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嫁ぐ日

「どうしたの? サマンサらしくないわ」

 サマンサは義姉の部屋でお茶会に参加していたのだが、いつもより笑顔が少ない事を気にした彼女の兄嫁ライラが心配そうに尋ねた。彼女は慌てて笑顔を作る。

「そう?」

「無理をしなくていいわよ。他国に嫁ぐのは不安よね」

 ライラは微笑んだ。彼女は隣国ガレス王国より嫁いできたのである。ただしガレス王国とレヴィ王国は以前同じ国であり、言葉も同じで境遇としては近くない。

「だけどセリム王太子殿下はサマンサの事を大切にしてくれそうなのでしょう?」

 もう一人の兄嫁ナタリーも微笑む。彼女も隣国シェッド帝国より嫁いできた。二年前レヴィ王国がシェッド帝国との戦争に勝ち、政略結婚の意味がなくなった後も夫に望まれレヴィ王国に留まっている。彼女は母国に未練がなく、皇女という肩書を感じさせないレヴィ王太子妃として振る舞っていた。

 サマンサは困ったように笑った。この二人の義姉は彼女にとって心許せる人達であるが、不安を口にするのはどうしても抵抗があった。

「思うより思われる方が幸せらしいわよ。勿論、相思相愛が一番だけれど無理して好きにならなくてもいいわ。今は離れているからわからないだけで、会えばお互いの距離の詰め方もわかるから、今から悩む必要はないわよ」

 ライラが微笑みかけたのでサマンサも微笑んだ。この義姉は口にしていない彼女の不安を見抜いて助言してくれた。ずっと側にいて欲しいけれど、そういうわけにいかない所が辛いと彼女は思った。

「ありがとう、お姉様。このお茶会が出来なくなる事が本当に寂しいわ」

「そうね。だけどアスラン王国へ行ける手筈は整えたから大丈夫よ」

 ライラの夫でありサマンサの兄であるジョージが、サマンサをアスラン王国まで護衛する事になっている。ジョージはレヴィ王国総司令官なのである。本来なら妻を帯同する事は許されないが、ライラは一緒に行く為にアスラン語を覚え通訳の座を確保していた。

「私も途中までは一緒に行きたかったけれど、ごめんなさい」

「ナタリーお姉様は自分の身体を大切にして。本当は甥が生まれるのを見たかったけれど、日程的に難しいから生まれたら手紙を頂戴ね」

「性別はまだわからないから。勝手に男の子にしないで」

「エドお兄様は二十九歳よ。男児を産まなければ貴族達から側室を娶れと言われるわ」

 ナタリーは困ったような表情をした。彼女の夫でありサマンサの異母兄でもあるエドワードは王太子である。レヴィ王室では王位継承者と総司令官の為に男児を二人産む事が必須であるが、彼女が結婚七年の間に産んだのは男女一人ずつだった。

「私は側室がいてもいいのだけれど」

「まだそれを言うの? エドお兄様に言うわよ」

「やめて。殿下がとても不機嫌になるから」

 ナタリーは慌てた。エドワードのナタリーに対する執着は年々酷くなっており、それをからかうのがサマンサの楽しみでもあった。しかし最近ではそのエドワードの態度が、もしセリムも同じだとしたらという不安に駆られていた。傍から見ている分には楽しくても当事者になりたいとは思えなかった。

「ライラはとても仲が良さそうなのに、その。何故?」

 ナタリーは言い難そうに尋ねた。ライラは嫁いで二年半経っているが妊娠してはいない。ライラは微笑んだ。

「妊娠したらずっと行きたかったアスラン王国に行けないもの。ジョージにお願いして、サマンサを護衛した後は向こうの大陸を色々と観光をする事になっているの」

 ライラは楽しそうだ。義妹の結婚を理由に自分のやりたい事をやる、この自由さがライラのいい所なので、サマンサは呆れながらも注意する気にはならなかった。

「お姉様を見ていると悩んでいる事が馬鹿馬鹿しくなってきたわ」

「今から悩んでも仕方がないわ。結婚をしてみないとわからないし。私も最初は不安だったけれど今は幸せだから、なるようになるわよ」

 ライラが明るく笑うのでサマンサもつられて笑った。この三人でのお茶会がもうすぐ出来なくなると思うと寂しく思ったが、それは顔には出さなかった。



 とうとうサマンサが嫁ぐ日が来た。馬車と船での移動の為、彼女は動きやすいワンピースを着て父の私室へ挨拶に向かう。何度となく通ったこの部屋を訪ねるのも最後かと思うと彼女は寂しく思ったが、それを顔には出さないようにして部屋の中に入った。

