警備員とセリム
「兄ちゃん、今日も来たのかい?」
港の警備員がセリムに声を掛けた。
毎日サマンサからの手紙はまだかとハサンに聞き、いい加減にして下さいと言われたセリムは、自ら港まで出向いてケィティの船が来ているか確認する事にしていたのだ。
「ケィティの船は?」
「この時間に来てねぇから、今日も来ねぇな」
警備員の答えにセリムは明らかに落胆した表情をする。それに対し警備員は笑う。
「兄ちゃん、毎日来られるなんてどこの坊ちゃんなんだい? ケィティの船に乗っている物は基本的に高級品だろう?」
「俺が待っているのは高級品じゃない。手紙だ」
セリムの答えに警備員は意外そうな顔をした。四日連続でこの港に顔を出しているセリムの服は仕立てがよく、裕福なのは明らかである。しかし馴れ馴れしく話しかけても特にそれを咎める事もないので、警備員は少し親近感を覚えていた。
しかも待っているのが荷物ではなく手紙と聞いて、警備員はより身近に感じた。
「まさか恋文かい?」
「結婚の約束はしているけれど、俺の片思いみたいな感じ」
「いい所の坊ちゃんは結婚相手をお金で買うのかい?」
「彼女は俺よりもお嬢様だ。お金で買える令嬢じゃないよ」
「それならどうやって片思いのお嬢様と結婚の約束をしたんだい?」
警備員は不思議そうな顔をした。アスラン王国では異国人との結婚は珍しい。しかもケィティのある大陸となるとまずありえない。ケィティの商人がアスラン王国に居ついて、アスラン人と結婚をするくらいである。
「彼女のおじいさんが紹介してくれたんだ」
「そのおじいさんがケィティの商人か?」
「あぁ。俺には勿体ないくらいの女性なんだ」
セリムは嬉しそうに微笑んだ。それを見て警備員も微笑む。
アスランまで来るケィティの商人は基本豪商である。警備員はセリムも豪商の息子であり、商売上の結婚で彼の片思いなのだろうと判断をした。
「彼女はいつこちらに嫁いでくるんだい?」
「あと一年くらいかな。色々準備があるらしい」
「そりゃ準備はあるだろう。別大陸に嫁ぐとなったら簡単じゃねぇ。気軽に帰れねぇし。兄ちゃんは彼女を守る覚悟は出来てるのかい?」
「覚悟か。彼女を愛し続ける自信ならあるよ」
セリムの答えに警備員は笑う。
「若いってのはいいねぇ。俺にもそんな時期があったかな」
「今は違うの?」
「いや。家に帰ったら妻に愛してると言うのも悪くねぇかなぁ」
「言ったら奥さんは喜ぶんじゃない? いいなぁ。俺も言って貰いたいなぁ」
セリムは海を眺めながら思いを馳せる。その様子を見て警備員はセリムの背中を叩く。
「兄ちゃん、いい人そうだから自信持ちな。そのお嬢さんが嫁いできた時には俺にも紹介してくれよ」
「いいけど、彼女に惚れたら駄目だよ?」
「俺には妻子がいるから、目移りはしねぇ」
「警備員さん格好良いね。俺ももう他の女性誰を見ても目移りする気はしないけど」
セリムと警備員はお互い笑いあった。
「船は来なさそうだから今日は帰るよ。また明日」
「明日も来るのかい? 兄ちゃん、仕事はそれで大丈夫なのか?」
「大丈夫。夜遅くまでやるから」
「そんなに手紙が待ち遠しいのか」
「あぁ。手紙が来るかどうかはっきりしないと仕事に集中出来なくて」
「そりゃ重傷だな。仕事仲間に怒られねぇか?」
「怒りを越えて呆れられてるよ」
セリムの答えに警備員が笑う。セリムもつられて笑うと、手をあげて別れの挨拶をした。警備員もそれに答えるように手をあげた。
このやり取りはサマンサが嫁ぐまで毎月続いたが、セリムは素性を明らかにしなかった。そのせいでサマンサが嫁いでから、挨拶に訪れたセリムを見て警備員は腰を抜かす事になる。




