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翌朝

「おはようございます」

 ポーラの声でサマンサは目を覚ます。船旅の疲れのせいか、昨夜妙に安心してしまったからか、彼女は初めて寝るベッドだというのに熟睡してしまった。

「おはよう」

 サマンサが身体を起こすと、ポーラが訝しげな表情をしていた。

「あの、昨夜まさか、御一人で?」

「そうね、それが?」

 サマンサは不思議そうな顔をしている。ポーラはその表情が信じられなかった。

「アスラン王国では男性が女性の寝室へ向かうそうなのですよ。セリム殿下はいらっしゃらなかったのですか?」

「まだ一緒には寝たくないと自分の部屋へ向かわれたわ」

「何ですか、その失礼な発言。サマンサ殿下ほど素敵な女性は、なかなかいないのに一体どう言うつもりで――」

「ポーラ。この国に嫁いだら殿下はやめなさいと言ったでしょう?」

 アスラン王国では男女差別はなくとも、王家の血縁は絶大である。王家へ嫁いだ女性への敬称は様であって殿下ではない。殿下と呼ばれるのは王妃だけである。色々と風習の違うレヴィ王国とアスラン王国であるが、この部分は一致していたのでサマンサは当然のように受け入れた。

「申し訳ありません」

「それとセリム殿下を貶すような発言もやめなさい。私を大切に思って下さっての行動なのだから」

 ポーラはサマンサの言っている意味がわからず、不審そうな表情を浮かべた。サマンサは困ったように微笑む。

「私がセリム殿下を夫として心から受け入れられるまで待ってくれるそうよ」

「セリム殿下は見かけによらずロマンチストなのですか?」

「私を一目見て運命だと騒いだくらいだからロマンチストなのは間違いないでしょうけど、見かけによらずとは失礼ではないかしら」

 セリムの顔立ちは精悍であり、確かにロマンチストな雰囲気はない。しかしサマンサの前で見せた少し情けない雰囲気を思い出すと、そこまで違和感はなかった。

「ですがロマンチストと言うのは、カイル様のように端正な顔立ちの方でないと似合わないと思います」

「言っておくけどカイルはロマンチストではないわ。あそこまで現実主義の男は滅多にいないわよ」

「つまり、セリム殿下はサマンサ様の好みとは違うという事でしょうか?」

 ポーラの質問にサマンサは困った。顔立ちが好みかどうかと言われれば、特に好みではない。カイルは自分を見なかったからこちらを向かせたかったのであり、セリムはむしろ自分を向かせようとしている。

「好みと言われても答えるのは難しいけれど、仲良くなれそうな気はするの。それが夫婦としてなのか、政略結婚の相手としてなのかは、まだわからないけれど」

「まだ二日目ですものね。これからですよね」

「そうね。急ぐ必要もないと思うわ。簡単にレヴィには帰れないし」

 そう言いながらサマンサは祖父の言葉を思い出していた。嫁ぐ途中で一泊した際に、もしアスラン王国に馴染めないようだったら、領事館に駆け込めば職員が帰国の手筈を整えるから心配しなくていいと言われていた。父といい祖父といい、この結婚をどうしたいのか、彼女はよくわからなくなっていた。もしかしたら一旦結婚させておいて、出戻った後はレヴィ王宮で一生暮らすという道を用意しているのかもしれない。だが、それはセリムに対してとても失礼な話である。あれほど真っ直ぐに自分に向き合おうとしてくれている彼に、彼女もまた真っ直ぐ向き合いたいと思った。そこに運命や愛が見つかるかはまだわからないけれど、前向きに考えたい気持ちにはなっていたのだ。

