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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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36/58

和睦へ向けて

「セリム殿下。本当に我が国の事を考えていらっしゃるのですか?」

 王宮内の議場では軍議が開かれていた。カエド王国との戦争についての論争は、徐々に和睦に向けて傾き始めていたのだが、それに抗うように内務大臣であるタラールが声を上げた。

「当たり前だ。この戦争で得る物などない」

「しかし向こうから攻め込まれたのに、こちらから和睦を申し込むなど負けを認めたようなものではありませんか」

「負けてなどいない。仮にカエドへ攻め入ったとしても、物資の補給が難しく、我が国が勝利する確率は低い。故に和睦が一番なのだ」

 セリムの声には力があった。和睦派は彼に同調するような声を上げ、タラールを責める。タラールは険しい顔をした。

「和睦を進めている間に他大陸の国に乗っ取られるような事にはなりませんか?」

「レヴィ王国はそのような事はしない」

「ですが長らく港には軍艦が停泊中だと聞いております。その大砲は大きく、王都へも届くのではないかと」

 タラールの言葉で議場はにわかに騒がしくなった。カエドと戦争をしている横から大砲など飛ばされてはたまらない。セリムは机を叩いて周囲を黙らせた。

「馬鹿げたことを申すな。そのような長距離を飛ばせる大砲などない」

「それはセリム殿下が御存知ないだけなのではありませんか。戦争で落とされた橋の辺りまでレヴィの軍人が闊歩していたと聞いております」

「それは橋の修復の進捗状況を確認して貰ったのだ。レヴィ王国では軍人が建設に関わる事もあるらしく、専門家の意見を聞く為だ」

「いささかレヴィ王国を信じ過ぎではありませんか?」

 タラールの言葉に他の大臣も不安そうな顔をし始める。レヴィ王国との付き合いはまだ浅い。信用出来るかは慎重に見極めるべきだという意見を持っている者もいる。セリムは怒りを面に出さないように小さく深呼吸をした。

「レヴィ王国は信用に足る国だ。我が国が一番友好を深めるべき国だと思っている」

「その発言は同意致しかねます。サムルク王国こそ一番であるべきであり、遠い国に頼っていては何も出来ますまい」

 外務大臣が口を挟んだ。それに納得するような雰囲気が広がった所で財務大臣が声を上げる。

「我が国の国庫はレヴィから嫁いでこられたサマンサ様の持参金で持ち直した所なのです。レヴィを蔑ろにする事は出来ません」

「蔑ろにするとは言っていない。一番はあくまでもサムルクであるべきだと言っている。サムルクとの貿易が一番儲かるはずだ」

 サムルクとの貿易とケィティを介してのレヴィとの貿易は、利益だけを見ればサムルクとの方が儲かっている。しかしレヴィからはこの大陸にはない技術供与がされており、今後の発展を考えればレヴィとの関係こそが一番重要であるとセリムは思っていた。

「レヴィ人を自由に歩かせるのは如何かとは思います」

 風向きが変わったと思ったのか再びタラールがセリムに向けて言葉を発する。

「ジョージ閣下はレヴィ王家の血を引く者。妙な事はしない」

「それなら明日こちらに連れて来て頂けますか? 通訳の同行は認めます」

「それは難しい。今どこにいるのか私は聞いていない」

「王家の血を引く者が所在を明らかにしないのは、おかしいと思いませんか。軍艦があるのですから国に戻ってはいないはずです。国内のどこかに隠れ、何か企んでいると思われても致し方がないと思いますが」

