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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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11/58

義弟との顔合わせ

 午後、仕事を終えたセリムはサマンサの部屋にやってきた。アスラン王国では会議など政治的な仕事は朝から昼までと決まっている。毎日働くが働くのは半日だけというのが王宮の規則だが、宴は仕事ではないので別枠である。

「さて、どこから案内をしようか」

 そう言いながらセリムはテーブルに地図を広げた。それは王都ラービタタルの地図である。サマンサは覗き込んだ。

「この中に夫婦で出かけるような場所はありますか?」

 サマンサは午前中、妻らしく振舞う為に義姉達や他の貴族婦人を次々と思い出してみたのだがしっくりこなかった。そもそも夫婦の在り方が母国と違うので、アスラン王国の夫婦を参考にするべきだと辿り着き、この目で見たいと思っていた。

「夫婦だと昨日の神殿以外はないかもしれない。女性は基本的に結婚をしたら家に入ってしまうから」

「それでは私が出歩く事はよくない事なのでしょうか」

「慣習的には望ましくないのかもしれないけれど、将来後宮へ移動すれば出られなくなる。私はサマンサにはアスラン王国を知ってもらい、一生暮らしたい場所だと思って欲しい。だから周囲は気にせずどこへでも案内するよ。罪になるわけではないから」

「それでしたらこのグラスの工房へ行く事は可能ですか?」

 サマンサはテーブルに置いてある切込み細工が綺麗なグラスを指した。彼女は初めて見るこの素敵なグラスが、どのように作られているのかが気になっていたのだ。

「かなり熱い場所だけど平気? 切込みの作業場ならそうでもないけれど」

「その切込みを入れている所が見てみたいので是非お願いします」

 セリムは頷くと地図の一角を指差した。

「場所はここだから歩いて十分ぐらいかな。今日も徒歩でいい?」

「セリム殿下は馬車がお嫌いなのですか?」

「いや、馬車がいいなら用意するよ。私は歩いて行くけれど」

 何故同じ場所に向かうのに別々の移動方法を取らなければいけないのかと問おうとしてサマンサはやめた。昨夜ハサンが二人きりは緊張すると言っていた。馬車はこの部屋よりも空間が狭いので避けたいのだろうと思い至った。

「それでしたら私も徒歩で構いません。行動を共にした方がメルトも護衛しやすいでしょうから」

「メルトにまで気を遣って貰えて助かる。では行こうか」

 そう言ってセリムは立ち上がった。後ろで控えていたポーラがサマンサにストールを被せると彼女も立ち上がり、彼の後ろをついていった。



 王家の抱えるガラス工房はとても広く、グラスや食器、花瓶など色々な物が作られている。セリムは工房の敷地へと入ると何の迷いもなく進んでいく。

「どこに加工場があるか御存知なのですか?」

「あぁ、以前体験した事があるから」

 何故王太子がグラス作りを体験したのだろうと不思議に思っていると、目的地に着いたのかセリムが足を止めた。するとメルトが突然前に現れて扉を開けた。サマンサはこの気配のしない護衛に驚き、身体を少し仰け反らせた。

