表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/27

シオン(使徒)の帰宅


 僕は約束通り、陽が落ちてから、長尾さん達の護衛を務めるつもりだったけど。


 その前に、大事な用事があった。

 翌日、あえて学校を休み、店を早めに開けて備えていたのだが……十分に余裕があったはずなのに、なんと「彼女」は、午後に入ってすぐ帰宅した。


 澄んだ鈴の音がしてドアが開き、ボストンバッグ一つを持つ少女が、パタパタと駆け込んでくる。

 そのままそこらの席へバッグを置くと、迎えに出た僕に抱きついてきた。


「ただいま! レイさんっ」

「……お帰り、シオン」




「あいたかった……やっとあえたです!」

「そんな大げさな……せいぜい十日ほど留守しただけだろ?」


 思わぬ強さでぎゅっと抱きつかれ、僕は戸惑う。

 この子は篠原詩音しのはら しおんといい、よんどころない事情で僕の使徒となってしまった女の子だ。ちなみに、修学旅行を終えたばかりとはいえ、まだ小学六年生で、十二歳である。

 

 これでも助けた二年前はまだ十歳だったのだから、随分と大きくなった方だと思う。

 なにしろ、以前と違ってちゃんと胸の膨らみを感じる。


「最短、思春期のどこかで成長が止まるんだったかな……僕は今現在でも成長継続中だから、ちょっと見当がつかないけど」

「心の中で考えたこと、そのまま口にしたらわからないですよ~」


 くすっとシオンが笑った。


「わたしは、レイさんと並んでも恥ずかしくないくらいには成長続けたいです――て」


 シオンの笑顔が消えた。

 ようやく身を離してくれたところで、小さな鼻をスンスンさせ、盛大に顔をしかめてしまう。幼いとはいえ、彼女もまたヴァンパイアの能力は持っている。


「長尾さんはわかるとして……違う女の人の香りがします」


 見る見る心配そうな顔で僕を見る。




 ……見た目はともかく、シオンは僕の使徒だ……人間だったけど、吸血したことで、そうなってしまった。

 そして、使徒はマスター(この場合は僕)に恋慕するなんて話を、ノーラさんに聞いたことがある。実は僕は、その話をあまり信じていなかったけど、今はちょっと心配になってきた。


 僕はわざとシオンを抱き上げ、カウンター席まで運んであげた。


「ココア入れるから、その間に事情を話すよ」


 ――言葉通り、かいつまんで話した。


 しかし、全然納得してもらえなかった。

 シオンは驚くほど青ざめていて、僕を見る目が潤んでいた。もちろん、感動したとか、そんな平和な理由じゃない。


「わたし……捨てられるんですか?」

「いや、そんな馬鹿な!」


 僕は心底驚いてシオンを見返した。


「君は僕の家族も同然だろ?」

「……でも、その先生は恋人候補なんでしょうっ」


 う……なんか言葉がキツいな。

 まさかと思ったが、やたらと距離感が近かったのは、本気でその……マスターたる僕に入れ込んでいたせいなのだろうか。


 未だに半信半疑だけれど。


「恋人候補というのは少し語弊があるよ。僕的な心情を素直に白状すれば、先生が僕のモンスターぶりを詳しく知れば、諦めるだろうと思ったんだ」


 正直に話したのに、本格的にシオンが泣き出し、しまいにはカウンターの椅子から飛び降りて、店を走り出てしまった。


「レイさんのばかっ」


 なんて全力で叫ばれて。




 途中でどうやって開店を嗅ぎつけたのか、ホームズ氏が来店したのだが、シオンと衝突しそうになって慌てて飛び退いていた。 


 ……止めてくれればいいのに。



「これは……参ったな」


 僕が難しい顔で唸ると、なぜかホームズ氏が大きく頷いた。


「今のうちに慰める方法を考えた方がいいね。シオン君は本気だよ」


 相変わらず、尋常でなく話が早い。


「なにに?」


 真面目に訊いたのに、ため息をつかれた。


「レイ君が自覚しない限り、教えてあげても無駄だろうと思った通りだったね」


 ステッキをカウンターの隅へ立てかけ、ホームズ氏は早速、自分のお気に入りである、(僕から見て)左隅の席へ座った。


「自覚というと」


 珍しく恐る恐る尋ねると、ホームズ氏は粋な仕草で肩をすくめ、言い放った。


「僕は理解したくもないが、君に恋愛感情を持っているということだよ……僕に指摘されるようじゃ、かなり鈍いと言わざるを得ないが」

「……可能性は考えたことありますけど、まさかと思ったんですよ!」


 僕はココアのカップを、ホームズ氏の前に置いた。


「奢りです。その代わり、店番頼みますっ」

「いや、僕はコーヒーが」

「後です、後っ」


 不満そうなホームズ氏を放置して、自分も店を出た。

 ああ、昼間に出歩くのは嫌なのにっ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