ある花との語らい
童話なのか、純文学なのか……それともエッセイなのか。
よくわかりません。
憂鬱を払いたいので、それを払うことが出来れば……と、書いてみました。
この季節に良く見る、低く、厚い雲が空を覆い尽くし、どんよりとした灰色の色彩ばかりで空の青は見えない。
風が吹けば、ただただ寒いばかり。すれ違う人は、寒さに耐えるように背を曲げ、春や夏など暖かい時期に比べて身を小さくして歩いている。
木々もまた同様に、葉を落とし、その身に養分を蓄え、縮みこまっている様に見えた。
こんな季節に咲く花は、あまり無い。しかし、僕は季節外れに咲く花を見に此処に行き至った。
目当ての花は特徴的な状態で、すぐに見つかった。
藁で作られた菰を円錐状の傘として囲われ、人が通る道から内側を見えるよう、傘の一部が開かれている。
傘の中には各々、花びらが赤、白、あるいは2つの色が混ざった桃色、紫、様々な色を湛えた花々があった。
僕はその様を見て、つい、憐憫の感情を覚えた。
なにか言ってやろうと思い……。しかし、独りごちるにしても、辺りに人がいるので怪訝に見られるのは気恥ずかしい。
ふと、人気のない場所に置かれた花がいたのに気がついたので、その前に立った。
まじまじと見て思う。本当に咲くべき季節に比べれば、やはり小さい。仮に、時期を迎えた同種と並べれば、みすぼらしく見えるだろう。しかし、鮮やかな赤を彩るこの花に言葉を向けた。
「……君の有り様は、人が産まれて生き苦しむ様と似てるね。まわりに振り回されている。
君は、人の都合で、咲くべき季節とは違う季節に咲いている。本当ならばもっと大きく咲くことができるのに……。
それに、無理をして咲いているから、君の寿命は短いだろう。どう思う?」
返答など無いだろう。そんなことを確信しながらの言葉だった。
「それより、どうですか?私は綺麗に咲いていますか?」
――驚いたことに、返事をされた。
驚きのあまり二の句に窮していると、花は質問に重ねてつぶやく。
「やっぱり、綺麗に咲けていないのでしょうか?みんなのところには、見ている人がいっぱい来ているのに、私の前には人があまり来ないんです」
みすぼらしい。と先ほどは思ったが、その一段とこじんまりとした様から、可愛らしくも見える花は物悲しそうにぼやく。
なんだか同情してしまったが、しかし私は糖衣を着せることなく答えた。
「まぁ、この庭園にある他のものと比べたら君は小さいかな。見栄えが悪いと此処に置かれたのだと思うよ」
「……そうですか。でも、あなたは見に来てくれたんですね。ありがとうございます」
僕の答えに落ち込むかと思ったが、まさか礼を言われるとは思わなかった。
だが、せっかく会話が出来るのだから、少し聞いてみようと思い、質問を向けることにした。
「そうだね。君は小さくてみすぼらしい。それは君が咲くべき時期を捻じ曲げられて咲いているからだ。ああ、酷いことだね。なにか思う所は無いのかな?」
「いいえ、だって、いっぱいお世話してくれたんですよ。暖かい部屋においてくれて……今はちょっと寒いですけど、藁で囲いを作ってくれましたし、根のまわりにも藁を敷き詰めてくれました。平気です」
この花の花言葉は確か「風格」「富貴」「compassion(思いやり)」と言ったか。他には「誠実」というのもあったはずだ。
――誠実。僕は、その言葉がとても似合う言動をする花を、少々からかってやろうと思った。
「うん、そう言えば、君の花言葉には『誠実』と、いうものがあったかな……。君が咲いた事は、確かに世話をした者に対する『誠実』なのだろう。でも所詮、季節外れの花を見たい。そんな人のワガママじゃないか。なんとも思わないのかな?」
「私達を見たい。そんなワガママに、人は『誠実』なんでしょう。――違いますか?」
苛立ちを少し覚えた。なんで其処まで受け入れられるんだ。
「……ああ、そのワガママに振り回される事に対して怒りとかは無いのかな?」
「人は、ワガママを押し殺せないから、ワガママを自由に出来ないから、私達を世話をして、せめて寒くないように……と、こうして暖かくしてくれました。それで十分なんです。それに応えたいから、咲きたいから、私達は咲いたんです」
「咲きたいから……か。でも、その原因はやはり君が言うように人のワガママ、身勝手だ。
本当なら君は『花の王』と呼ばれるだけの大きい花を咲かせられる。けど、人の手によって歪められた。人は、君らに無茶を強いている。だから、君の言う自身のワガママの後ろめたさから、罪悪感から、ただ、そうしているだけだと思うよ。
……僕ら人はね、求められて潰れてしまう者がいる。人の世はそんな中で恨んだり、悲しんだり、惑ったりしてる。そんなことが多いんだよ。君にはそんな感情は無いのかな?」
「ないですよ。私達は咲くまでに、たくさんお世話をしてもらえました。だから良いんです」
「…………本当に?」
「…………ホンネを言えば、大きい花を咲かせてみたいです。けれど、もう出来ない。私は咲いてますから。
でも、今日はあなたが見に来てくれたじゃないですか。明日もまた、誰かが見に来てくれるかも知れない。そうやって私は応えるだけで十分です。私が出来るのは咲くことだけですから。」
大きく咲きたいのは、あるようだ……だが……。
「――その、つまり、精一杯に咲くことが出来れば、それで良い……と?」
「はい!」
そう屈託なく答える赤い花――冬牡丹。
咲かす花は、本来のそれよりも小さけれど、巨細に関係なく「富貴」という花言葉にふさわしい。
冬の風が吹き抜ける中、此処は確かに暖かかった。
思いもよらなかったが、わだかまるものから湧く聞きたいこと、知りたいこと。――いや、見てみたいモノを得ることが出来た。
ふと空を見上げれば、白い雪がふり始めていた。これ以上は寒さに耐えられぬと、花に言うことはもう無いと、僕はその場を立ち去ろうとする。
「また、来てくださいね」
急ごうと、背を向けた僕にかけられた言葉に思わず足を止める。
人と花・植物は違う。生き物としての本能をひたすらに肯定して生きることが出来る花と、本能どころか、欲、自身にすら嫌悪を覚えることがあって悩む……そんな、疾患とも言えるモノを抱える人と花は違う。そう思う。
けれど、小さく赤い冬牡丹は、理屈など無く、僕を慰めていた。
少し時を置いて降り積もった雪の中に映えるその色は美しかろう。――また見たい。
どこまでも頑是ない、美しい在り方の冬牡丹に対し、気がついたら、笑みを浮かべ振り向き、答えていた。
「――そうだね。また」
赤い花は、気分の落ち込みを抑え、前向きな気持ちを湧かせる……。
憂鬱を晴らす効果があるそうです。
冬牡丹・寒牡丹……時期的には、ほんの少し先かな……。
見れるようになったら、見に行きたいものです。