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この結婚は運命か否か  作者: 樫本 紗樹
本編

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二日目の夜

 ミライに案内され、サマンサは食堂へと入った。食堂には正方形の食卓が置いてあり、既にそこにはセリム、ハサン、メルトが腰掛けている。サマンサは不思議に思いながら、唯一空いている椅子へと腰掛けた。

「これがアスラン王国の夕食の基本でしょうか?」

『私達は遠慮しますと伝えたのですが、主が二人きりだと緊張して食事が進まないと言うので、緊張が解けるまで暫く同席してもいいですか』

 サマンサの問いにセリムが反応するより先に、ハサンがケィティ語で答えた。ケィティ語はセリムもメルトもわからない。彼女は昨日の宴を思い出していた。セリムはお酒を代わりに飲んでくれたが、その後こちらをじっと見ていて手はあまり動いていなかった気がする。

『本当にそのような事を言っていたとして、それを私に伝えていいの?』

『大丈夫です。先程はある女性の件で不快な思いをさせてしまったかと思いますが、その件は後から主より説明があると思いますので、今は気にせず食事を楽しんでもらえませんか』

 言語が違えども名前を出せば何の話かわかってしまうかもしれない、そう思ってハサンは名前を伏せたのだろう。サマンサは頷いた。

「何をこそこそ話しているのだ?」

「セリム殿下に泣きつかれ、私は渋々ここに腰掛けていますと説明をしただけです。情けない話なのでケィティ語で話したのですが都合が悪かったでしょうか」

 食堂には四人以外にも給仕達とミライがいる。セリムは給仕達の視線が気になり、それを振り切るように首を横に数回振った。

「な、泣きついてなどいない! 今まで通り一緒に食べようと言っただけだ」

「先程の質問の答えですが、主が側近と共に食べるのはアスランではよくある事です。ここで一緒に暮らしていますから、一緒に食べた方が早く片付きますので」

 ハサンはセリムの弁解など気にもせずサマンサに話しかけた。彼女はこの主従関係を二年前に顔合わせをした時から違和感を持っていたが、これも多分アスランの風習なので慣れるしかないだろうと判断した。

「レヴィでは側近達は王都の屋敷に暮らしていて王宮へ通っていたの。そういう所も風習が違うのね」

 給仕がセリムとハサンの所に置いてあるグラスに酒を注ぎ、別の給仕がサマンサとメルトの所に置いてあるグラスに水を注いだ。サマンサは昨日言った事をセリムが覚えていてくれて指示してくれたのだと、少し嬉しく思った。

「口に合わないなどあれば教えて欲しい。色々と改善するから」

「お気遣いありがとうございます。昨夜の食事も美味しく頂けましたから問題ないと思います」

 食事の味付けは勿論違う。アスラン料理は香辛料が強めであるが、辛いという程でもなく、これはこれで馴染めそうだとサマンサは思っていた。

「市場にはケィティやレヴィの料理店がありますから、母国の味が恋しくなった時はそちらへ行かれたら宜しいと思いますよ」

「昨日ミライから勝手にここを出るなと言われたのだけど、出かけてもいいの?」

 サマンサは嫌味にならないよう気を付けながらにこやかに言った。

「一人では駄目だ。行きたい場所は全て私が案内するから私に言って欲しい」

 ミライはセリムとハサンの指示のない事は出来ないと言っていた。セリムがサマンサを一人で別館の外に出すなと指示をしていてあの対応だったのかもしれないと彼女は思った。

「それでしたら王都を隅々まで案内して頂けますでしょうか? 私は早くこの国に慣れたいと思っています」

「わかった。明日から色々と案内しよう」

 セリムが嬉しそうに微笑んだので、サマンサも笑顔で応えた。



 夕食が終わり、サマンサは昨夜同様入浴後、全身に香油を揉みこまれていた。初夜の為の特別な儀式かと思っていたのだが、入浴からマッサージまでは一連の流れのようだ。何となく気になってマッサージ以外は何の仕事をしているのかと使用人に尋ねた所、この別館で働く使用人の統括をしているとの事だった。この別館には男女働いているが統括が女性である事を彼女は興味深く感じた。

