛兵は狭き門である。見た目の煌びやかさに釣られた志願者は多いが、教練に加え、膨大な儀式の典礼や外交の儀礼を修めるのは、容易いことではない。

 二年間の課程を落第せずに最終試験までたどり着き、さらに試験に合格できるのは、志願者の一割もいない。落語者は、みな通常の教練場へ回される。

 そこで待つのは、母の目から見れば、娘の運命を無残にすり潰す挽肉機だ。


 母と父は、賭けをすることで合意した。わたしが近衛科を無事修了できれば、そのまま近衛兵となる。途中で落第すれば、その時点で退学させられ、ただちに母の実家へ奉公に出される。

 わたしは棋盤の上の駒で、両方から母と父が睨み合っている。選択肢は二つきり、勝敗はわたしの努力にかかり、その賭け金はわたしの運命である。


 いまになって思えば、ずいぶんと勝手な話だ。ただ、たしかに母も父も、わたしの意志を顧みなかったが、当時のわたしに何か意志があったのかと問われると、答えに窮する。

 わたしは一〇歳を超えても、相変わらず男の子たちと戦争ごっこに興じてばかりで、自分の将来など考えたこともなかった。


   *


 士官学校は、王宮の敷地の一番東端にあり、寄宿制だった。

 入学の日、一〇〇名を超える志願者が一同に集められ、近衛兵長から挨拶があった。学友の全てが競争相手で、そのほとんどが敗者としてここを去る、査定は毎月行われることが告げられた。最終の修了者も、あらかじめ数が決まっているわけではなく、一人の修了者も出ない年もあるらしい。

 近衛兵は王族の最も近くで任務に就くため、少しでも能力や適性に疑問がある者は、身分や門地にかかわらず、容赦なく切り捨てなければならないのだそうだ。


 同級生には、わたしと似た境遇の女の子もいた。近衛兵になって玉の輿を夢見る娘、早々に退学して奉公へ出たい娘、見知らぬ家へ嫁ぐくらいなら死んだ方がいいと、死に物狂いで勉強に励む娘、ゆく道はさまざまだ。

 わたしはというと、頑張って近衛兵になるか、頑張らずに落第するか、いまいち決めかねるままに頑張った。周りの同級生が少しずつ姿を消してゆく中で、なんとか、士官学校に残りつづけた。


   *


 剣技などの実技は、まったく問題がなかった。父の面白半分の稽古が、こんなところで役立つとは。

 わたしを時々でも打ち負かすことができたのは、同級生の中でもただ一人、「のっぽ」のホーレーだけだった。彼は重兵士の息子で、幼少から剣技を仕込まれていた。

 黒いまっすぐの髪に、筋の通った高めの鼻で、堂々としていればかなりの美男子と呼ばれただろうが、本人が背の高さを気にして、いつも屈み気味でいるので、見た目は精彩を欠いた。

 ホーレーは、自分の背が高すぎることで、落第するのを心配していた。

 「閲兵のときに、一人だけ頭が突き出ていたら、おかしいだろ」と彼は言った。「近衛兵は、見た目も重視されるんだ。背の高さも、揃っていなければ。ああ、でもチビは、靴底に詰め物でもすればいいけど、のっぽは、一体どうしたらいいんだ?」


   *


 典礼の学習には泣かされた。士官学校で知り合い、仲良くなったテーセルとデゼーが、わたしを助けてくれた。


 テーセルは商家の出で、問題解決には上級官僚も顔負けの才能を発揮した。彼女は、実に手際よく典礼の知識を整理し、覚えやすく噛み砕いてわたしに教えてくれた。

 わたしがテーセルと過ごした二年間で、彼女の「できない」という言葉を聞いたことは、ただの一度もない。万能すぎて変人呼ばわりされる、彼女はその典型だった。


 一度、級友がそんな彼女をからかって、「僕は国王になりたいんだけど、どうしたらいい?」と聞いたことがある。テーセルは少し考えて言った。


 「場所を選ばないなら、いまは南部が政情不安定で、お勧めよ。手っ取り早いのは、国王の愛妾か宦官になって国王を堕落させることだけど、あなたは男だから、宦官になる気は?

