それぞれの部屋にて
「メルト、サマンサの様子はどうだった?」
サマンサとセリムは館に戻ってくると、お互い自室へと向かった。セリムは部屋に入るなり椅子に腰掛け、後ろをついてくるメルトに問いかけた。
「どうと申されましても、私は近くで見ていたわけではありませんのでわかりかねます」
メルトはセリムの側で護衛しているわけではない。セリムは軍人だったので襲われて簡単に命を奪われる可能性は低い。だからメルトは少し離れた俯瞰出来る場所から護衛をしている。当然、上から見ているのでサマンサの表情など確認出来ない。
「エイメンの顔を見て暫く硬直していなかったか? あれはどういう意味だと思う?」
「どういう意味かは御本人にしかわからないと思います」
「エイメンの方がいいと言われたらどうしたらいい?」
「私は護衛が仕事なので相談はハサンにお願いします」
セリムはメルトを睨んだものの、メルトは無表情である。メルトは十年前からセリムの護衛役として仕えているが仕事以外の話はほぼ付き合わない。周囲に異変がないか常に意識をしているので、無駄話はしないのである。
「冷たいな。俺が振られても慰めてもくれない気か」
「それもハサンにお願いします」
セリムはメルトのこの対応に慣れてはいるのだが、少し寂しく思っていた。この別館には兄オルハンの頃より仕えていた者ばかりで、自分の事を認めてくれているのかセリムにはどうにもわからない。その点メルトは同じ軍隊に所属し、その当時は仲間として一緒に国の為に戦っていた気が置けない友人のような存在である。だがメルトはそう思ってはおらず、セリムが王太子になってからは一線を引いて護衛に徹していた。ハサンの方が一緒に過ごした時間は短いはずなのに、今ではハサンの方がセリムに近い。
「メルトは俺が王太子でなくなったら、エイメンの護衛になるのか?」
「私はセリム殿下が生きている間は護衛を続けます。それ以外は考えられません」
「俺が王太子をやめて軍人に戻ったら、一緒にまた軍人として戦う?」
「戦いますけれど、その場合サマンサ様はどうされるのですか?」
「その場合サマンサはエイメンと一緒になって……あー、嫌だ。想像したくない。俺がエイメンに勝てる所はどこだろう。剣の腕と素早さには自信があるけど、それがどうしたという話だろうし」
悩んでいるセリムをメルトは無言のまま見つめていた。その視線に気付いてセリムは嫌そうな顔をする。
「そうだ、メルトだろう? ハサンに余計な事を言ったのは」
「私はハサンの質問に答えただけです」
「俺がどこで寝ているか気にしなくていいから」
「どこにいるかわからなければ護衛が出来ません」
セリムは顔を歪めてメルトを見る。
「もしかして俺とサマンサの会話を聞いている? もし一緒に寝るとなった時は覗く気か?」
「人聞きの悪い事を言わないで下さい。夜は自分の部屋に控えています。セリム殿下とサマンサ様の部屋に向かう廊下は一本ですから、そこに不穏な気配さえなければ何もしません」
「そうか。疑って悪かった」
セリムは素直に謝った。それをメルトは頷きで応え、その後扉の方を振り返る。
「ハサンか?」
「えぇ、足音がそうです」
二人が会話していると扉をノックする音がした。セリムが答え、扉を開けてハサンが入ってきた。
「失礼致します」
ハサンが扉を閉めると、セリムは彼に椅子に腰掛けるよう指示をした。ハサンは一礼してセリムの前に腰掛ける。
「ゼフラ様の件ですけれども、ミライを含めこの館に入れないように再度通達しました。これを破った者は解雇をすると強く言いましたので、侵入される事はもうないとは思いますが、正面から訪ねてこられた場合はセリム殿下が対応をお願い致します」
「門衛が追い払えばいいだろう?」
「一応従姉ですし、大臣の娘ですから、セリム殿下が在宅中の場合は無下には出来ません」
「明日から暫く午後はサマンサを連れて出歩く事にするから、適当に対応しておいてほしい」
