零君がわたしをどう思っているか聞きたいし、お付き合いもしたいわ!
「わたし、不破歩夢です。神代君の高校の担任教師。よろしくね」
先生は挨拶したが、中坊のダニーは小さく片手を上げたのみだった。
「お気になさらず。ここの常連は、だいたいみんな人見知り激しいので」
「僕は普通の人に興味ないだけですよ、マスター」
……人が穏便に収めようとしているのに、またこの中坊は。
「この世界は普通の人間のものだよ。僕らはあくまで異端だぜ? そんな、古いアニメのヒロインみたいなこと言わなくても」
「異端、大いに結構! 僕は元々、前世から異端ですしね。今更馴れ合う気はないですよ……マスターとか、少数の例外を別として」
反骨の中坊ダニーは、コーヒーのカップを片手で掲げてみせた。
そして、そのままそっぽを向く。
やむを得ず、僕は先生に肩をすくめて見せる。ま、元から相性悪そうだしな。
「い、いいの……気にしてないから……ぐすっ」
むちゃくちゃ落ち込んだ顔で呟き、先生は席に着いた。
カウンターの……男性二人が陣取る両端を避け、真ん中に座った不破歩夢先生は、『ねえねえ』と僕を呼んだ。
「なんです? コーヒーなら、もう少しお待ちを」
「いや、督促じゃなくて」
なんだかじれったそうな顔で僕の顔を見る。
「あの……少しお話しがあるんだけど」
「はあ? 気にせずに、そのままどうぞ。聞いてますよ」
「いや、そうじゃなくてっ」
先生の声のオクターブが上がったところで、またホームズ氏が声を上げた。
「零君、多分先生は、皆から離れた窓際の席などで、二人だけでひっそり話したいんじゃないかな? おそらく私にはその内容もわかるが――うん、わかってる、ワトソン」
途中でホームズ氏が自分の隣を見た。
「僕だって、前世と違って自制くらいするさ。もちろん、余計なことは言わないよ」
そのまま、口元だけに笑みを刻み、新聞の陰から僕らを見た。
「つまり、内緒話に応じてあげなさい、という話さ」
「あ……それも推理ですか」
「こんなのは、推理に入らないね。しかし、先生に訊くといい。外れてないはずだよ」
僕が先生を見ると、赤い顔でコクコク頷いた。
「まあ、客も二人しかいないし、構わないですけど」
白いワイシャツと黒ズボンの代理マスターの正装のまま、僕は淹れ立てのブルーマウンテンを二つ持って、窓際の席へ移動する。
ダニーがなにやら顔をしかめて窺っていたが、何も言わないので、僕も無視しておく。
先生がそっと僕の正面に座り、僕らは相対した。
外はまたしても景色が変化し、どうやら水の都ヴェネチアになっていた……こちらと違って黄昏時じゃなく、昼前くらいか。
「凄いわね……ここにいれば、海外旅行へ行く必要ないわぁ」
うっとりと外を眺め、先生が言う。
ワンレングスの長い髪をまた掻き上げ、ため息などつく。でも、なぜか横目で僕を見ている気がした。
「さて、お話とは?」
こちらから水を向けてあげると、ガクッとずっこけるポーズを見せた。
「余韻がないわよ、余韻がっ」
「いや、そんなこと言われましても」
よくわからんが、ムードがないってことか? なんで今この瞬間にムードがいるのか、謎じゃないだろうか。
「まあ……ゆっくりでいいから、聞かせてください」
「はぁああ」
切なそうなため息をついて、彼女はしばらく俯く。
やがて顔を上げた時には、なにやら決心がついたようだった。
「わたしの気持ち、前に話したわよね?」
「死にたいとか?」
「その後よっ」
「なに怒ってんですか……て」
さすがに僕も気付いた……ああ、気付いたさ。
そういや、好きとか言われたな。マジで忘れてたが。
『告白したでしょ?』
ひそひそ声で彼女が言う。
『次の流れとして、当然わたしは、零君がわたしをどう思っているか聞きたいし、お付き合いもしたいわ!』
『え、そんなこと言って、いいんですか! 学校の先生なのにっ』
身分が防波堤になっていると、最初から安心してたのに?
『人を好きになるのに、先生も生徒もないものっ』
おぉ……随分ときっぱりと言われる。
ていうか、そうすると僕は返事をしなきゃいけないわけか。
いやしかし、僕はヴァンパイアなのに、人間女子と交際とか――
「――諸君っ」
いきなりホームズ氏の声が響き渡り、僕は少なからずほっとして彼を見た。
「なんです?」
「どうやら、事件らしい」
カウンターに置いた新聞を手で軽く叩き、彼は宣言した。
……ネタ元は新聞かぁ。
「しかもこれは、ダニー君が解決すべき事件だな」
やけに確信ありそうに言い切り、また口元だけで笑った。
「なにしろ、ポルターガイスト現象だからね」