 何故和睦の話からこのような流れになったのか、セリムはわからなかった。軍議の時は横にハサンを連れていないので、彼は誰にも助けを求める事が出来ない。

「皆の者、落ち着くがいい。カエドとの和睦、サムルクとの関係、レヴィとの関係、其々絡めて考える必要もないだろう」

 それまで黙って聞いていた国王が口を開いた。議場にいる全員が口を噤んで国王に視線を向ける。

「私はカエドとは和睦をするべきだと思う。これ以上国庫に負担をかけるのは得策ではない。違うか、財務大臣」

「はっ。セリム殿下が先程申し上げられたように仮にカエドへ攻め込んでも物資が持ちません。国の事を考えるのならば和睦が最善かと思います」

「だそうだが、反対意見のある者は発言を許すから述べよ」

 セリムとは比べ物にならない国王の威厳ある声に、誰も声を上げられない。

「陸軍大臣、和睦へ向けての最終案を練るように。本日は軍議であるからサムルク及びレヴィとの関係の話については後日とする。以上」

 国王が言い切った為誰も意見を発する事が出来ず、この日の会議はこれで終了となった。



 会議後、セリムは国王の私室へと呼ばれていた。

「悪かったな。口を挟んで」

「いえ。ありがとうございました」

 セリムは自分の不甲斐なさをひしひしと感じていた。サマンサに認められるような王太子になろうと思っているのに、まだまだである。

「セリムは軍人が向いているとはわかっていたが、オルハンの遺志もあり私もエイメンでは力不足と思えて他に選択肢がなかった。オルハンはもう少し長生きすると思っていた私の準備不足だ。気にするな」

 国王は優しく微笑んだ。それは国王というよりは息子を労う父の顔だった。

 国王は優秀である長男が自分の跡を継ぐべきであるとして、オルハンに健康面の不安がある事を知りながら、他の王子には帝王学を授けなかった。冷静に判断をしてオルハン以上に王に向いている息子がいなかったのだ。しかしオルハンはもうこの世にいない。

「オルハンが男児を遺してさえいればよかったのだが。側室を持つように勧めても頑なに拒否をされてしまった」

「そうなのですか?」

 セリムは父がオルハンに側室を進めていたとは知らず聞き返す。

「オルハンはセリムが王太子であるべきで、自分の子供は要らないと言っていた。付き合いのある女性がいないかも調べさせたのだが、王宮と別館しか往復しておらず完全な仕事人間だった。そのような仕事人間と比べられるのは流石に辛いだろう」

 セリムは視線を伏せた。父が兄の秘密に気付いていない事に安堵したのを隠したかったのだ。だがそのままでは不自然だと気付き、視線を上げる。

「私は私らしい王太子になればいいだけですから」

「ほぅ。最近変わったと思っておったが、そのように思うようになったか」

 国王は父親の顔で嬉しそうにセリムを見た。セリムも笑顔を浮かべる。

「妻のおかげです」

「そうか。それなら今後も自分の道を進むがよい」

「はい。ありがとうございます」



 その夜、セリムはサマンサに今日の軍議について話した。

「それでは和睦で決まったのね。よかった」

 サマンサは微笑んだ。セリムの希望通りになった事が嬉しかった。

「あぁ。でも俺はまだまだだ。父が声を上げてくれなければ纏められなかった。兄は父が会議に出られない間、議会を纏めていたのだから足元にも及ばない」

「オルハン殿下は幼い頃より王太子としての教育がされていたのだから、その差は仕方がないわ。セリムさんは病弱ではないのでしょう?」

「あぁ。健康には自信がある。この前珈琲を飲みに行っていた時に話していた伝染病でしか、俺は寝込んだ事がない」

「王太子になってから体調に変化はない? 生活が変わると頭痛や胃痛に苦しむ人もいると聞くけれど」

「精神的に辛い時はあったけれど、肉体的に問題はなかった。それに辛い時はサマンサの手紙を見て気合いを入れ直していた」

「気合いが入るような内容は書いてないと思うのだけど」

「サマンサが頑張っているのだから俺も頑張ろうと思えた。サマンサは今までの生活を全て置いて、アスランに来てくれる。そのサマンサを守れるようになりたい。二年では足りずまだまだだけど、いつかサマンサに結婚して良かったと思って貰えるように、これからも頑張るから側にいて欲しい」