 サマンサは自室に戻るとソファーに腰掛けた。ハサンが言っていた事が正しければ、今夜ゼフラの件を説明して貰えるだろう。彼女は自分の常識がこの国でも常識とは限らないのだから、冷静に聞いて今後の対策を考えようと思った。

 暫くしてセリムが部屋に入ってきた。昨夜立たなくていいと言われたので、サマンサは座ったまま彼の方を見て微笑んだ。彼は緊張したような面持ちでサマンサの向かいのソファーに腰掛ける。

「ゼフラの件、怒っているだろうか」

 セリムの声はサマンサの機嫌を窺うような弱々しいものだった。彼女は微笑んだはずなのに、怒っているように見えた事が不思議で仕方がなかったが、ゼフラの態度が面白くなかった事は事実なので、それは正直に言おうと思った。

「白肌に金髪がこの国では珍しいのでしょうけれども、私にはそれしかないと思われるのは正直不快です」

「そのような事はない。サマンサは絶世の美女だと思っているし、むしろ私が簡単に触れてはいけないような女神の領域ではないかとさえ思っている」

 サマンサは瞬きを数回繰り返しながらセリムの言葉の意味を考えた。しかし考えてみても彼が何を言っているのか全くわからない。

「女神の領域とはどういう意味でしょう?」

「あれ? 俺、そんな事を言った? いや、それは聞き流して。深い意味はない」

 明らかにセリムが動揺している。しかも一人称が俺になっている。

「セリム殿下は一人称が本来は俺なのですか?」

「ん? 今、俺って言った?」

「えぇ、はっきりと」

 セリムは悔しそうな顔をすると項垂れた。

「俺は第四王子で自由に育ったし、一生軍人のつもりだったから畏まった言い方は苦手だ。今は王太子らしく私と言うように意識していたのに、こんなに早くサマンサの前で崩れるとは思っていなかった」

「セリム殿下の慣れた話し方で結構ですよ。私の兄も一人称は俺ですし、何の違和感もありません」

 セリムは顔を上げるとサマンサを見つめた。

「王太子が俺と言うのか?」

「いえ、王太子の兄は昔から私です。軍人の兄の方ですよ」

 サマンサの言葉に納得したようにセリムは頷いた。

「ジョージ閣下の方か。いや、しかし彼は体格こそ軍人だが雰囲気は政治家みたいだ。通訳が入るから実際はわからないけれど堂々と話しているように見えるし、国と兄である王太子を支えようとしている印象も受けた」

「アスラン王国は違うのですか? エイメン殿下は弟君ですよね?」

 サマンサはセリムとゼフラのやり取りの中で出てきたエイメンと言う名前を覚えていた。彼に嫁げば王太子妃になれるという事なら、エイメンはセリムの弟だろうと話を聞きながら記憶していたのである。

「エイメンは賢いからか私の事を王太子とは認めていないよ。異母兄弟だから仲良くもないけれど」

 セリムの一人称が俺ではなく私に戻ってしまった事をサマンサは残念に感じたが、それは顔には出さなかった。

「異母かどうかなど関係なく私は兄弟達と仲良くしてきました。ですが兄弟達は仲良くしていない場合もありましたので、男性同士だと難しいのでしょうか」

「エイメンの母親が現王妃だから、私を排除したいと思うのは致し方がない。エイメンもその影響は強く出ていると思う」

 サマンサは嫁ぐ前にセリムの母親の件は聞いていた。四年前に亡くなっているが、それまでは王妃であった。彼女が亡くなった後に側室であったエイメンの母親が王妃になったのならば、王太子オルハンが亡くなった後、セリムとエイメンの派閥が出来る事は十分あり得る。

