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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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39/58

禁酒の決意

「サマンサ様、今までお酒は飲まれていなかったのですか?」

 夕食時、いつものように四人で食卓を囲んでいた。今夜のサマンサのグラスには水が注がれている。

「過去に数回だけよ。一回目は成人して兄と共に。その時に兄に絶対に人前で飲むなと言われたの。だから侍女に部屋に用意して貰ったのだけど、用意した次の日に二度と用意しないと言われるの。誰に頼んでも同じ。だから酒癖が悪いのよね」

「ある意味そう言えますね」

 そう言いながらハサンはセリムを見る。

「どうしても飲みたいのなら俺が部屋で付き合うから、外では飲まないで欲しい」

「もう飲まないわ。迷惑をかけられないから」

「他の人はわからないけれど、俺は迷惑ではなかったから遠慮しなくていいよ」

 サマンサはセリムの言いたい事がわからず問うような視線を送る。だが彼は微笑んだだけだった。

「それなら気が向いたらお願いするわ。それより昨夜は大丈夫だったの? 私が席を外してセリムさんが責められるような事になっていたらと思うと申し訳なくて」

「それは大丈夫。ただエイメンは明らかにつまらなさそうだったけれど」

「そう言えば私、本の感想を聞いていたのよね。何だったかしら」

 サマンサは必死に思い出そうとしたが、何を話したのか全く思い出せなかった。本の題名はかろうじて思い出せるが、エイメンが何を語ったかは一切記憶にない。酒を飲んでいなくても話がつまらないと覚えていなかったかもしれないが、それでも何も思い出せない事はないはずだ。

「本の感想の時は問題ありませんでした。その後、酔ったサマンサ様に声を掛けたエイメン殿下に対しての言葉に、不満を持った様子ではありましたけれど」

 ハサンからの指摘にサマンサは困った表情を浮かべた。実際は困っていないのでただの演技である。勿論、自分の顔がミライに見えるようにわざとそうしただけだ。

「何かよくない事を口走ったのかしら。私、記憶がなくて」

「何を仰せになられたかをお伝えした方が宜しいですか?」

 ハサンの問いにサマンサは頷いた。名前を間違えたとはセリムに聞いたが、それ以外に何か余計な事を言っていないかは気になっていたのである。

「カイルは黙っていて。私に命令しないで、です。一体どなたと間違われたのですか?」

 サマンサはゼフラに勧められてもお酒を断るべきだったと後悔をしたがもう遅い。名前を間違えるだけではなく、命令するなとまで言っていたとは思っていなかったのだ。完全にエイメンの事をカイルと思いこんでの発言である。

「カイルは兄の側近なの。顔が似ているから酔ってわからなくなってしまったのね」

「そんなに似ているのですか?」

「えぇ。肌と瞳の色は違うけれど顔のつくりはとても似ているわ。ポーラも会ったら驚くと思う。それより命令するなと言われて、エイメン殿下が不満そうだったという事よね。どうしましょう」

