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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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22/58

刺繍

 ジョージとライラを見送った午後、サマンサはセリムと王都ラービタタルにある図書館へと足を運んだ。アスラン王国に伝わる神話が気になった彼女が本を借りる為だった。彼女は司書に勧められるがまま二冊の本を借りる事にした。

 本を借りて図書館を出た時、突然メルトが現れて本を持とうと手を差し出したが、セリムは自分が持つから大丈夫と断ると、メルトはまた瞬時に姿を消した。サマンサは未だにメルトの神出鬼没に慣れておらず驚いていた。

「メルトは基本上にいる。だからさっと降りてきて、さっと消える」

 上と聞いてサマンサは見上げようとした。その様子を察してセリムは慌てて彼女の頭を押さえた。

「ごめん。でも探さないで。護衛の仕事が出来なくなるから」

 セリムは気まずそうにした。メルトの仕事を守る為とはいえ急にサマンサの頭を押さえた事を申し訳なく思ったのだろう。彼女はそんな彼に微笑んだ。

「わかりました。それと本は私が自分で持ちます」

「いや、気にしなくていい。私がサマンサに出来る事は少ないのだから、出来る事はやらせてほしい」

 夫に本を持たせる妻が対外的にどう思われるのかは気にしないのだろうかとサマンサは思ったものの、メルトもあっさり引いたので多分大丈夫なのだろうと思う事にした。本を借りたのがどちらかなのかはわかるはずもない。勿論、身体を動かす事は好きだが机の前でじっとしているのが苦手なセリムを知る者は、彼が本を借りる事はないとわかるのだが。

「ありがとうございます」

 感謝を伝えたサマンサにセリムは嬉しそうに頷くと、二人は他に寄り道をせずに別館へと戻った。今夜は夕食にエイメンを招待する事になっていた。ハサンが早々に兄嫁に挨拶をしたいと言うエイメンの申し出を受け入れる事にしたのだ。その為今日は早く戻ってくるようにとハサンに念を押されていた。

 セリムはサマンサの部屋のテーブルの上に本を置くとそのまま廊下へ戻っていった。彼女は扉が閉まるのを確認するとポーラに目で合図をした。ポーラは頷くと鏡台の前に置いてあった布と刺繍道具をサマンサに手渡す。ライラに言われたようにサマンサは枕カバーに刺繍をする事にした。急に何かをと言われても思い浮かばないので、よく刺繍をしていた百合にした。百合はレヴィ王国では王女にしか許されていない模様なのだ。

「ポーラ、情報は集まったかしら?」

「はい、現時点での報告をさせて頂きます」

 ポーラはそう言うとポケットから手帳を取り出し、サマンサに言われて集めた情報の報告を始めた。まずオルハンとゼフラの間に夫婦生活を感じていた人は皆無だった事。オルハンは仕事人間で基本的に王宮と自室の往復のみだった事。ゼフラの趣味は買い物で商人を呼んでは色々と購入していた事。ゼフラが湯水のように金を使うので、その件に関してハサンとゼフラはよく揉めていた事。

「湯水のようにとは、どれくらいなのかしら」

「それはハサン様に直接聞いてきました。貨幣価値を換算すると、レヴィ王国でのサマンサ様の出費額とほぼ同じでした」

 サマンサは刺繍をしながら考えた。彼女はジョージにお金を使えと言われて色々と購入していたのだ。彼女が気に入ったと言えば貴族令嬢がこぞって買い求める為、商人達も次々に売りたい物を彼女の所に持ち込んでいた。しかし彼女は何でもかんでも買うわけではなく、本当にいいと思う物だけを厳選していたのだ。それ故に商人や職人も腕を磨かなければならず、ジョージの狙いがそこにある事を知っていた彼女は、役割を十分に果たしていた。

