王女の決断
【謀婚】シリーズのサマンサの話になります。
別の国に嫁ぐ為これだけ読んでも多分話はわかると思います。
ですがシリーズを読んでいた方が登場人物の関係がわかりやすいと思います。
「お呼びでしょうか、お父様」
レヴィ王国王宮内にある国王の私室に入れる者はごく一部である。その許された者の中で、一番この部屋を訪れている人物が王女サマンサである。誰に対しても分け隔てなく微笑んで接する彼女は、王国内の貴族達からも評判がいい。堅物と評される国王から唯一愛されている娘とも言われている。
レヴィ国王であるウィリアムは柔らかく微笑むとサマンサにソファーを勧め、彼女は一礼してからソファーに腰掛けた。
「サマンサ、結婚を承諾したと聞いたが本当にそれでいいのか?」
「いいも何も、政略結婚なのでしょう?」
サマンサは先日、本当の理由を言われぬまま、とある男性と会った。それは予定していたものとは違う顔合わせになったが、言葉も通じぬ異国の男性は彼女の事を一目見て気に入ったようだった。彼女は特に惹かれたわけではなかったが、国の為になるならとその男性との結婚を承諾していた。
「政略という程でもない。ジョージにも嫌なら断っていいと伝えたのだが」
ウィリアムは少し不満気な表情をしている。もしかしたら断ると思っていたのかもしれないとサマンサは思ったが、はっきり断る理由も彼女は見つけられなかった。
「それはお兄様から聞きました。しかし、今回のお話を断ってまた一から探すのも大変でしょう?」
「別に探さなくとも、サマンサが望むなら一生ここにいてもいい」
サマンサは意外そうな表情をウィリアムに向けた。まさか父からそのような言葉が出てくるとは思っていなかったのだ。兄達は政略結婚をしているのに、レヴィ王国唯一の王女である自分だけが何もせず王宮に留まるという選択肢など、最初から想定していなかったのである。
「私はお兄様が幸せな結婚をしたのなら、他国へ嫁ぐ事をお父様と以前約束をしました。それを反故にする気はありません」
「本来ならサマンサの望む結婚を進めかったのだが、どうしても先方が、な」
「その件に関しては私も納得しておりますので、気にして頂かなくて結構です」
サマンサは幼い頃より兄ジョージの側近であるカイルに心を寄せていた。端正な顔立ちと博識なカイルは女性からの人気も高い。しかし彼女は最初、ただ自分の言う事を何一つ聞いてくれないカイルの態度が面白くなく、どうにかして自分の方へ興味を向けさせようと必死になっただけだった。だが長らくどうしたらこちらを向くのかを考えているうちに恋に落ちていた。それを自覚してから更に色々と考えて行動したものの、結局カイルの視線は主の大切な妹から変わる事はなかった。この報われると思えない初恋はもう諦めようと決心をして暫く経ってから顔合わせがあったのであり、彼女は決して初恋を諦める為にこの結婚を承諾したわけではない。
「しかし本当にいいのか? 気候も風習も違う国と聞いている」
カイルはハリスン公爵家の子息であり、王女が降嫁する事は不可能ではない。しかし三男である事、ハリスン公爵家当主である宰相が頑なに首を縦に振らない事で、ウィリアムも娘の希望を叶える事は出来なかったのである。国王命令も出来ない事ではないが、王女を降嫁させる事により貴族達の力関係の均衡が崩れてしまう懸念が払拭出来ず、困ったウィリアムは義父でありサマンサの祖父であるテオに結婚相手を探して貰ったのである。そしてその相手は遠い異国の王太子だった。
「私に価値があるとは思いませんが、レヴィ王国唯一の王女と言う肩書が、この大陸では大きすぎる事はわかっています。別大陸になるだろうとは想定していましたから」
サマンサは微笑んだ。レヴィ王国のある大陸には二大大国と中小国が七ヶ国ある。二大大国であるレヴィ王国とシェッド帝国は少し前に戦争をして、レヴィが勝利を収めていた。それ故に現在一番強いレヴィ王国の王女を中小国が求めても不思議はないが、嫁ぐ事でその国の態度が大きくなり周辺国と争うような事態になっては困る。別大陸へ嫁いだ方が安全に暮らせるだろうというのは彼女も理解していた。
「サマンサが納得をしているのなら構わないが、政略的意味はこちらには本当にあまりないから気にしなくてもいい」
「意味がない事をお爺様がするとは思えませんが」
「最近海賊に手を焼いている。それを我が国と先方で協力をして退治しようと言うのが一番の目的ではあるが、政略結婚をしなくても軍事協定で済む話だ。絹糸や絹織物の独占輸入の話もあるが、それも貿易協定で済む話だ」
サマンサは少し決心が揺らいだ。理由を聞くと、確かに結婚をして縁を結ぶほどの話でもない気がしてきたのだ。しかし彼女はひとつの事が気になったので、この結婚を承諾していた。この話を断って次を探した後、やはりこちらが良かったとは言えない以上、彼女は揺らぐ心を支えて父を見つめる。
「一度決めた事を翻すつもりはありません」
「そうか、それならば正式に進めよう。実際に嫁ぐのは二年後になるが、準備期間が不足だと思うならもう少し延ばす事も可能だ」
「いえ、二年で十分です」
サマンサは柔らかく微笑んだ。そんな娘に対しウィリアムも微笑むと頷いた。
父の部屋を辞した後普段通りに過ごした夜、サマンサは自室の窓から夜空を見上げていた。王女である彼女が一人になれる時間は就寝の時だけである。起床から就寝まで常に侍女や使用人が彼女の周囲に侍っている。それは生まれた時からの習慣であり、特に不満もないのだが、時に一人になりたいと無性に思う事もある。
サマンサは先日出会った結婚相手であるセリムを思い出していた。彼は彼女との出会いを運命だと言っていたらしい。らしいというのは言葉の壁があって、何を言っているのか彼女にはわからなかったからである。これから二年、先方の言葉や風習などを覚え、嫁ぐのに何不自由のないように学ぶ事は、彼女にとって別段憂鬱ではない。彼女が気にしている事は別の事である。
運命とはどういう事だろう?
サマンサは運命を感じなかった。悪い人ではなさそう、それくらいの気持ちである。もし運命であるのならばお互いに感じるものがあるのではないのか? 片方だけという事もあるのか、自分が鈍くて気付けていないだけなのか、それが気になって仕方がなかったのである。だから彼女はこの結婚を承諾した。一緒に過ごすうちに運命とはどういう事なのかわかるかもしれない、そうしたら幸せに暮らせるかもしれないと期待をして。
彼女は夜空から視線を外すとベッドへと向かい、そのまま横になった。
サマンサはその後、嫁ぐ為の準備を黙々と進めた。そして二年という月日はあっという間に過ぎたのだった。