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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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油断大敵

 先日ゼフラが果実酒を持ってきたのでお返しに酒を持っていく話になり、サマンサはセリムと共に市場にある酒店を訪れていた。

「いらっしゃいませ。珍しいですね」

 セリムは生活に関する事は別館の使用人達に任せているので買い物はしない。それは物欲がないせいなのだが、市場の人達からは金の使い方を知らない放蕩息子と陰で呼ばれている。勿論彼はそのような事を知らない。

「あぁ、急に夕食に招かれてしまったので手土産を探しにきた」

「相手はどちらの方ですか? ケィティ人とアスラン人では好む物が違いますよ」

「アスラン人だ。何故ケィティ人と思った」

「奥様はケィティの方でしょう?」

 王都の市場で働く者はケィティ語を理解する者もいる。サマンサがセリムの事をセリムさんと呼びかけているのを聞いた者が、ケィティ商人の孫娘というのは本当らしいと噂になっていた。何故疑っている者がいたかと言うと、彼女のストールから見えている髪色のせいである。ケィティ人は基本的に栗色で彼女のような金髪の者は滅多にいない。

「私の家族は皆向こうの大陸で暮らしているわ。今日は彼の仕事関係者に会いに行くの」

 サマンサは商人に笑顔を向けた。彼女はセリムが放蕩息子と思われている事を何となく察していた。だから仕事関係者と言って、放蕩しているのではなく仕事をしていると暗に言いたかったのだ。王太子と内務大臣なのだから仕事関係者なのは嘘ではない。

「そうでしたか。それではこちらはいかがでしょう」

 商人は一瞬驚きの表情をしたものの、それを瞬時に引っ込めて高そうな葡萄酒を勧めた。

「うーん。もう少し手頃なのがいい」

「こういう所はお金をかけた方がいいですよ」

 セリムの素性を知らない店員は勝手に彼を商人だと思い込んでいるので、商談をまとめる為の賄賂と判断して高い物を選んだ。しかし彼は渋い顔をしている。

「そうかもしれないが、私の口に合わない物を持っていきたくない。どうも高い物は合わなくて」

 セリムの言葉に商人が笑う。そしてすぐに真顔に戻った。

「失礼致しました」

「いや、気にしなくていい。私は高級な物より市場で売られている惣菜の方が余程口に合う。着ているものと合っていないのは自覚している」

 サマンサはレヴィ王宮で暮らしていた時、味にうるさい王女で有名だった。しかし彼女は別館での食事に何ら不満はない。以前彼は別館の皆は今の味が好きだと言っていると話してくれたが、自分も好きだとは言っていない事に彼女は気付いた。

「家での食事は私に合わせて、セリムさんは我慢されているのですか?」

「いや、今の食事は美味しいよ。多分サマンサの母国の味が好みだったのだと思う」

 セリムが笑顔だったので、サマンサはほっとした。彼は店内にある酒瓶の中のひとつを指した。

「私がよく飲むのはこれなのだが、手土産としてどうだろうか」

「こちらは庶民向けのものです。豪商の方が飲む物ではありませんよ」

「だがこれが一番美味しい」

「確かに口当たりは良いですけれども、相手の方の機嫌を損ねる可能性があります」

 店内の酒瓶に値札はない。サマンサは聞きながらも、どうやって高級か否かを判断しているのかわからなかった。彼女は酒に詳しくないので、何故セリムが自分を連れてきたのかもわからない。

「ではそれによく似た味で、相手の機嫌を損ねない物を教えて欲しい」

 セリムの注文は難しかったのか、店員は困った顔をして店内を見ている。暫く悩んでから一本の酒瓶を取った。

「これは向こうの大陸のお酒なのですけれども、船輸送しているが故に高級品になっていますが、実際は庶民向けという物です。これでどうでしょう?」

「ケィティの品か?」

「いえレヴィ王国にあるスミス地方の葡萄酒です」

 サマンサは商人が手にしている酒瓶の銘柄を見た。それは彼女が侍女に運ばせていた酒瓶と同じ物だった。彼女は兄が最初に勧めてくれたもので、しかも美味しかったので高級品だと思い込んでいた故に商人の説明に驚いた。王太子である兄が安物を飲むとは思えなかったのだ。実際は国力の違いにより庶民向けの意味合いが違うのだが、そこまで彼女はわからなかった。

「セリムさん、それは美味しいですよ。以前兄と飲んだ事があります」

「それなら味は間違いなさそうだ。ではそれで」

 店員はありがとうございますと言って酒瓶を包む。セリムは懐から袋を取り出すと銀貨で支払った。サマンサは今まで一度も支払いをした事がない。以前不思議に思って彼に尋ねた事があるのだが、軍人の時に戦地近くの町などと交渉する時に覚えたと言う。そういう経験があるにもかかわらず、放蕩息子に見られている彼が不思議だった。実際、店員も彼が代金を支払うと思っていなかったのか、やや驚いた表情で代金を受け取っている。