「ゼフラ様は従姉ですから、ゼフラ様の家系はセリム殿下が王太子である事を願っているという事でしょうか」

「伯父上は私にゼフラを嫁がせて自分の力を強めたいと思っている節があって、私の味方かと言われると難しい」

「ゼフラ様は元々セリム殿下のお兄様と結婚されていたのですよね? それなのに弟へ嫁ぐという事はよくある事なのでしょうか」

「家を守る為に弟や血の繋がらない息子に嫁ぐという事は、アスランではそれなりにある話だ」

 レヴィでは貴族の場合、再婚は滅多にない。夫に先立たれれば実家に戻るか嫁ぎ先に残るかの選択肢はあるものの未亡人として暮らす。風習の違いは色々な所にあるのだとサマンサは感じていた。

「血の繋がらない息子とは、例えばセリム殿下の側室が産んだ息子にセリム殿下が亡くなった後私が嫁ぐと言う意味で合っていますか?」

「意味はそうだけど、俺はサマンサ以外を娶る気もないし、サマンサと心を通わせる前に死ぬつもりもないから」

 セリムは言った後、またやってしまったというような表情を浮かべた。サマンサはそんな彼が可愛く思えて思わず笑みを零した。

「失礼な仮定の話をして申し訳ありません」

「いや、私こそ取り乱してすまない」

「既に見てしまいましたから今更取り繕わずそのままで大丈夫ですよ。私の兄達も公務と私的な時間では態度が違うのは普通でしたから」

 サマンサは取り繕った姿よりも素のセリムを見たいと思った。彼は自分をよく見せたいと思っているのだろうが、彼女はいくら他所向けの態度が素晴らしくても、それに心が傾かない。実際、彼女の初恋の相手は明らかに他の女性とは違う冷めた態度で彼女と接していたのだが、その態度に苛立ちながらも自分にしか向けられないものだと満足もしていた。

「いや、私は不器用だから切り替えが得意ではない。王太子らしくなくなってしまう」

「それは残念です。それでは話を戻しましょう。私は今後ゼフラ様に対してどのように振る舞えば宜しいでしょうか?」

 セリムはサマンサの残念ですという言葉に反応をしたが、そのまま話を切り替えられてしまったので、それを聞き出す事は諦めた。

「私は周囲が何と言おうとゼフラを娶る気はない。サマンサも特に相手はしなくていい。ゼフラはこちらの言う事を一向に聞かず、自分のいいように解釈する悪い癖があるから」

 ゼフラの振舞いはまるでセリムと相思相愛と信じているようにサマンサの目には映っており、もしかしたら政略結婚の為に二人は引き離されて、セリムはそこで思いを断ち切ったものの、ゼフラは引きずっているのかもしれないと思った。

「お二人は以前恋仲だったのでしょうか?」

「いや、いやいやいやいや違う。断じて違う。従姉でしかない」

 あまりにも強い否定にサマンサは邪推した事を素直に悪いと思い、判断の基準はゼフラではなくセリムに置こうと決めた。

「申し訳ありません。セリム殿下の気持ちを疑ったわけではないので許して頂けますか」

「許すも何も、私がゼフラの事を何とも思っていない事さえわかって貰えればそれでいい」

「ありがとうございます。今後ゼフラ様に対しては私が妻ですと言う態度で接しますね」

「あぁ、そうしてもらえると嬉しい」

 そこで会話は途切れ、二人の間に沈黙が流れた。その沈黙が耐えられなかったのかセリムは急に立ち上がる。

「それでは、私は自室に戻るよ。おやすみ」

「えぇ、おやすみなさい」

 セリムはサマンサの言葉に頷くと、自室への扉を開けて部屋へと入った。彼女はこの状況でどうしたら彼の妻らしく振る舞えるだろうかと暫く考えたものの、簡単に答えは出ない気がしたので諦めて寝る事にした。

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