義弟との夕食会
サマンサは鏡台の引き出しから箱を二つ取り出した。
「サマンサ様、婚約指輪をされるのですか?」
「宝飾品が髪飾りだけなんて少し寂しいでしょう?」
サマンサは嫁ぐ時、持っていた宝飾品のほとんどを義姉ナタリーに譲った。ナタリーは遠慮をしたのだが、将来姪に譲ればいいからと半ば強引に押し付けたのだ。近い将来王妃になるナタリーは宝飾品をあまり身に着けない。今後自分の役割を担って欲しいとの想いを込めての事だったが、ナタリーには重荷過ぎたかもしれないと彼女は少し後悔をしていた。
サマンサがアスラン王国まで持ち込んだ宝飾品は、贈り物として貰った物だけだった。今身に着けている髪飾りは以前ライラに貰ったもの。指輪はセリムに貰った婚約指輪しかないので、彼女は婚約中と同じように二つの指輪を左手薬指に重ね着けした。
「もう少し持ってきたらよかったかしら」
「ですがエイメン殿下と会う為に過度に着飾ると誤解を招きませんか?」
「そうね。セリム殿下に貰った指輪だけというのが正解かもしれないわ」
サマンサはセリムがエイメンとどのように接するのかわからなかった。図書館への往復の時にも話題にならず、自分から話しかける事は遠慮してしまった。彼はエイメンに対して引け目を感じている雰囲気がしたので、彼女もどこまで踏み込んでいいのか測りかねていたのだ。
夕方、エイメンが別館を訪れた。セリムとサマンサは食堂にて出迎えた。
「改めまして、エイメンです」
「サマンサです」
サマンサは会釈をした。改めてエイメンを見て、カイルと顔のつくりは似ているけれど別人だと思った。表情の作り方も話し方も違う。初めて会った時は衝撃を受けたものの、二度目となると彼女はとても冷静でいられた。
「先日お会いした時も思いましたが、素敵なお召し物ですね」
「ありがとうございます。先日も本日もセリム殿下が用意して下さった物なのですよ」
サマンサは微笑んだ。彼女が母国から持ち込んだ物はわずかで、嫁いでからはこの別館の衣裳部屋に用意されていた物を着ていた。
「そうなのですか、それは意外です」
含みのある表情をエイメンはセリムに向けたが、セリムはそれを受け流す。サマンサはやはりこの兄弟の関係がわかりかねた。
「冷めないうちに食べよう」
セリムの声は淡々としていて、早く食べて帰れと言っているようにサマンサは感じた。三人は着席すると夕食を取り始めた。
「アスラン語はいつから覚えられたのですか?」
「婚約が決まってからです」
「二年でそれほど流暢に話されるとは、とても努力をされたのですね」
「それほどでもありません」
サマンサは微笑んだ。彼女はライラとポーラと共にアスラン語を覚えたのだが、一生彼女に仕える契約で侍女にしたポーラはまだしも、今回の旅以外では使用しないであろうライラでさえ彼女と同じように流暢に話せる。一人で覚えたら大変だったかもしれないが、一緒に学ぶ人がいた為か苦労をしたとは感じていなかった。
『ですがレヴィ語を覚えようとしたら、なかなか難しかったのですよ』
エイメンはレヴィ語でサマンサに話しかけた。セリムは何を言っているのかわからず眉を顰めたが、サマンサも戸惑った。顔が似ていると骨格も近いせいか、声もカイルと似ている。他人とわかっていても複雑な心境だった。
「この国でレヴィ語は役に立たないのではありませんか」
「そのような事はありません。技術供与として職人がレヴィから派遣されています。その職人達と通訳抜きで話せるのは、とても有意義です」
「レヴィの技術に興味がおありなのですか」
「えぇ。特に橋架技術に興味があります」
サマンサはジョージが橋の修復現場を見てきたと言っていたのを思い出した。そこから先に進めなかったという事は、まだ修復されていない余程大きな橋なのだろうが、流石の彼女も橋架技術についての知識は持ち合わせていない。
「そうなのですね。私はそういった技術には疎いのです」
「橋架技術に詳しい王族というのも珍しいでしょう。私は興味心が旺盛なので色々な知識を知りたくて仕方がないのです」
サマンサはエイメンの狙いはやはり自分なのだろうと思っていた。自分の気を引こうとしている感じはするが、彼女としては一向に心を揺さぶられない。セリムとの知識の差を暗に語って優秀だと言いたいのかもしれないが、彼女にとって優秀の基準はジョージにあるので、エイメンの事を優秀とも思えなかった。
「色々な知識があれば生きていくのに役に立ちますからね」
サマンサは無難な言葉を選んで微笑んだ。相手の狙いが自分なのだとしたら、適当に上辺だけの言葉を並べ、気があるかもしれない程度に接しようと思った。
「セリム殿下。今夜はレヴィ料理もあるのですね」
サマンサは会話の主導権を奪おうとセリムに微笑みかけた。普段の夕食はアスラン料理だけであるのに、今夜は珍しくレヴィ料理が置いてあった。そもそもレヴィ料理と言わなければ、エイメンは何を出されているのかもわからないだろうとも思っての発言である。
「あぁ、市場にあるレヴィ料理店から運ばせたものだ」
「市場から持ち込んだものを私に食べさせたのですか?」
エイメンが不機嫌そうな顔でセリムを睨んだ。セリムもそれに対抗するかのように、冷たい眼差しを返す。
「気に入らないなら食べなくてもいい」
サマンサは一気に張りつめた空気にどう対応すべきか迷った。本来ならこの別館で調理した料理を出すのが筋だろう。しかし市場の料理店から運ばせたレヴィ料理は彼女も満足出来る味であり、問題視する事でもない気がした。
「レヴィ料理はお口に合いませんか?」
「いえ、そういう訳ではありません」
不安そうな表情を作って尋ねたサマンサにエイメンは表情を取り繕った。
「レヴィ王宮では王都にある店から取り寄せる事もありました。こちらにはそのような事は馴染みがないのでしょうか」
実際サマンサはレヴィ王都にある店から茶菓子を取り寄せていた。正しくは彼女に好意を抱いている貴族達に貢がせていたのだが。
「私にはありません。兄は存じ上げませんが」
エイメンはばつが悪そうに答えた。セリムは市場の人達と仲良く挨拶をしていたのだから、取り寄せる事に抵抗はないだろう。エイメンは階級意識を強く持っているのかもしれないとサマンサは思った。
「誰が作った物でも美味しく頂くのが一番だと思います」
サマンサは微笑みながらセリムを見た。彼も柔らかい表情で頷く。エイメンはつまらなさそうな表情のまま、市場から取り寄せたというレヴィ料理を口に運んだ。
庶民派のセリムの事がエイメンは気に入らないのかもしれないと、サマンサは感じていた。彼女は平民と関わるような生活は今までしていないが、母は貴族の出身ではないし、兄は身分関係なく誰とでも接するので、失礼さえなければ誰と接する事にも抵抗はない。エイメンとは会話が合わないかもしれないと感じたが、セリムと元々仲良くないのだから今後接する事もないだろうし、自分の事を諦めてくれればセリムと穏やかに暮らせるだろうと、彼女は当たり障りのない会話だけで残りの夕食の時間を過ごした。