「私と同じ役割をしていたとは思えないけれど」

「そうですね。ゼフラ様は買ったら満足して終わりのようで、またすぐに新しい物を買ったようです」

 サマンサは刺繍をしながら呆れた。レヴィ王家は国庫も潤沢だったし、彼女も与えられた予算内でしか買い物はしていない。しかも欲しいと思ったものしか買わなかった。買って満足とは商人におだてられて要らない物も多数買ったという事だろう。大臣の娘なのにアスラン王国の国庫も知らないからこそ、あのように自由に振る舞えるのかもしれないと彼女は思った。

「それならそろそろ私の所にも商人が現れてもよさそうなのに」

「それが、ゼフラ様と揉めた結果、ハサン様が商人を出入り禁止にしてしまったので、今では誰も近寄らないそうです」

「そう。暫くは構わないけれど、一生買物をしないというのもどうなのかしら」

「ハサン様曰く、必要なら呼びますとの事でした」

「わかったわ。商人の件は欲しい物が出来た時に考える。他には?」

「以上です」

 ポーラは持っていた手帳を閉じた。刺繍をしながらその音を聞いたサマンサは小さくため息を吐いた。

「エイメン殿下についてはないの?」

 サマンサの指摘にポーラははっとした。

「エイメン殿下がこの別館を訪れるのは今夜が初めてとの事です」

 兄弟仲は良くないとセリムから聞いていたが、本当に仲が良くないのだろうとサマンサは思った。それなのにわざわざ挨拶に来るという事は、エイメンの狙いは自分としか思えなかった。

「それだけなの?」

「あとセリム殿下はどこへでも自分で出かけるのに対し、エイメン殿下は自ら足を運ぶのは図書館だけのようです」

 サマンサは手を止めて訝しげな表情をポーラに向けた。今の報告が何故必要だったのかわからなかったのだ。

「それは誰に尋ねたの?」

「いえ、ハサン様が一方的に教えてくれました。セリム殿下の良さはすぐにはわからないかもしれないけれど、悪い事を出来る人ではないから長い目で見て欲しいとも仰っていました」

 サマンサはハサンの意図を理解し、再び刺繍をし始めた。煮え切らない態度のセリムに見切りをつけて離縁をし、エイメンと再婚されては困るといった所だろう。しかし彼女はセリムと一緒に歩む為に刺繍をしているのであり、エイメンに興味はない。むしろカイルに似ている顔が憎たらしいとさえ思う。

「セリム殿下がいい人そうなのはわかるわよ。人を見る目がないように思われるのは心外ね」

「ですが、エイメン殿下はカイル様に似ているのですよね?」

 ポーラが不安そうな声でサマンサに尋ねる。

「顔のつくりだけね。ちなみに言っておくけど、私がカイルを好きだったのは外見ではないから」

「そうなのですか?」

 ポーラは驚きの表情をサマンサに向けたが、サマンサは刺繍をする手を休めなかった。カイルは誰が見ても端正な顔立ちで、ポーラはてっきりその顔と優しそうな雰囲気に好意を抱いているのだろうと思っていた。

「違うわ。私の事を女性として見ようともしない、それが悔しくて色々考えているうちに、こちらが囚われてしまったのよ」

「それですとセリム殿下には興味も持てないという事でしょうか?」

「興味を持てない相手の為に、私がわざわざ刺繍をすると思っているの?」

 サマンサの声色は淡々としていて、ポーラには主の心がわからなかった。

「この話はもういいわ。趣味の件はどうなの?」

「趣味といいますか、空いた時間に機織りをするのがアスランでは日常らしいのです。ですからサマンサ様は今後も機織りをされるのが宜しいのではないのでしょうか」

「そう、それなら読書と機織りで暫くは時間を潰すわ」

 サマンサはそう言うと会話をやめて刺繍に集中した。今夜どのような夕食会になるかはわからないが、寝る前にセリムに枕カバーを渡したかったのだ。本当なら夕食会の前に渡した方がいいのかもしれないが、わざわざ持っていく程の出来でもないのでそれは躊躇われた。初めて織った布はそれなりではあるが、職人が織ったものと比べれば拙い。刺繍の腕には自信があるが、今回は慣れた模様を小さく入れるだけである。喜んでくれるといいなと思いながら彼女は刺繍を続けた。

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