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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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37/58

四人での食事会

 別館の食堂にはセリム、サマンサ、エイメンとゼフラが正方形の食卓を囲んでいた。本来なら三人での夕食だったのだが、ゼフラが勝手に押しかけてきて強引に混ざったのである。

 給仕は三人のグラスに酒を注ぎ、サマンサのグラスにだけ水を注いだ。それをゼフラが咎める。

「招待する側ならお酒を一緒に飲むのは作法でしょう?」

 勝手に押しかけてきたのは誰だと思いながらも、サマンサは嫌な顔ひとつ出さずに対応する。

「申し訳ありません。お酒は苦手なのです」

「貴女の国はどうだか知らないけれど、アスランの常識に従うべきだと思うわ。ミライ、グラスを交換して」

 控えていたミライは一礼するとグラスを取りに一旦下がった。

「ゼフラ、勝手な事をするな」

「お酒一杯くらいで死んだりしないわよ。それとも私のお酒が飲めないの?」

 今夜振る舞われている酒はゼフラが手土産として持ってきた果実酒である。最初から夕食に混ざるつもりで酒を手土産に訪ねられ、今夜はエイメンが来るからとセリムは断ろうとしたのだが、揉めている途中でエイメンが訪ねて来て、別に四人でも構わないと言った為この状況である。

 サマンサは迷った。ここは飲んだ方が正しいと言うのはわかっている。しかし彼女は酒に弱く、飲むと記憶がなくなってしまう。一定量を飲むと寝てしまうのだが、その前に何を口走るのか記憶がないのでわからない。だから彼女は人前では極力飲まないで過ごしてきたのだ。

「それでは一杯だけ頂きます」

「サマンサ。無理はしなくていいよ」

「いえ、折角ですから」

 サマンサは心配そうな表情を浮かべているセリムに微笑んだ。その微笑みが彼にだけ不安を隠していると伝わればいいと思った。彼はそれを察知したのか小さく頷くとゼフラの方を見る。

「二杯目は勧めるなよ」

「この果実酒は口当たりがいいの。お酒が苦手でも飲めると思うわ」

 セリムの睨みなど解せずゼフラは笑顔だ。その間にミライが空のグラスを置き、水の入ったグラスを下げる。給仕が空のグラスに果実酒を注ぎ、サマンサはその香りに驚いた。

「苺のお酒なのですか?」

「えぇ。葡萄酒よりこちらの方が美味しいわよ」

 サマンサは好物である苺の酒に興味を持った。四人はグラスを持ち上げ乾杯をする。彼女は苺の香りを堪能してから一口飲む。甘酸っぱくてまるでジュースのようだった。

「美味しいですね」

「当たり前よ。自分も飲むのに不味い物を持ってくるはずがないわ」

 サマンサはゼフラがどういう意図で今日押しかけてきたのかはわかりかねたが、いい機会かもしれないと思った。先日疑問に思ってハサンに調べて貰った所、タラールはサムルクの役人と繋がっている可能性が浮上した。そしてタラールとエイメンも繋がっているかもしれないと調査中である。この二人から何か情報が得られたら調査が捗る。

「お二人が親しいとは知りませんでした」

 一体どこをどう見てそう思えたのか、それともわざとか、サマンサにはエイメンの言葉の真意がわかりかねた。そもそもエイメンとゼフラの関係も彼女にはわからない。

「エイメン殿下とゼフラ様は今まで交流がおありだったのでしょうか」

「このように一緒に食事をするのは初めてですね」

「私がここにいた時は一度も来なかったのに、いつの間にセリムと親しくなっていたのよ」

 ゼフラはセリムの従姉であり、サマンサの事をよく思っていないのでその態度なのだと思っていたのだが、まさか親戚ではない王族のエイメンに対してまでも同じ態度なのかと、彼女は内心驚いた。そしてその態度はエイメンも面白くなかったのか、彼の表情から笑顔が消えた。

「オルハン兄上は近付き難い雰囲気がありましたから」

「仕事中心だったから一緒に食事をと言っても食卓を囲まなかったかもしれないわね」

「一緒にお食事はされなかったのですか?」

「何故オルハンと一緒に食べなきゃいけないのよ」

 それは政略結婚とはいえ夫婦だからだとサマンサは思ったのだが、お互いが望んでいない結婚だったのならば自然と顔を合わせなくなるのかもしれない。相手の行動時間さえわかっていれば、顔は合わせずとも生活は出来る広さがこの別館にはある。