 ……そう、時間をかけても構わないなら、軍部を掌握してクーデターを起こすのが確実ね。……どうやるか?叩き上げの直情的な将校の中に人脈を作って、彼らを焚きつければいいわ。

 でもそうねえ、忠誠心が強い反対勢力もいるでしょうから、……わかった!エリート意識ばかりで頭の足りない若年士官を扇動して、暗殺部隊を組織するといいわ。ちょっと気のきいた情熱的な政治思想を吹き込めば、少々の汚れ仕事も、むしろ目を輝かせて……」


 このあたりで、聞いた者は怯え、わたしが話を打ち切らせた。本人は、いたって真面目だったのだが。

 「血を流さずに、国王の地位に成り上がれるわけがないじゃない。もちろん、わたしはそんな事をしたくないわよ。」


 テーセルが入学したとき、それまで荒事とは無縁だったから、茶色がかった美しく長い黒髪とふっくらした体格、優しそうに細められる目で、いかにも柔和に見えた。

 しかし、彼女は持ちまえの問題解決能力で、実技の訓練を誰よりも真剣にこなした。二年次に進級する頃には、騎士といっても遜色がないほど、引き締まった身体を手に入れていた。


   *


 デゼーは地方貴族出身で、背はわたしより頭半分ほど低く、痩せていた。クセの強い栗色の短髪で、大きな二重の目をキョロキョロさせるのが、リスのようで、とても可愛かった。

 彼女は花嫁修業を嫌がって、士官学校へ来た(くち)だ。実技を見る限り、とても近衛兵に向いているとは思えなかった。しかし、典礼の学習には天賦の才能があった。彼女は、一つ一つの儀式や所作の裏にある一般的な法則について、教官もついてゆけない、独自の見解を持っていた。


 デゼーは、とにかく思ったことを包み隠さず口にした。歯に衣着せぬにもほどがあった。


 入学から間もない頃、宿舎の食事が、郷里のそれより格段に洗練されていると感激し、厨房長のところへ駆け寄って、彼に賛辞の嵐を振りまいたことで、彼女は一躍有名になった。

 それから少し後、中央貴族の子弟という意地悪な同級生の一人が、彼女の筆記用具を奪い取り、高々と持ち上げてみせたことがある。デゼーは背が低いから、奪い返そうとしても手が届かない。その者はつまり、彼女の学才を妬み、彼女の出自からいじめの対象に見定め、身体の小ささを馬鹿にしたのだ。


 彼女は真っ赤になって、怒りに肩をふるわせながら突っ立ち、皆の前で公然と罵った。

 「卑怯者、大嫌い!親のコネと裏金で近衛兵になろうとする無能のくせに!あんたみたいな恥知らずが、よくこの場に平気な顔していられるわね!

 今すぐ死ねばいいわ!

 みんな、こいつが死んだら、私が殺したと思ってくれていいわよ!」


 このときは、粗野な発言と「不適切な事実の摘示」を理由に、彼女のほうが懲罰を受けてしまった。

 自分の非を頑として認めないデゼーに、教官が困り果て、訓戒の折にこう言ったらしい。

 ―― なあ、あんなやつはどうせ遠からず、私たちのほうで体よく落第させるんだ。それまで、そっとしておいてくれんか?


   *


 士官学校は競争の場だが、わたしたち四人は仲が良く、いつも一緒だった。

 テーセルとデゼーとわたしの三人で、ホーレーをからかうことが多かった。彼は、剣術での鋭い太刀さばきが嘘と思えるほど、温厚で朴訥な性格だった。

 テーセルやデゼーなどの、ある意味で変人と付き合うことができたのも、その人柄あってのことだろう。


 一方、わたしは三人から、「無垢」の変人と呼ばれた。

 戦争ごっこを大好きだったわたしが、なぜ無垢なのか。三人に言わせれば、わたしは隠れた他人の悪意や陰険なやり口を、ぜんぜん分かっていないという。士官学校での生活の中でも、わたしだけが気づいていないことが多々あるらしい。

 とどのつまりは、間抜けということではないかとふくれていると、デゼーとテーセルは、「そうじゃないの、あんたはそれが可愛いのよ」と、二人ながらに抱きついてきた。

 ホーレーは、その様子をにこにこしながら眺めていた。


 四人は課程を進み、最終試験と適性調査を残すばかりとなった。

 懸念は、ホーレーの背丈と、デゼーの実技だった。背丈はどうしようもないので放置し、三人がかりで数ヶ月、デゼーに体術や剣術の稽古をつけた。

 その成果は目ざましく、最終試験の直前には、デゼーの実技はテーセルと遜色なくなっていた。


   *


 二年次の最後、一週間ほどの最終試験が終わった。

 蓋を開けてみれば、四人のうち三人が受かっていた。ホーレー、テーセル、そしてわたしである。最終試験を受けたものは一〇名ほどいたが、他の合格者は、いなかった。


 デゼーは、どうして不合格か分からない、と不満を述べた。実技の技能はテーセル並みだし、座学でわたしたちに劣るとは思えない。だが、わたしたちには――そして本当は当人にも――、なんとなく見当がついた。