「別にどうもしなくてもいい。無理に酒を飲ませたのはゼフラであり、サマンサが謝る事でもない」

「そうかしら?」

「あぁ。別にエイメンとは顔を合わせず暮らせる。気にしなくていい」

 セリムの声は冷めていた。演技ではなく本気でそう思っているのだろう。

「セリムさんがそう言うなら気にしない事にするわ」

 サマンサは困ったように微笑んだ。本当は謝りたいけれどセリムがそういうのなら諦める、そういう演技である。ミライは無表情のまま給仕の仕事をしていた。



「本当に謝らなくていいのかしら」

 夜、セリムから会議の話を一通り聞いた後でサマンサは問いかけた。彼女は昨夜の言動が義弟に対しての態度として相応しくないと思えたのだ。

「いいよ。昨夜のサマンサは誰が見ても酔っていたから、それに文句を言う方がおかしい。それにサマンサは一旦飲酒を断っている。無理に飲ませたのはゼフラだ」

「そうかもしれないけれど、飲むと決めたのは私だから」

「サマンサが不安そうにしているのはわかったから様子は窺っていたのだけれど、あれ程早く酔うとは思っていなかった俺にも責任がある」

「セリムさんは悪くないわ。私が酔うとどうなるかを説明していなかった。でも私もどうなるかは知らなかったの。ただ兄から人前で飲むなと釘を刺されていただけだから」

「説明し難かったのだと思う」

 セリムの言い方にサマンサは首を傾げた。

「説明し難いとはどういう事? 普段なら口にしない事を言うと言えばよかったのではないの?」

「いや、問題はそこではない。その後だと思う」

 サマンサはセリムの言いた事がわからなかった。ポーラから聞いたのはセリムに部屋まで運んでもらったという事だけだ。彼女は何故その状況になったかを考えた。

「もしかして寝てしまった?」

「いや、食堂では起きていたよ。ベッドに寝かせた後はすぐ眠りに落ちたみたいだったけれど」

「それなら何をしたの?」

 サマンサの中に不安が広がる。食堂からここまで運ばれベッドで寝るまでに一体何があったのか、彼女には全くわからなかった。

「不安になる事はないよ。俺は別段困らなかったから」

「それなら何をしたのか教えてくれてもいいと思うのだけれど」

「本当の事を言っても信じて貰える気がしない」

 何故そのような事を言われるのかサマンサにはわかりかねた。信じて貰えないと言うのだから普段の自分の態度とは違うものなのだろうが、果たしてそれがどういう行動なのか想像が出来ない。

「何をするかわからないと次に勧められた時、今回のように一杯だけなら大丈夫と思って飲んでしまうかもしれない。何をするかわかっていれば本気で断れると思う」

 サマンサの真剣な表情にセリムは頷くと口を開いた。

「甘えたような態度だった」

 セリムの言葉にサマンサは驚きの表情を浮かべる。甘えると言われても実際何をしたのか覚えていないのでわからない。

「具体的にはどういう感じなの?」

「一緒に寝ようと誘われた」

 サマンサは目を見開いた。彼女はそこまで想定していなかったのだ。絡む程度かと思えば誘うなど王女として相応しくない言動である。エドワードが人前で飲むなと言ったのも、その理由を言わなかったのも彼女は腑に落ちた。部屋に酒を運ばせた侍女達が二度と飲むなと言ったのも、一緒に寝ようと絡んだせいかと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。実際は一緒に寝ようと声を掛けたのはセリムだけで他の人達は抱きつかれる程度ではあったのだが、そのような事をこの二人は知る由もない。

「ごめんなさい。もう二度とお酒は飲まないわ」

「外ではそうしてくれると助かる。さっきも言ったけれど俺は別に困らないから、飲みたくなったらここで飲んで欲しい」

「ここでも飲まない。絶対に飲まない」

「だけど酒自体は好きそうに見えたけれど」

「昨日の果実酒は美味しかったわ。でも絶対に飲みたい物でもないから大丈夫」

 サマンサは微笑んだ。人に迷惑をかけてまで飲みたいほど好きな訳ではない。しかしセリムは少し残念そうな表情を浮かべた。

「そう。無理強いはしないけれど」

「何だか残念そうね」

「昨夜のサマンサは可愛かったから、また見たいと思う気持ちはある」

 サマンサは困惑の表情を浮かべた。セリムから可愛いと言葉で聞いたのは初めてで、どう受け止めていいのかわからなかったのだ。しかも記憶のない自分をまた見たいと言われたのが何だか面白くなかった。

「普段の私は可愛くないという事かしら」

「普段は綺麗で隙が少ない感じ。でも最近は可愛いと思う時がある。少し心を開いてくれたからだと勝手に思っているけど」

 セリムは微笑んだ。サマンサは反応に困った。確かに彼女は彼に対して心を開いているが、ただ政略結婚をして一生一緒に暮らす為に必要だからなのか、特別な感情があっての事なのかまでは、自分でもわかっていない。

「今は現状のままで十分だ。先に今抱えているごたごたを終わらせて、その後でゆっくり俺の事を考えてくれれば嬉しい」

「ごたごたとは、和睦とタラール内務大臣の事よね」

「あぁ」

 それとエイメンと続けようとしてセリムは言葉を飲み込んだ。サマンサが興味を持っていない事は彼も理解していた。もし興味を持っていたのなら、いくら顔が似ていようと名前を間違えるはずがない。むしろ気になるのはカイルの方である。だが多分一生会わないであろう男性を気にしても、どうしようもない事も彼はわかっていた。彼がすべき事はサマンサに男として意識してもらう事なのだ。

「そろそろ寝るよ」

 そう言ってセリムはサマンサを軽く抱擁すると頬に口付けをした。彼女は突然の行動に動きが止まる。

「サマンサに昨夜されたからお返し」

「なっ、こんな事はしてないでしょう?」

「ポーラに聞くといいよ。見ていたから」

 サマンサは驚いたようにセリムを見た。彼は嘘を吐くのが上手いとは思えない。ポーラの名前を出した以上、彼女は自分がしたのだろうとは思えたのだが、どうしても信じられなかった。そんな彼女に彼は微笑むとおやすみと言って自室へ向かった。彼女はもう二度とお酒は飲まないと強く心の中で誓った。

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