近世最強の超能力者は、孤独を癒やす(第2話)
かつて、ダニエル・ダングラス・ホーム(ヒューム)という人物がいた。
想像上の人物ではなく、十九世紀に実在した人で、霊媒だとされているが――。
実は、超能力者としての名声の方が高い。後世においては、特に。
しかも、彼の超能力者としての力は、聖書に登場するような神話級のキャラを例外とすれば、明らかに飛び抜けている。
どくらい凄いかというと、スプーン曲げがせいぜいの近頃のサイキックの中にあって、彼は別格と思える力を見せているのだ。
記録によれば、大勢の見物人がいる前でいとも容易く空中浮揚してのけ、巨大なピアノやテーブルをも浮かせてみせた。
もちろん、当時とはいえ、イカサマ扱いする人は多く、大勢の科学者や疑り深い輩が、彼を調査した。その中には、クルックス管で有名な、物理学者のウィリアム・クルックスなどもいたそうだ。
しかし……そのクルックスを筆頭にして、申し出があったほとんどの実験と調査に対し、彼は真摯に応じ、観察者が驚くような能力を見せつけた。
いつの時代も、超能力者を自称する物は、実験に際しては実に多くの要求――例えば、部屋を暗くしてくれ等の要求をするものだが、彼はそんなこともなく、いかなるコンディションでも能力を発揮した。
その生涯において、ただの一度も、はっきりとした「イカサマ」だとわかる証拠を掴まれたことはない。
いや、これは悪意あるマスコミの言い方だな。
ずばっと言えば、彼は「本物の超能力者」なのだ。
イカサマを見破られたことがないのは、そもそもイカサマじゃないからだと考えるのが自然だ。
僕は珍しく、彼の能力を信じている。
なぜなら、もう何度もその証拠を見たから。
「相変わらず、人のいないカフェですね」
話題の人物……いや切れ者風の中坊が、ぶすっと述べた。
「僕がいるんだが」
新聞の陰でホームズ氏が発言したが、中坊は無視してのけた。
ダニエル……我らがダニーは、前世ではスコットランドの生まれで、場所的に言えば、ホームズ氏と故郷が近い。
しかしなぜか、カウンターの端に座る彼とは、気が合わないらしい。天才同士だからかもしれない。
ヒネた中坊を地で行く彼に、僕は苦笑して紅茶のカップを置いてやった。
「来るなり皮肉とは、いつもながら君らしい。でも、生前のダニー(ダニエル)は、愛想のよい人物だったそうだよ」
「だから、見世物にされて満足してたんでしょうよ。今生の僕は、もう少しマシな人生を送るつもりなんです」
学生服の上着だけを脱いだ彼は、まるで大人のように高々と足を組み、そんなことを言う。もちろん、本気だろう。
「君なら、なんだってできるだろうさ。文字通り、なんにでもなれるだろうしね」
僕は保証してやった。
実際、彼の力は前世よりもさらに磨きがかかっているように思う。人類の敵になるのも、救世主になるのも、自由自在だ。
素直に称賛してあげたせいか、どうも密かに照れたらしく、いつもの無愛想な顔のまま、窓の方を振り返った。
「外は砂漠ですか……」
「本当に場所を選ばないなあ」
僕らの会話は奇天烈に聞こえるだろうが、別におかしくはない。
このカフェの窓の外に映るのは、外の街じゃない。実は世界中のあらゆる景色がランダムで映る。しかも、現在進行形で。
魔法なので仕組みを考えるだけ無駄だが、もちろん別に店が転移しているわけじゃなく、遠くの景色がリアルタイムで見えるだけだ。
おおよそ半時間ごとに。
まあ、時間によっては本当に素のままの外が映る時もあるが、今は砂漠がどこまでも広がっていた。外に出たくないような景色だ。
とそこで、カツカツと足音がして、扉が開け放たれ、カランカランと鐘の音がした。開くと鳴る仕組みなのである。
「神代君、こんばんは!」
スーツ姿の不破先生が入ってきて、まるでモデルさんのように長い黒髪を背中に払う。
ホームズ氏に挨拶した後、ダニーを見て、ちょっと目を見開いた。
「お客さん、ちゃんと来るのね」
「……三日連続のご訪問、どうも」
ほんの数日前には自殺しようとしていた人なのに、今やすっかり元気である。
僕は一応会釈し、尋ねてやった。
「ご注文は?」
「ブルーマウンテン、お願いします。それと、どうして今日休んだの?」
「外がとっても晴れだったのですよ。出て行きたくなくなるほどに」
僕は正直に答え、「ブルーマウンテン、了解」と復唱した。
豆の種類まで注文する人は、あんまりいないが……まあいいさ。
ところで、ダニーが横目で見ているし、先生も紹介して欲しそうなので、僕はやむを得ずぼそっと述べた。
「こちら、ダニエル・ダングラス・ホーム……の転生さん。僕はダニーと愛称で呼んでいますが」
「紹介はいらないですよ、マスター」
中坊のダニーが顔をしかめた。
「学校の先生は鬼門なので」
「――史上最強の超能力者っ」
彼と先生の声が重なった。
……ていうか、ダニーの前世の業績を知っているのか。
意外だな、知らない人も多いのに。