 微笑みながらセリムに見つめられ、サマンサは頷いた。言葉にしようとしても適切なものが見つからず、彼女は頷く事しか出来なかったのだ。彼女が書いた手紙は表面上だけで、そこに感情を乗せていない。勿論文字だけでそのような事がわかるはずもないのだが、彼女は胸の奥が痛んだ。もう少し真摯に彼との手紙と向き合っていれば、このような痛みを感じなかったのにと思っても過ぎた事。あの頃の自分は彼の手紙を何通貰っても心が動かなかったのだから仕方がないと割り切るしかないのだが、彼女はどうにもすっきりしなかった。

「あの日サマンサと偶然出会って感じた運命、それは間違っていないと思う。最初の方はサマンサとどう接していいのかわからなくて迷惑をかけたけど、もう迷わない。サマンサが笑顔でいられるように、国民が平和に暮らせるように、俺らしくここで頑張ろうと思う。だからサマンサも俺に対しては無理をせず、サマンサらしくいてほしい」

「無理なんてしていないわ。レヴィ王宮にいた頃に比べるとかなり気楽だもの」

 サマンサは未だに運命がどのようなものなのかはわかっていない。それでもセリムの今の態度にも慣れてきて、彼女は楽しく暮らしていた。国に帰るかもしれないと喚いていた事が遠い過去のように思えるほど、彼女は別館での生活に馴染んでいたのである。

「レヴィで思い出した。ジョージ閣下がどこにいるか知っている?」

「ごめんなさい。サムルクへ向かうとは聞いているけれど詳細は知らないの。でも何故?」

「軍議の途中でレヴィの軍人がこそこそ行動しているのはおかしいという話になった。父が黙らせてくれたけれど、もし可能なら一緒に来てほしいと思って」

「兄は捕まらないわね。軍艦の待機組なら連れてこられるとは思うけれど」

「ジョージ閣下は一体何をしに行っているの?」

「義姉と一緒に観光よ。義姉の興味心を満たす為に兄は連れ回されているの」

 サマンサは二人が商人の真似事をするとしか知らない。ジョージが無駄な事をするとは思えないので、レヴィにとって必要な行動ではあるのだろうが、ライラは長らくこちらの大陸に憧れており、観光しないで帰るというのも考え難い。

「そうか。難しいなら仕方がない」

「だけど兄は軍服を着て橋の様子を見に行ったと言っていたわ。こそこそしていないと思うけれど」

「軍人一行からジョージ閣下夫婦が抜けた事を誰か調べたのかもしれない。レヴィ軍人達は国内の色々な建設現場を今も見回っている。あ、もしかして俺が口を滑らせてしまった?」

 セリムは焦ったような表情でサマンサを見た。彼女は微笑む。

「そうかもしれないわね」

「どうしよう。誤魔化せばよかったのか。そのような事は考えもしなかった」

「帰国前にここへ寄るようにお願いしているから、その時に弁明してもらう事は出来ると思う。それに兄は口が上手いから、事情を話せば適当に嘘を吐いて何とかしてくれるわ」

 セリムは不安そうな眼差しをサマンサに向ける。彼女はその頼りない表情がおかしくて笑った。

「大丈夫よ。それよりもセリムさんの口を滑らせようと話しかけたのは誰?」

「タラールだけど」

「確かゼフラ様のお父様よね。戦争続行派だからレヴィへ視線を向けさせて、その裏で何かをしたいのかもしれないわ」

「何か?」

「私に聞かれてもわからないわ。情報を持っていないもの。ハサンは調べてくれないの?」

「調べてくれると思うから聞いてみる」

 セリムは軽く返事をした。サマンサも軽く言ってみただけだったのだが、実は核心をついているかもしれないと思えた。彼女は戦争続行する事による利点を考え始めた。

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