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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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内務大臣の誘い

 タラールは妹が国王に嫁いで以来、順調な人生を歩み内務大臣の座に就いていた。妹は男児を三人出産し、残念ながら次男は三歳で亡くなってしまったものの、長男は賢く、三男は軍事に優れていた。ただ長男オルハンは優秀すぎた。父親からの期待に応え、国内の腐敗した部分に目を向け始めたのだ。娘であるゼフラを嫁がせて事を収めようとしたが、ゼフラは何の役にも立たなかった。オルハンが生きていては自分の地位は守れない、その危機感は募るばかりだった。

 しかし、オルハンが亡くなりセリムが立太子されても安心する事は出来なかった。まずセリムがゼフラを娶る事を拒否したのだ。娘が昔からセリムに好意を抱いている事を知っていた彼は、今度こそ上手く立ち回ってくれると信じていただけに、思い通りにいかない事が歯痒かった。他の大臣達も難色を示していて強引に話を進められない内に、突然出てきた異国の王女との婚約が決まってしまった。

 タラールにとってこの婚約は面白くなかった。異国から嫁ぐ時に約束された持参金は高額で、誰もがそれを受け入れてしまったが、婚約をまとめたのはアスラン人ではなくケィティの商人であり、その商人はオルハンと親しくしていた男である。彼は自分のしている事がその商人を通じて明るみになる事を恐れていた。既に妹は病死しているので、自分の身は自分で守らなければならない。縋る者を探して辿り着いたのはエイメンであった。

 タラールの所に届いたエイメンからの手紙には、サマンサと結婚し王太子になりたいので、どうにかセリムを廃太子したいと書かれていた。彼はサムルク王国とも繋がっいる。サムルクをあまりよく思っていないセリムよりも、母親がサムルク人であるエイメンの方が自分を重用してくれる気がしていた。

 それにタラールも自分の為にセリムを廃するべきだと思い始めていた。セリムはオルハンの足元にも及ばず、軍議以外では側近を横に置いて自分の意見を言えないような頼りなさがあった。しかし結婚してまだ三週間というのに態度が変わり始めていた。どこかオルハンを彷彿させるような意見が垣間見えるようになったのだ。このままではいつか自分のしている事が露見し、失脚するかもしれないと怯えるようになっていた。

 別に命を奪う必要はない。廃太子出来るような不祥事をでっち上げればそれで事足りる。しかしセリムはまるで母親の性格をそのまま受け継いだような素直な人柄で、不祥事など起こすはずがないと誰もが思っている為、下手に捏造すると逆に疑われてしまう。それでサマンサの母国、レヴィ王国がアスランを乗っ取るようだという方向で噂を広めた。素直なセリムがレヴィ王国に騙されているというのは不祥事をでっち上げるよりも現実味があったし、実際視察の軍人達から二名外れたと報告が上がっている。しかもそれがどうやらサマンサの兄とその妻らしい。故に軍議でその男を連れて来いと言ったら案の定どこにいるかわからないと答えた。こういう所で嘘を吐けないのがセリムだと知っていてわざと聞いたのだ。大臣達もサムルクと仲良くした方がいいという意見に傾いた。他国に騙されるような男では王太子は務まらないと皆に思わせるまであと一押し、そう思っていた所に今度はサムルク側から手紙が届いた。

 手紙の差出人はサムルク王国の将軍アーディル。今までカエドとの連絡を見て見ぬふりをしていたニーデが急に通過させなくなったと言う。それ故にこれ以上カエドに支援をするのが難しく、カエドはアスランが望む和睦を受け入れるだろうというものだった。タラールはこの和睦が非常に困る。戦争をしているからこそ金がかかり、色々な所に予算が発生する。それを少しずつ着服していたのに、戦争が終わると難しくなる。今のような贅沢が出来なくなるのは嫌だった。

 タラールは歯ぎしりをした。レヴィの王女がセリムに嫁いでこなければ、自分の人生はもっと充実したものになったはずだ。エイメンが気に入っているというのなら押し付ければいい。彼はエイメンなら多少の着服など気付かないと思っていた。エイメンを見下しているのである。