セリムの言葉にハサンは訝しげな表情をする。
「昨日のマナータ神殿はわかります。今日はどちらに行かれたのでしょうか」
「今日はサマンサの希望でガラス工房へ。明日からも色々行く約束をした。この国の事をもっと知りたいというから構わないよな?」
「メルトもついていますから大丈夫でしょうけれども、十分に気を付けて頂けますでしょうか」
「サマンサも狙われる?」
「狙われるでしょうね。レヴィ王国の技術供与は素晴らしいものですが、それ故に乗っ取られるのではと余計な心配をしている者もおります」
「ジョージ閣下の態度を見れば乗っ取る雰囲気がない事は明白だ。何故それがわからないのだろうか」
レヴィ王国がアスラン王国に技術供与したのは、あくまでもサマンサが暮らすのに困らないようにという配慮が発端の話である。セリムはジョージと会話をしてレヴィは共栄を望んでいるのだろうと思っていた。
「セリム殿下のような人ばかりだと楽なのですけれどね」
「どういう意味だ?」
「褒め言葉ですので気になさらないで下さい」
セリムは苛立ちを隠さずハサンを睨んだものの、ハサンは涼しげな顔をしている。このオルハンの元側近は仕事は出来るのだが、態度は側近らしくない。セリムは元々側近がいなかったのでこういうものかと最初は思っていたのだが、周囲の意見を聞いて違うらしいと気付いた。だがそれをハサンに訴えたものの聞き流されてしまったので結局そのままになっている。
不満げなセリムを気にせず、ハサンは更に用件を続けた。
「ポーラ、驚く事があったのだけれど」
サマンサは部屋に入るなりポーラに話しかけた。ポーラはこの別館に来てから初めて聞いた母国語を不思議に思いながらサマンサの側に近寄る。
「セリム殿下の弟君がカイルにそっくりなの。驚いて一瞬動けなかったわ」
「カイル様に、ですか?」
ポーラは驚きを隠せなかった。ポーラはサマンサに仕えて二年だが、サマンサの初恋の相手であるカイルの事は知っていた。そしてそのカイルが淡々とサマンサと会話している所も何度も見ている。
「そうなの。アスラン語で話しかけられて他人だと割り切れたのだけど、カイルが肌に何か塗ったのかと思ったわ」
「その方とは今後も接点があるのでしょうか?」
「セリム殿下は仲良くないと仰っていたから、あまりないかもしれない。でもポーラもエイメン殿下と顔を合わせたら驚かないようにしてね」
「難しい事を仰らないで下さい。私は比較的顔に出やすいのですよ」
「それなら余計な事は言わないで。カイルの事は本当に区切りがついているから、無駄に探られたりするのは嫌なの」
サマンサは笑顔を浮かべた。彼女はセリムとこれから人生を一緒に歩んでいきたいと思い始めていた。彼女は母国では王都を歩いた事がなく、視察などした事もなかった。彼が色々と連れて行ってくれると約束してくれた事が彼女は楽しみで仕方がない。今日のガラス工房の視察もとても楽しかったのである。
「勿論です。私はサマンサ殿下には幸せになって欲しいのですから」
ポーラは笑顔でそう言った。サマンサはポーラの殿下という言葉に引っかかり彼女を睨む。ポーラははっとして頭を下げた。
「失礼致しました。レヴィ語だったのでつい」
「あ、本当だわ。興奮してレヴィ語に戻ってしまったみたい。気を付けないとね」
サマンサは無意識に母国語を使っていた。これは今後も気を付けないと、うっかり言葉を間違えそうだと反省した。レヴィ語で何を言っているかはわからなくても、アスラン語以外を使ったとして妙な目で見られては困る。見た目で異国人と思われても、出来るだけアスラン王国に馴染みたいと彼女は思っていた。これからセリムと一緒に色々な所へ出向き、徐々に自分が王太子妃として認められたい気持ちになっていたのだ。それがレヴィ王女としての意地なのか、ゼフラへの対抗心なのか、カイルにそっくりなエイメンに出会ったせいなのか、はたまた別の理由なのか、彼女はまだわかっていない。