 二人が店を出ると自分の名を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえ、サマンサは振り返った。そこには仲良く腕を組んでいるジョージとライラがいた。

「どうしたの?」

「それはこっちの台詞だ。何故外を出歩いている」

 ジョージの顔が不機嫌そうだ。サマンサはその兄の態度が理解出来なかった。自分は妻を連れてレヴィ王都を歩いていたのに、何故自分を連れ歩くセリムを責めるような言葉が出てくるのか。

「明日会いに行こうと思っていたが、ここで会ったから丁度いい。行くぞ」

 ジョージの声色は拒否を許さない威圧的なものだった。普段温厚そうな彼が、このような雰囲気を醸し出すのは何かあるからに違いない。セリムもレヴィ語がわからないので困った表情をしていたが、その空気だけは感じていた。サマンサは兄が話をしたいから別館へ戻ろうと言っていると説明し、四人は別館へと向かった。



 四人での話し合いが終わると、ジョージとライラは宿屋へ戻っていった。明日出立前にもう一度来るから、その時は別の話をしようとライラはサマンサにケィティ語で話しかけていた。ライラは結婚生活の事を気にしているのだろうが、先程の話し合いではそのような事を話せる雰囲気がなかったのだ。

「今の話は全て鵜呑みにしていいのだろうか」

「兄が私に嘘を吐く必要はないし、あの二人の見る目を私は信じているわ」

 サマンサは隣に腰掛けているセリムに強い視線を向けた。親族の夕食会では終わらない、その可能性を考えなかったわけではない。だがあまりにも最近穏やかに過ぎていたので、このまま何もなく夕食会が終わる気がしていただけだ。

「行かないという事も出来なくはないが」

「内務大臣の悪事を暴く為にも予定通り行く方がいいと思うけれど」

「だが何をされるかわからない」

「そうね。このような時だからこそ、セリムさんの言う運命に賭けてみてもいいと思う。私達の結婚が運命なのだとしたら、乗り越える事が出来るのではないかしら」

 サマンサは微笑んだ。彼女自身、未だに運命とは何なのか全くわかっていない。しかし殺されるような事があればそれまで、無事に乗り越えられればそれは運命と呼んでもいいのでないかと思えた。この三週間で不思議なほど居心地が良くなってしまったこの別館で、セリムの隣で暮らしたいと願うようになっていたのだ。

「俺はサマンサを危険な目に遭わせたくはない」

「ありがとう。気持ちだけ頂いておくわ」

 セリムは困ったように微笑んだ。決意したような強い眼差しのサマンサを説得出来るような言葉を、彼は持ち合わせていない。

「わかった。とりあえず向かおう。だが少しでも異変があればすぐに戻る、それだけは約束して欲しい」

「えぇ。約束するわ。流石にまだ死にたくはないから」

 サマンサの笑顔にセリムが頷く。そこへノックする音が響いた。

「失礼致します。ゼフラ様より案内を仰せつかっておりますので、そろそろ準備をして頂いても宜しいでしょうか」

 ミライの声にセリムが眉を顰めた。サマンサはゼフラの邸宅がどこにあるか知らないが、彼は知っているので案内など要らないのである。

「案内などなくとも二人で行ける」

「しかし必ず案内をするように仰せつかっております。何卒お願い致します」

 セリムは不満そうな表情をした。ミライはあくまでも別館の使用人なのである。ゼフラの命令ではなく彼の命令を聞く立場であるのに、まるで聞き入れないのが面白くなかったのだ。そんな彼にサマンサは微笑んだ。

「案内だけなら何も問題はないわ。彼女の顔を立ててあげましょう」

 サマンサはミライに同情していた。ミライは別館に馴染んでいる気もしなければ、ゼフラに大切にされているわけでもない。せめてゼフラに怒られないようにする事くらいなら問題ないと彼女は判断をした。


 サマンサの意見を受け入れ、二人はミライと共に別館を出て歩いていた。酒瓶はセリムが持っている。彼の後ろを彼女とミライが横並びで歩くという状況に、これを果たして案内と呼ぶのだろうかと彼女は呑気に考えていた。しかしその隙をミライは見逃さなかった。彼が角を曲がった時を狙い、隠し持っていたハンカチを彼女の口元にさっと当てると路地裏に消えた。彼は気配が続かない事に違和感を覚え振り返ったが、そこに女性二人の姿があるはずもない。彼は慌てて見上げた。本来いるはずの男がいない事に安堵をして、彼は建物へと上る場所がないか探し始めた。

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