「お父様、十八年間ありがとうございました」

「あぁ。サマンサの幸せを心から願っている」

 ウィリアムは光るものを瞳の奥に隠し、懸命に笑顔を作った。サマンサもそれに気付かないふりをして微笑んだ。

「はい。二国間の友好の為、精一杯努めます」

「無理はしなくていい。もし何かあれば帰ってきてもいい。後の事は何とでもする」

「それは国王陛下が発言していい言葉ではありません」

 サマンサが笑うとウィリアムは彼女を抱きしめた。彼女も抱きしめ返す。暫く二人は無言で別れを惜しんだ。余程の事がない限り、もう二度と会えない事は二人とも承知である。

「そろそろ出立の時間ですから行きます。お父様、どうぞお元気で」

「あぁ。サマンサも気を付けて」

 ウィリアムの言葉に頷くとサマンサは部屋を出た。泣きそうになるのを必死に堪えていると、部屋の外で待機していたポーラがそっとハンカチを差し出した。彼女はそれを受け取ると流れないように涙を拭った。

「もうここに戻ってこられないと思うと寂しいですよね」

「そうね。だけど王女として生まれた以上、義務は果たさないと」

 サマンサの瞳にもう涙はなかった。彼女の瞳には強い意志が感じられる。ポーラはそんな主を一生支えていこうと心の中で誓った。

 別大陸に嫁ぐのでサマンサは静かに出立する事を望み、それを叶えてもらっていた。父の部屋を出た後はナタリーの部屋を訪れ、ナタリーとエドワードと姪と甥に別れを告げ、更に異母弟の部屋へ向かって別れを告げると、静かに正門へと向かう。そこには王女専用の馬車が待機していた。

 サマンサは振り返り王宮を見つめた。十八年間過ごしたこの王宮から、いつか旅立なくてはと思っていたけれど、実際その瞬間を迎えると胸に迫るものがあった。彼女は再び涙が込み上げてきそうになるのを何とか耐え、静かに馬車へと乗り込んだ。



 レヴィ国内を馬車で移動して三日目、ケィティ自治区に到着した。ここは国内一の貿易港がある都市であり、サマンサの祖父母が暮らす場所でもある。また母が眠る地でもあるので、彼女は母の墓前で嫁ぐ報告をした。そして祖父母宅で一泊した後、レヴィ海軍の軍艦でアスラン王国へ向かう事になっていた。レヴィ海軍は本来港町コッカーに拠点を置いているが、ケィティ港より出航した方がアスラン王国へ向かいやすい為、先に軍艦を移動させていたのだ。


 ケィティから船旅で十二日、天気にも恵まれ、サマンサ一行を乗せた軍艦は予定通りにアスラン王国へと着いた。

 アスラン王国の港にサマンサが降り立つと、待機していたハサンが頭を下げた。

「お久しぶりです。船旅でお疲れの所申し訳ありませんが、ここから馬車で約二時間の移動となります」

「久しぶりね。言葉はアスラン語で大丈夫よ」

 サマンサはケィティ語で話しかけてきたハサンにアスラン語で微笑みながら答えた。しかし彼女はヴェールを被っているのでその笑顔が彼に見えたかはわからない。移動しやすいように軽装のワンピースではあるが、嫁ぐ為の旅なので彼女は自国から持参したヴェールを下船前から被っていたのである。

「外交官から話を伺っておりましたが、流暢にアスラン語を話されるのですね」

「言葉が伝わらない事で要らぬ疑いの目を向けられるのは望んでいないから」

 現レヴィ王妃は他国からレヴィ語を覚えぬまま嫁ぎ苦労をし、また覚えた後も訛りを貴族達に笑われ、話す事を極端に嫌うようになった経緯をサマンサは知っている。だからこそ彼女は発音を含め必死に習得していた。大国の王女が侮られるなどあってはならない。

「ところで、馬車には侍女と義姉の同乗を認めて貰えるかしら?」

「侍女は問題ございませんが、義姉とはどなたでございましょうか?」

「以前ケィティで貴方に声を掛けた兄嫁で、今回は兄の通訳として同行をしているの」

 ハサンは二年前にケィティで顔合わせをした時を思い出した。そして綺麗な女性と長身の男性の記憶に辿り着き頷く。

「かしこまりました。従者にはその旨を伝えましょう。馬車は四人乗りですからどうぞ」

 サマンサは礼を言うと後ろを振り返った。二人のやり取りを聞いていたポーラとライラが頷いて応えると三人は馬車に乗り、アスラン王国王都ラービタタルへと移動した。好奇心旺盛なライラは馬車の窓から目を輝かせながら外を眺めては、あれは何かしら、あの動物はどう鳴くのかしらと騒がしい。サマンサは無邪気にはしゃぐ義姉に呆れながらも、今まで足を踏み入れた事のない土地に嫁ぐという緊張感が少し和らいでいた。

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