常連追加(第1話終わり)
「――というわけで、父親がヴァンパイアで、母親が人間という二人の間に生まれた僕は、ヴァンパイアの能力が一通り使えるわけです」
ベッドの横に椅子を置き、ごくかいつまんで説明してあげたが、好奇心旺盛らしく、先生はそれで満足しなかった。
嘘だとは思わなかったようだが、疑問は生じるらしい。当然だが。
「でも神代君、昼間も学校に来てるじゃない? 休みがちだけど」
「休みがちは余計です……半分は人間の血が混じるハイブリッド種だからですよ。太陽光は苦手だけど、でもそれで死ぬほどじゃない。母親の血のお陰です。実は、真性のヴァンパイアにとって、人間の血が混じるのは超レアケースだし、掟破りに等しいらしいですけどね」
「どうして?」
「それはまた、いずれ説明する機会もありましょう」
段々面倒になった僕は、説明を端折った。
「とにかく、今の先生が納得すべきは、僕にはヴァンパイアとしての力が全て備わっているということです。つまり、通常、相手を吸血して使徒にすれば、大抵の病気も怪我も治癒してしまう。ヴァンパイアは不死身であるがために、使徒にはその恩恵も少なからず与えられる。ただし!」
何か言おうとした先生に先んじて、僕はしっかりと断りを入れた。
「……かつての僕は、自分がヴァンパイアであることは渋々信じても、その辺のルールについてはあまり信じてなかった。昔、ある少女が死にかけている現場に出くわした時、恩恵のみに気を取られ、うっかり僕は吸血してしまった」
「えぇえええっ」
なぜか不満そうな悲鳴が上がったが、僕は聞こえない振りをした。
どうせ、大した理由ではないだろうし。
それより、口にしたことで、当時のことを思い出してしまった。ビルの屋上から身を投げた少女と、その現場に居合わせてしまった僕のことを。
駆けつけた僕に、彼女は血まみれの顔で「いたい……いたいの……たすけてぇ」としくしく泣きながら訴えた。飛び降りれば必ず死ぬと思っていたらしいが、すぐに死ねない場合だってあるのだ。
全ては高さと打ち所による。
彼女の場合、即死に至る高さじゃなかったというだけだ。
だが、調べるのも嫌になるほど何カ所も骨折し、折れた骨が太股から飛び出し、泣きながら痛みを訴えるその子を見て、僕は放置できなかった。
モンスターとしての自覚が足りなかったということだろう……。
「それで、その子はどうなったの!?」
先生の声で、僕はようやく我に返る。
「……心配そうだけど、不満そうでもありますね。器用なことです」
「気のせいよ! い、生きてるんでしょう、もちろん?」
「彼女は助かりましたとも、もちろん。だけど、その後の人生を台無しにしているも同然です。使徒になってしまいましたから」
「それじゃ――」
「でも、その後で義母のノーラさんから、使徒化の吸血行為などしなくても、助ける方法はあると教えられた」
僕はわざと先生の追及をはね除けた。
「その時だって、時が許せばノーラさんにアドバイスを求めたんですが、運悪く、そんな時間がなかった。でも、今は違う。教わった方法で、先生を助けられますよ」
「ど、どんな方法?」
さすがに先生の声が緊張した。
「別にそう難しい方法じゃありません。ただ僕の鮮血をスプーン一杯程度、飲み干すだけです。それで、おそらく癌は一掃される」
「それって、話が逆じゃない!」
「そういう方法があると、人間達が知らないだけですよ。当然ながら、ヴァンパイアとしての吸血と、使徒化の方が有名ですからね。でも、血液はそもそも生命力の固まりのようなもので、それは人間もヴァンパイアも同じです。ただヴァンパイアの方がより強力なだけ。その恩恵を一時的に受けるため、飲んでもらうわけです」
説明を終えて待ち構えたが……先生の反応は鈍かった。
ぽーっと僕を見ているだけで、返事がない。
「……ガウンの隙間から、胸の膨らみがほぼ全部見えますよ?」
「――っ! いやっ!?」
スイッチが入ったように反応し、慌てて胸元をかき合わせる。
ちなみに、ほぼ全部見えてたのは、本当だ。別に度が過ぎる巨乳じゃないけど、先生、あきらかに平均より胸大きめですね。
スーツの上からだと、あまりわからなかったけど。
「ちゃんと聞こえてるなら、なんで惚けてたんですかっ」
感想は秘匿して責めると、涙目で睨まれた。
「しょうがないでしょうっ。神代君の顔、綺麗なんだもの」
「……む」
僕は自分のなよっとした顔があんまり好きじゃないので、これは意外な言われようだった。まあ、信じてないけど。
「そりゃどうも。……それで、お返事は? まさか押し倒して無理に血を飲ませるわけにはいかないですから」
「でも、有償なんでしょう? 確か海岸でそう言ったわよね? 多少のお金はあるけど……払えるかしら?」
先生は困ったような顔で僕を見る。
「ああ、確かに言いました、はい。でも、ご心配なく。お金の話じゃないです。いつか僕がなにかの折りに困った時、力を借りる時もあるかもしれない……そういう話ですよ。それだって、無理強いじゃないですし。ちなみに――」
なぜかドキドキ顔で僕を見るので、一応安心させるために言ってあげた。
「別に『やらせろ』とか、下卑たことも言いません」
うわっ、真っ赤になった。そこまで動揺せんでも。
「……影踏みさんの、ばか」
また上目遣いで僕に言う。でも可愛い言い方だったから許そう。
「影踏みさんってあだ名、やめません? じゃあ、話は決まりましたね」
早速立ち上がり、僕は自分の机に歩み寄り、カッターを手に戻る。
「い、今からなのっ」
「今だって、苦しい思いをしているでしょう? 口にしない辛抱強さは褒めてあげますけど、どうせなら、早く痛みから解放されましょう」
優しく言い聞かせると、先生はくしゃっと顔を歪め、小さく頷いた。
「うん……ありがとう」
「これも何かの縁です」
言うなり、僕は自分の手首を彼女の口元に持って行った。
「切りますから、唇を開けて。鮮血が滴ったら飲んでください」
先生は、まるで童女のように素直に唇を開いた。
治癒に抵抗があり、僕を信頼していないと、治るにしても回復は遅いのだが――。
……どうやら、この分では心配なさそうだ。
不思議なことに、僕はそう考えた瞬間、微笑していた。
いや、さすがにこれは、僕の気のせいだと思うんだが。
そこまでいい奴じゃないしね。
ちなみにこの時点では、僕はこの不破歩夢先生が、以後毎日のように店を訪れる常連さんになることを、知らずにいた。
(第1話終わり)
とまあ――。
こんな感じで、主人公「零」の恋愛騒動を絡めつつ、毎回、いろんな話で進めていく予定です。
多分、転生者はどんどん増えるでしょう。
各話の終わりで結構ですので、もしも少しでもお楽しみ頂けたようなら、ブックマークや評価などをいただけると嬉しいです。