「それより一口で止めるつもり? 最低そのグラスは空けなさいよ」

 ゼフラに指摘されサマンサはグラスを口に運ぶ。あまり酒臭くもなく好みの味であるし、一杯くらいなら大丈夫だろうと、彼女は自分が酒に弱い事を棚に上げて飲む事にした。

 暫く他愛もないような会話をしている内にサマンサは酔いが回り始めた。その異変に気付いたセリムが彼女の様子を窺う。

「サマンサ、大丈夫?」

「大丈夫」

 サマンサは笑顔を浮かべた。しかし明らかに様子がおかしいのでセリムは不安になる。彼女の口調が崩れている事も気にかかった。

「いや、無理はよくない。席を外した方がいい」

「大丈夫、もう一杯飲めるわ」

「それならもう一杯飲めばいいわ」

「二杯目は勧めるなと言っただろう」

 セリムはゼフラを睨んだ。怒りを孕んだその声に驚いた給仕は、果実酒を注ごうと酒瓶を手にしたものの、そのまま静かに下ろした。

「サマンサ様は本当にお酒に弱いみたいですから二杯目はやめた方がいいでしょう」

 エイメンが冷めた声でそう言うとサマンサは彼を睨んだ。

「カイルは黙っていて。私に命令しないで」

 酔っているサマンサはエイメンとカイルを混同させていた。しかし他の三人はカイルが誰かを知るはずもない。そしてエイメンは誰かと間違われている事が面白くなかった。

「水をサマンサ様へ」

「水は要らないわよ」

 給仕は水を出すべきか迷ってセリムに目で訴えた。彼は頷き、給仕は水の入ったグラスを食卓に置く。

「サマンサ。水を飲んで落ち着こう」

「だから酔ってないわよ」

 サマンサはセリムの差し出したグラスを受け取らなかった。誰がどう見ても彼女はただの酔っ払い。セリムはエイメンとゼフラの方を見る。

「悪いが彼女を部屋で休ませてくる。食事はそのまま続けてくれていいから」

 セリムは席を立つとサマンサにも立つように促す。しかし彼女は酔っていないと駄々をこねた子供のように立たなかった。彼は強引に彼女の椅子を引くと脇と膝裏に腕を回して彼女を抱きかかえた。彼女は嬉しそうに微笑むと彼の首に腕を回した。

 食堂を後にして、セリムはそのままサマンサの部屋へと彼女を抱えて歩いた。彼女の部屋で待機をしていたポーラが驚く。

「いかがされたのですか?」

「酒に酔ったみたいだ。介抱をお願い出来るか」

 セリムの言葉にポーラは驚きの表情を浮かべ、サマンサの顔を覗く。

「サマンサ様、何故飲まれたのですか!」

「ふふ。苺のお酒、美味しかった。もう一杯持ってきて」

「持ってきません」

 上機嫌のサマンサにポーラは冷たく言い切った。セリムはポーラを見る。

「サマンサは酒を飲むといつもこうなのか」

「サマンサ様はお酒にとても弱いのです。そのうち寝てしまうと思うので、申し訳ありませんけれどもベッドへ寝かせて頂けますでしょうか」

 セリムは頷いてサマンサをベッドに下ろそうとした。しかし彼女は彼の首に回した腕に力を入れて離れようとしない。

「セリムさんも一緒に寝ましょうよ」

「いや、エイメンとゼフラを置いてきたから戻らないといけない」

「私よりその二人の方が大切なの?」

 瞳を潤ませながらサマンサはセリムの顔を覗きこむ。彼は必死に平常心を保とうとした。

「そうではないが、あの二人を放置は出来ない」

「カイルは無視でいいから行かないで」

「先程からカイルとは誰の事を言っているのかわからないのだけど」

 二人のやり取りに気付いたポーラが慌ててレヴィ語で会話に割り込む。

『サマンサ殿下! ここはアスランです。しっかりして下さい』

『んー? でもカイルがいたわ』

『いません。勘違いです』

 ポーラは失礼しますと言ってセリムの首に回っていたサマンサの腕を強引に離した。セリムはサマンサをベッドに横たえる。サマンサは不機嫌そうに顔を歪めながら眠そうに目をこすった。

「ありがとうございます。サマンサ様は私が責任を持って介抱致しますので、セリム殿下は戻って下さい」

「カイルとは誰なのか」

「カイル様はジョージ様の側近で、サマンサ様にとって血の繋がらない兄のような方です」

 ポーラは余計な事は言うなと以前サマンサに言われていたので、適当に誤魔化した。セリムは納得したように頷く。

「そうか、では頼む。サマンサ、おやすみ」

 サマンサは今にも瞼が落ちそうになりながら、セリムに手招きをした。彼は不審に思いながらも彼女に近付く。すると彼女は再び彼の首に腕を回すと彼の頬に口付けた。

「おやすみなさい」

 サマンサは笑顔でそう言いながら腕を離すとそのまま瞼を閉じた。セリムは一瞬何が起こったかわからず、ポーラの方を向く。ポーラは気まずそうな表情を浮かべた。

「サマンサ様は酔われると甘えるような態度になります。しかし記憶はありません。ですからお酒は飲まない方向で調整して頂けると助かります」

「わかった。対応しよう」

 セリムはそう言うと部屋を出ていった。幸せそうな微笑を浮かべながら眠っているサマンサを見て、ポーラはため息を吐いた。

『相手がセリム殿下だからよかったものの、エイメン殿下に同じ事をしていたら問題ですよ。何故カイル様と間違われたのですか』

 ポーラはレヴィ語で愚痴を零したものの、寝息を立てているサマンサが返事をするはずもない。彼女はもう一度ため息を吐くと、寝ている主の靴を脱がせた。

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