「それでは着替えましょう。着替えが終わりましたら朝食を運んできますから」

「ここで? 私は一人で食べるの?」

「セリム殿下は王宮で朝食をとられて、そのまま仕事をするそうです。仕事はお昼までで、その後はこちらに戻ってくるのが日課だとハサン様に聞いてきました」

「いつの間に聞いてきたの?」

「昨夜です。ミライさんは聞いても教えてくれないので、ハサン様の所へ押しかけました。ハサン様は尋ねた事を何でも教えて下さったので、きっといい人です」

 ポーラは微笑んだ。サマンサもハサンはいい人だろうとは思うが、彼はセリムの側近である。王太子の側近ともなると仕事が忙しいのではと彼女は不安になった。

「気になる事は聞いてもいいとは思うけれど、ハサンの仕事の邪魔をしてはいけないわよ」

「わかっています。同じ事を何度も聞かないよう、ここに書きましたから」

 ポーラはポケットから小さな手帳を取り出すと、自慢げにサマンサに見せた。その手帳の表紙にはレヴィ語でアスラン王国用と書かれている。

「勿論アスラン語で書いているのでしょうね?」

「いえ、それはその、レヴィ語です。申し訳ありません。辞書を引いていたら遅くなるので許して下さい」

 焦るポーラにサマンサは微笑む。

「これから見かけるのはアスラン語だけになるから自然と覚えるでしょう。レヴィ語なら悪口を書いても、まずわからないでしょうし」

「何故悪口が書いてあるとわかったのですか?」

 驚いた表情のポーラにサマンサは呆れ顔を向ける。

「すぐに引っかかるのはどうかと思うわよ。ここはレヴィ王宮ではないのだから、もう少ししっかりして欲しいわね」

「申し訳ありません」

「別に怒っているわけではないわ。私もミライの態度は少し解せないから。それについても聞いてきた?」

 サマンサの問いにポーラは頷くと、聞いてきた事を話し始めた。

 この別館は王太子用なので二年半前まではセリムの兄とその妻が暮らしていた事、ミライはその妻の侍女であった事、その兄が病死してセリムがここに入居した時全ての使用人をそのまま据え置いた事、その際その兄嫁だけはここから出したものの、定期的に来ている事。

「定期的にここへ? 何をしに?」

 サマンサは首を傾げながらポーラを見た。

「その方はセリム殿下の従姉で昔から親交があるようです。元々ここで暮らしていて使用人達も顔見知りなので、特に誰も咎めないそうです」

 サマンサは眉間にしわを寄せた。いくら従姉といえども婚約者がいるのに定期的に来るだろうか? 何の下心もなしにそのような行動を取るとは彼女には思えなかった。

「その人はセリム殿下を好きという事かしら?」

「まさか。従姉ですよ? しかも夫であった人の弟ですよ?」

「それなら何をしにここへ来ているというの?」

「その方とミライさんはとても仲が良いようで、お喋りに来るそうです」

 それならミライを自分の屋敷へ引取ればいいだけの話のような気もするが、何かそうしてはいけない事情でもあるのかとサマンサは悩んだものの、アスラン王国の細かいしきたりまではまだ把握出来ていないので答えは出せなかった。兄嫁であったなら多分母方の従姉だろうし、派閥などの問題があるのかもしれない。彼女は昨夜の宴に参加していた人達を思い出した。皆が着席して食事をしていたが、その席順に意味があるのかもしれない。挨拶が出来なかったので、誰が権力を持っているのかもわからない。これはセリムに色々教えて貰おう、彼女はそう思った。

「もしその方が尋ねてきたら挨拶をしたいのだけど出来るかしら?」

「その旨をミライさんに伝えておきます。聞いて貰えるかはわかりませんけれど」

「もしかして喧嘩でもしたの?」

 サマンサは心配そうに尋ねた。ポーラは言いたい事を言ってしまう性格なので、それで揉める可能性を危惧したのだ。

「いえ。昨日は侍女と言っていた気がしたのですけれど、ミライさんはこの別館に雇われているので、一通り教えたら後は元の仕事に戻ると言われました」

 サマンサも確かに侍女を務めさせて頂くと聞いたが、何を考えているのかわからない人間なら側にいない方が気楽だと思った。

「そう、私は構わないわ。ポーラが大変だというならセリム殿下にお願いして人を雇って貰えばいいだけよ」

「この別館にはそれなりに使用人がいますので、私だけでも大丈夫だと思います」

「わかったわ。だけど昨日来たばかりだし暫くは様子を見ましょうか」

「はい。それでは着替えて朝食にしましょう」

 ポーラは手帳をポケットにしまった。サマンサもベッドから立ち上がり着替える事にした。

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