 宿舎でのデゼーの個室は、どうしようもなく乱雑に散らかっていて、何度だれが注意しても、改められることがなかった。適性調査で、それが見咎められたのだろう。


 わたし自身が合格したのは、素直に嬉しかったが、後で教官に聞くと、わたしは合格者の中では最低点だったらしい。

 「どうせ分かることだから言ってしまうが、」と教官は教えてくれた。

 「近衛兵は、成績優秀な者から順に、重要な任務に配置される。配属が分かれば、成績順も分かる仕組みだ。

 一位はテーセル、彼女はシェール王かアルキド王妃付きの近衛兵になる。二位がホーレー、彼は王位継承権第一位の、ビレー王女に付く。お前はガニシュタ王子、王位継承権第二位だ。

 王子はまだ五歳で、公式の場に出ることは少ないから、お前も典礼を復習する時間くらい取れるだろう。今のままでは、王宮でどんな無礼をしでかすか分からないから、猶予期間を頂戴したと心得て、しっかり励みなさい。」


   *


 修了式の日、簡素な式典を終えて、昼過ぎに四人が学舎の裏に集まった。士官学校の敷地のきわに植えられた、背の高い夾竹桃の木々が、真っ白な花をこぼれるほど咲かせ、雨季の終わりの青空に映えていたのを覚えている。


 わたしたち三人と、デゼーの前途は違うものになってしまった。テーセルとわたしは感傷的になったが、当のデゼー自身は、さっぱりしたものだった。

 「わたしは学芸員に鞍替えするわ」とデゼーは言った、「最終試験の、わたしの筆記試験が満点を超えていたので、校長が文書館(もんじょかん )へ推薦状を書いてくれたの。あそこで、典礼と歴史の研究を思う存分楽しむつもりよ。……文書館なら、部屋が汚いという理由で追い出されることはなさそうだしね!」


 わたしは声が詰まってしまい、なにも言えなかったが、ホーレーが優しい声で言った。「学芸員はデゼーに合っている。きっとひとかどの学者になれるよ。」

 「文書館なら王宮の近くだから、これからも時々は会えるでしょうね。」テーセルが、むずむずするような声で続けた。


 「ええ、でもその前にこれを言わせてちょうだい」とデゼーは言った。

 「最終試験の前、あなたたち三人に、実技の稽古をつけてもらって、嬉しかった。わたしの不始末で、あなたたちの親切に応えることができなくて、本当にごめんなさい。学芸員になれば、剣を振り回すことはないでしょうけど、それでも、あなたたちに稽古をつけてもらったことは、一生失くすことがない宝物よ。

 いつかきっと、わたしたちがお互いにどんな立場にあっても、あなたたちにお返しをするわ。わたしが持てる全ての力で、今日までに受けたあなたたちの親切に報いるわ。

 本当にありがとう、レオ、テーセル、ホーレー。」


 これを聞いて、テーセルとわたしは、感極まって泣いてしまった。どうやって泣き止めばいいのかも分からなくなるほど激しく嗚咽して、泣かせた当人のデゼーも狼狽うろたえた。

 ホーレーの長い腕が、テーセルとわたしを彼の胸に抱き寄せた。やがて、デゼーの頭が私たち二人の濡れた頬に付けられ、彼女の腕が、わたしの背中に回された温かさを感じた。


 四人はしばらくそのまま、学舎の裏に立ち続けていた。




はじめて書く小説です。

誤りや、読みにくいところが多々あるかと思いますが、どうかご容赦ください。

温かい目で読んでいただければ幸いです。

(※ 異世界転生の設定はありますが、話の筋にはほとんど関係がありません。

大掛かりな世界設定をしながら、人物の描写をできる自信がないのです。)


この章に限らず、後で文章に手を入れることがあります。習作ということで、ご容赦ください。

※ 話の筋を変えるような修正は、原則として行いません。


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