あの映画に出てくる幼女みたいなのを想像した(らしい)
ダニーと僕、それに先生という三人で、会話もなく夜の街を歩いた。
元々ダニーは無口で、お愛想で無理に会話なんかする奴じゃない。それは僕と二人で歩いていても同じだろう。
僕も同じく、必要もないのに会話するタイプじゃない。
そういう僕だからこそ、ダニーは「冷やかし」とやらに誘ってくれたのかもしれない。
ただ、一般人である先生は元々無口でもないのに、なぜか今夜は僕の横顔をじっと眺めて歩いていて、あんまり話しかけてこなかった。
まあ、問題の家はカフェから徒歩十分ほどの距離だし、別に僕も気にしなかったけれど。
「新聞によれば――」
ダニーが立ち止まり、道路の向こうの、小さい中華料理店を顎でしゃくった。
「ポルターガイスト騒動が起こるのは、あの店だそうで。ここ一ヶ月、毎晩だとか」
「だからこそ、新聞にまで載ったのか」
僕が感想を述べると、先生が囁いた。
「マスコミまで来てるわ! 騒ぎが広がってるみたいっ」
……確かに。
どこか、「たまにはこんな阿呆なニュースもいいよな?」と思ったテレビ局があったらしい。
もしくは、これがきっかけで、大昔の超常現象ブームがまた起きるとでも考えたのだろうか。
局の名前が書かれた大きなバンと、大型のカメラを担いだカメラマン、それに顔も知らない女子アナとあと数名のスタッフで店の前で騒いでいた。
女子アナが「一ヶ月も前から異常な超常現象が相次ぐこのお店では~」などと、スタッフが掲げるカンペを見ながら、よく通る声で説明している。
周囲には既に、野次馬が集いつつあった……遺憾ながら、僕らもその一部だが。
「でも、お店はまだ営業中なのに、いいのかしら?」
他人ごとなのに、心配そうに先生が言う。
「とはいえ、店の中は客がいませんしねぇ。まあ、こんな騒ぎじゃ、客が逃げても不思議はないですけど」
あと、国道に面した立地はともかく、駅から微妙に遠いし、店の裏には灰色のコンクリートが不気味な、大きな建物まである。
とてもじゃないけど、あんまり普段から流行っているように思えない。店が薄汚いのも、マイナスポイントだ。
「イメージと違うなあ」
中坊(今更だが、二年である)のダニーが、失望したように眉根を寄せた。
「固定観念なのは認めるけど、なんとなく、映画のポル○ーガイストに出てくる女の子を想像したんですよね。でも、この店にそんな子はいそうにないや」
「そういうの、好み?」
「まさか!」
驚いたようにダニーが首を振った。
「こういう場合、だいたい相手はローティーンの少女ですよ。僕の守備範囲外です」
「いやぁ、数年くらいの差だと、別に問題ないような気がするけどなあ」
長寿どころか、寿命自体がないに等しい僕が意見したが、無視された。
「とにかく、ひとまず客として――」
ダニーが言いかけた途端、いきなり変化が起きた。
「あんたら、いつまでやってんだようっ!」
「……はあ」
「うわー」
「あらあら」
ダニーのため息と僕の呆れた声、それに先生の愉快そうな声が重なった。
中華料理店の中から、ふいに白いエプロン着用のおばさんが走り出てきて、生放送を邪魔したのだ。
「さっきあたしは、帰れって言っただろうがっ!? なんで言うこと聞かずに、人んちの店前でがなりたててんだよっ。ふざけるなってんのよおっ」
エプロンは染みだらけだし、体重は三桁に届きそうだし、髪型はパンチパーマに近いような、ごわごわ頭である。
こういうおばさんが悪鬼のごとく喚きに喚くと、なかなか迫力があった。
「ええっ、黙ってないで、なんとか言いなよっ。謝礼の件を考え直す気がないなら、帰れええっ。さもないと、スープのダシにするよおっ」
どこに持っていたのか、いつの間にか出刃包丁まで持ち出した。
「ひっ」
悲鳴を洩らし、女子アナさんが尻餅ついてしまう
……あー、こりゃ駄目だ。生放送が台無しだ。
「あの人は、原因たるローティーンの少女に見えないなあ」
僕が生真面目に感想を述べた途端、周囲から失笑が洩れた。
もちろん、僕のセリフに笑ったわけじゃなく、このシチュエーション自体が野次馬には楽しいのだろう。
道徳観の強い先生ですら、口元を手で押さえてぷるぷる震えてるしな。
無理に笑いを堪えんでも。
「い、イメージと違う……帰りたくなってきた」
有名映画の可憐なヒロインを想像していたらしいダニーは、夢破れてむすっとしていた。
「まあ、世の中は得てしてそんなもの――」
僕が、慰めにもならない言葉をかけようとした時、事件は起きた。
あたかも、ダニーの失望に反論するかのように。
つまり……この場にいた僕らや他の野次馬を含め、総勢三十名はいた集団が全員……本当に例外なく全員、その場で宙に浮いたのだっ。