「申し訳ありません。サマンサ様をいつも驚かせてしまいまして」

「気にしないで。慣れるように私が努力をするから仕事を全うして」

 気配を消して護衛をするのがメルトの仕事なのだろうから、サマンサは慣れるしかない。しかしこれに慣れる日が来るのかは彼女にはわからなかった。

 セリムに続きサマンサも施設の中に入る。そこには十数人の職人達が様々な加工を施していた。

「アイシャ、少しいいかな?」

 セリムがある女性の作業を見計らって声を掛け、その女性が振り返った。そして手元のグラスを置くと立ち上がって一礼をした。

「御無沙汰しております、セリム殿下」

「突然訪ねてすまない。彼女が少し切込みしている現場を見たいというから見せて貰えないかな?」

「構いませんけれども……」

 そう言いながらアイシャは戸惑った様子でサマンサを見た後にセリムを見た。

「彼女は私の妻のサマンサだ。サマンサ、彼女はアイシャ。サマンサが使用しているグラスを作った職人だよ」

 サマンサは驚いた。アイシャは二十歳前後に見える。こんなに若い女性が作っているとは思わなかったのだ。

「初めまして。素敵なグラスをありがとう」

「初めまして、アイシャと申します。気に入って頂けたなら光栄です」

「彼女はまだ二年程なのに切込みを入れるのが上手で、私は何度も挑戦したが諦めた」

「挑戦されたのですか?」

 サマンサが首を傾げるとアイシャが笑いを堪えていた。セリムはアイシャに咎めるような視線を送る。

「もしかして、私のグラスを作ろうとして下さったのですか?」

「あ、いや」

 セリムは気まずそうな顔をした。アイシャは微笑みながら、サマンサにわかるように小さく頷いた。サマンサも思わず微笑む。

「是非そのグラスを見せて頂けませんか?」

「あれは割ってその辺に埋めてしまった」

 セリムは気まずそうに視線を外した。何も言わなければ気付かなかったのに、何故彼は色々と口にしてしまうのだろう。サマンサは不思議に思いながらも、彼のその嘘の吐けない性格は憎めないと思った。

「私には出来るかしら?」

「手に傷が出来ては大変ですからお勧めは致しません。希望の模様があれば私が作成致します」

「わかったわ。それなら少し作業をしている所を見せてもらえるかしら」

「かしこまりました」

 アイシャは笑顔で応えると席に戻り、グラスの切り込み作業に戻った。サマンサはその様子を見ながら、これは自分にも出来ないだろうから模様を決めてアイシャにお願いしようと思った。



「とても真剣に作業を見ていたね」

 二人はアイシャ以外の職人の作業も見学をして帰路についていた。王家が抱えている工房だからか職人の誰も迷惑そうな顔をせず優しく接してくれた事に、サマンサは満足していた。

「職人技をこの目で見たのは初めてでしたから、とても面白かったです」

「それなら他の作業も見る? 生糸工場や機織りに陶器の窯元、色々あるよ」

「邪魔にならないでしょうか」

「大丈夫だと思う。視察という名目で王都の工房や市場は見回っていて、ほぼ顔見知りだから」

「凄いのですね」

「そうでもない。王族の義務は国民を守る事だけど、私は机の前より現場を見る方が楽というだけだ」

 セリムの言葉にサマンサは微笑む。祖父が彼を結婚相手として選んだ理由を垣間見た気がした。彼は兄ジョージに考え方が似ている。

「それでしたら今後、その視察の時はこうしてご一緒させて下さい。私もセリム殿下の横でこの国をよく知りたいと思います」

 セリムは嬉しそうに微笑んで頷いた。そして前方に視線をやり一瞬険しい表情を浮かべた。サマンサはどうしたのかと彼の視線の先を見つめて息を呑んだ。

「セリム兄上、このような所でいかがされたのですか」

 褐色肌に金髪の青年がセリムに近付いてきた。サマンサはその青年の整った顔立ちに驚き、その場に立ち尽くしていた。そんな彼女を隠すようにセリムが移動する。

「エイメンこそ外出とは珍しい」

「私は図書館へは足繁く通っていますよ。ところで、そちらの女性を紹介しては頂けないのですか」

 エイメンは笑顔を浮かべた。セリムは少しつまらなさそうな表情をした後、一歩横に動いた。

「私の妻、サマンサだ」

「初めまして。セリムの弟、エイメンです」

 エイメンは微笑んだ。サマンサは話し方の違いではっとし、やっと笑顔を作る事が出来た。

「サマンサです。以後宜しくお願いします」

「噂には聞いていましたけれど、本当に美しい肌なのですね」

 エイメンは相変わらず笑顔だ。サマンサも笑顔で応じる。それをセリムは不満そうに見ていた。

「エイメン、何もこのような街中で立ち話をする事もないだろう?」

「これは失礼致しました。ではまた改めてご挨拶に伺います」

 エイメンはそう言うと図書館の方へと歩いて行った。サマンサは動揺したのをセリムに勘付かれないよう笑顔を彼に向ける。

「エイメン殿下とはあまり似ていらっしゃらないのですね」

「母親が違うから。それに髪色も違うし。サマンサとは違う色だよね」

「そうですね。先日兄の通訳をした義姉もあのような髪色です」

 サマンサに言われ、思い出したかのようにセリムは頷いた。

「そう言われるとそうだ。エイメンは多分改めて挨拶などしに来ないと思うから気にしなくていい。帰ろう」

「はい」

 歩き出したセリムの後ろをサマンサは歩いて行く。しかし彼女の脳裏からエイメンが離れなかった。エイメンもセリムと同じく褐色肌で黒髪だったら印象が違ったのかもしれない。しかしエイメンは肌の色が違うだけで、顔立ちも髪色も彼女の初恋の人にそっくりだったのである。

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