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わたし……あなたが好きです


 もちろん、そんなはずはない。


「末期の癌だから、救いはないと?」


 直球で切り出すと、先生は大きく息を吸い込む。


「か、海岸で聞いた時は、夢だと思ったのにっ」

「いえいえ、全部現実ですとも。僕が夜の海で大苦労したのも、当然現実ですよ?」


 僕はしっかり保証してやった。


「病巣に侵された人は、独特の臭気がするので、わかります。僕の嗅覚――まあ、聴覚も視覚もですが、とにかくかなり特殊なんですよ。秘密を守れるなら、先生を助けることも出来るかもしれません」

「本当なの……かしら?」

「その言い方、なぜか微かに期待しているような感じですね? 最初から怪しかったけど、なにか僕のことをご存じで?」


 目にかかった長い前髪を払ってから尋ねる。

 ……めんどくさいから散髪サボってるけど、いい加減切らないとな。片目が隠れそうだ。


「わ、わたし――」


 どういうわけか、僕を潤んだ瞳で見つめ、不破先生が口ごもる。


「死ぬ気だったんでしょう? そんな勇気あるなら、今からでも白状しちゃいましょうよ。ご近所の縁もあることだし」


 さすがに人間に関心がない僕も思い出したが、そういや先生とは、ちょくちょく道ですれ違う。挨拶程度しかしないが。


「じゃあ……そうします」


 本当に覚悟を決めたのか、先生は半身を起こしたまま、居住まいを正した。


「わたし……あなたが好きです」


 上目遣いに僕を見て、震え声で述べた。





 なんということか! この僕が意表を衝かれるとは。


「……は?」


 僕にあるまじき素っ頓狂な声が出ちまったじゃないか。

 しばらく二人で見つめ合ってしまった。


 もちろん僕は先生が冗談だと言ってくれるのを待っていたわけだが、そんな気配は微塵もない。それどころか、最初から赤かった顔が、いよいよ真っ赤になっていった。


「本気じゃないでしょうね?」


 やむなくこちらから切り出したら、逆に怒られた。


「こんなことで、冗談言いませんっ。手遅れの癌が発見された時だって、死ぬ前に告白しようかどうか、かなり迷ったもの」


 それから、僕のさらなる疑問を封じるように、捲し立ててくれた。



「しょうがないでしょう、好きになっちゃったのだから! わたしがまだ女子大に通っていた頃から、嫌そうな顔で学校に通う神代君をよく見かけたわ。なぜかいつも日陰を選んで歩いているから、心の中で『影踏みさん』というあだ名もつけてしまったくらい……いつの間にかあなたと、心の中でお話しするほどになっていたのよ。もちろん、年齢差も考えたし、今となっては先生と生徒という立場だってある。でも、あなたが入学して、わたしが受け持つクラスに入ってきた時、本当に運命を感じたわ……今回だってなぜか死ぬ前に出会ったし、おまけに助けてくれるつもりなんでしょう? なら、わたしがいよいよ本気になっても、しょうがないじゃない! これってきっと運命だわって想像しても、当然だと思わない!?」



 怒濤の長文で吐露とろしてくれたけど、正直僕が感服したのは「嫌そうな顔で学校に通う神代君~」という部分だけの気がする。

 いや、実によく観てるなと。確かに僕は学校が好きじゃないしな。


 だからこそ、本気の言葉であり、今の話を信じる他ないのかもしれない。


「それに、裸だって見られちゃったわ!」


 僕が黙っていると、ヤケクソのように叫んで寄越した。


「裸は置いて。それは……気付かずに申し訳ない」


 殊勝にもちょっと同情的な気分になり、静かに低頭する。


「先生が近所に住んでいることは気付いてましたけど、そういうお気持ちだとは思わなかった。でも、それなら僕も告白しやすいですね」

「え、告白っ!? 影踏みさんもしてくれるのっ」


 俄然、前のめりになった先生に、僕は慌てて首を振る。


「いえ、そういう話じゃなくて」


 それに僕は影踏みさんじゃないぞ。


「僕の正体のことですよ。先生を助ける方法と直結しているわけですけど」

「……わたしのこと、嫌いなの?」


 ひどくがっかりしたように訊かれ、僕は柄にもなく困惑した。

 この人の命を助ける話だったと思うのだが、いつのまにか色恋沙汰の話になっている気がする。


「嫌いとか好きとか、僕はまだ意識したことないので。その話は、肝心な話を終えてからにしませんか?」


 死の影が近付いている人に突き放した言い方をすると、また崖からダイブしかねない。

 もう土砂降りの海で遠泳は嫌なので、僕は穏当な言い方をした。


「そ、そう……それなら……はい」


 幸い、先生も渋々納得してくれた。

 ようやくこれで本題に入れそうなので、僕はサイドテーブルに置いたままの紅茶を勧めた。


「紅茶でも飲んで、覚悟を決めて聞いてください。まずは、告白の話から。……実は僕、ヴァンパイアなんですよ。少なくとも、その血筋を引いている」


「……えっ」


 きょとんと首を傾げた先生を観て、僕は初めて「少し可愛いかも」と思った。少なくとも、悲壮な表情や怨嗟の表情、それに暗い表情よりは魅力的だ。


 ちなみに彼女の反応は置いて、僕はさっさと説明していく。

 自分が、どのような力を持つか、その一部について。


 この力あるが故に、今回も先生の助けになれると思うのだ。


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