「お父様、一体何の用?」

 ゼフラは急に父親に呼び出されたのが不服そうな表情を浮かべている。

「サマンサ様と何度か会ったようだが、ここへ連れてくる事は出来るか?」

「それはセリムが許さないと思うわ」

 常にセリムに想いを寄せ、婚約してからもセリムの所へ通っていたゼフラは何故か冷めた声色だった。

「どうした。もうセリムと結婚するのを諦めたのか」

「先日の夕食の時、とても仲良さそうな所を見せつけられてしまったの。どこがいいのか知らないけど、セリムはあの女しか見ていないわ」

「エイメン殿下がサマンサ様を気に入ったらしいが、それは知っているか?」

「それが何だと言うのよ」

「サマンサ様もエイメン殿下を気に入って、二人が夫婦になればゼフラにも機会がまだあるのではないかと思うのだが」

 タラールの言葉にゼフラは嫌そうな顔をした。

「その場合、セリムは王太子ではなくなるのでしょう? 軍人に戻って戦争に行くのは嫌よ」

「それはセリム次第だが、私ならセリムを近衛兵にする事は出来る」

「セリムとエイメンは仲良くないわよ。近衛兵なんてするかしら?」

「それはゼフラにかかっている。正攻法が難しいなら色仕掛けでも何でもすればいい」

 ゼフラは父親とは思えない意見に一瞬眉根を寄せた。しかしサマンサは線が細く、出る所も特に出ていない。一方自分はとても女性的な体型だ。セリムに抱きつこうとして、いつも制されるのはそのせいなのかもしれないと彼女は思い至った。強引に既成事実を作ってさえしまえば、セリムは自分の物になるかもしれない。

「二人一緒なら呼び出せると思うわ」

「それでいい。もたもたしていると二人を引き離せなくなるかもしれないから、すぐにでも誘ってくれ」

「わかったわ。今から早速出かけてくる」

 ゼフラは笑顔をタラールに向けると部屋を出ていった。彼は娘の思考を一瞬心配したが、すぐに夕食に呼んだ後どう引き離すかを考え始めた。



「そちらの夕食に、ですか?」

 サマンサは客間でゼフラと向かい合って椅子に腰掛けていた。セリムと珈琲を飲んで帰宅し、文鎮をポーラに見せようとした所で、ゼフラが訪ねてきたとミライに言われたのである。

「えぇ。父が挨拶をしたいと言うのだけどどうかしら。勿論お酒は勧めないから」

「セリム殿下が伺うという事でしたら私は構いませんけれども」

 サマンサはタラールが何かを企んでいるのは間違いないと思いながらも、ここで断るのは得策ではない気がした。一応セリムの親戚であるし、彼と一緒なら大丈夫だろうとも思えた。

「それならセリムに聞いてくるわ」

 立ち上がったゼフラに控えていたミライが慌てて対応する。

「セリム殿下でしたら私がお呼びして参りますので、今暫くこちらで御待ち下さい」

 ミライは一礼すると客間を出て行った。ゼフラはつまらなさそうな顔をしながら椅子に座り直した。

「最初から呼んでおけばいいのに。気が利かない子」

 ゼフラの口調は親しい者に向けた感じがせず、サマンサは自分の勘違いに気付いた。以前ミライに友人なのかと尋ねた時に嫌そうな顔をされたのを思い出し、この二人は決して友人ではなくあくまでも雇用者と使用人なのだと察した。彼女にとってポーラは友人のような存在であるが、今までの侍女の中でそのように接してくれた者はポーラだけである。彼女がポーラの態度に感謝をしていると、ミライがセリムを連れて客間に戻ってきた。

「一体どういう風の吹き回しだ」

 セリムは少し不機嫌そうな顔をしている。ゼフラが訪ねてきた理由をミライから聞いたのだろう。しかしゼフラは彼の態度など気にしていないように笑顔を浮かべた。

「それは父に聞いて。お酒の件は父に話すし、親戚なのだから一度くらい夕食を一緒にしてもいいでしょう?」

「一度だけという事なら構わないが」

「そう。では早速明日でもいいかしら」

「明日? 急すぎないか?」

「気が変わってやめたと言われたら困るから。いいでしょう?」

 ゼフラは全く悪いとは思っていない様子だ。セリムは呆れた様子でサマンサに視線を送る。サマンサは微笑みながら小さく頷いた。

「わかった。明日二人で行く」

「ありがとう」

 ゼフラが立ってセリムに抱きつこうとしたのを、彼は身をかわして避けた。

「何よ。いいでしょう?」

「良くない。用が済んだなら帰れ」

「相変わらず照れ屋ね。いいわ。では明日ね」

 ゼフラは笑うと客間を出て行った。セリムはため息を吐くと、サマンサに申し訳なさそうな表情を向けた。

「次から次へと、悪い」

「いえ。タラール大臣の所へ夕食はよく行かれるの?」

「いや、初めてだ。何を考えての事か全くわからない」

 ミライはゼフラについていかず客間にいるので、セリムはわからないとしか言えないのだろうとサマンサは思った。だがエイメンと繋がっているからの行動なのか、タラール独自の行動なのか、彼女も判断しかねた。

「ゼフラ様に伝言をお願いするくらいだから私的な事なのでしょう。ところで部屋へ戻ってもいいかしら。私はポーラと話している最中だったの」

「あぁ。俺も戻る」

 サマンサは椅子から立ち上がった。ミライが扉を開けセリムは出て行く。慣れてはきたが、彼女は彼の背を見ながら歩く時に少し寂しさを感じるようになっていた。彼女はその寂しさを払うように頭を小さく数回振ると両手を握りしめた。

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