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バリツといえば、ホームズ氏

「どういうことかな? 話くらいは聞くけど?」


 僕が水を向けると、長尾さんはコーヒーを飲みながら語ってくれた。それは、「友達が痴漢に遭ったのです」という、ある意味ありがちな話だったのだが――。 




「君が下校時に護衛について、しかも襲撃があったわけだよね?」


 そこをはっきりさせたくて、僕は念を押す。


「その通りです……でも逃げられましたし、わたしも手傷を負いました。面目次第もありません」


 うなだれる謙信公……いや、長尾さんである。


「う~ん、君と互角以上に戦う奴が、そこら辺にゴロゴロいるとは思えないんだが」

「言い訳するようではありますが、相手は人間の姿こそしていましたが、おそらく人間じゃないと思います」



『――人外っ』



 嫌過ぎることに、僕と先生の声が重なった。

 ただし、僕と違って、先生は妙に嬉しそうな声音だった気がするが。

 しかも、ホームズ氏まで興味を持ったらしい。


「ほほう? 人外だと思った、理由はなにかな?」


 椅子ごとこちらを向き、ホームズ氏がパイプを外して長尾さんに注目した。なんとなく、不可視のワトソン氏までそばに見えそうな気がした。


「普通の人間は、わたしの身長よりも高い壁に、ひと跳びで飛び上がったりしませんよ。それに、目も赤く光ってましたし」


「うわっ、ヴァンパイアかもしれないわねっ」

「いや、ちょっと」


 さすがの僕も顔をしかめたさ。


「ヴァンパイアだって、その辺にゴロゴロいる存在じゃないですよ。それに、彼らには彼らのルールがあり、通常は公然と人間を襲ったりしません。まして、痴漢なんて」

「でも、この前のニーナちゃんの事件の時だって、謎のヴァンパイアが妙な警告してきたじゃない? 少なくとも、この街にはいるわけよね、ヴァンパイア」


 珍しく先生が、痛いところを衝いてくれた。


「だいたい、身分とか職業とかで決めつけるのは、駄目だと思うわー。上場企業の偉い人だって、盗撮で捕まったりするんですし」

「……どんな例えですか」


「友達が遭遇した痴漢は、拉致までしかけた、立派な犯罪ですが」


 言いかけ、長尾さんは僕と先生を見比べた。


「時に、ニーナちゃんの事件と言いますと?」


 礼儀正しく尋ねた彼女に、先生が「あのねぇ、実は少し前に――」などと、早速、説明を始めていた。

 あまり広めてほしくないのだが……まあ、長尾さんくらいならいいけど。



「そんなことがあったんですか! マスターは相変わらず、渦中の人ですねぇ」



 長尾さんに感心され、僕は苦笑した。


「いや……別に騒ぎが好きなわけじゃないんだけどね。しかし、その事件は……ちょっと気になるな。身体能力的に、人間じゃないのは明らかだし」

「今回も、僕は手助けできそうにないが」


 明らかに愉快そうな顔で、ホームズ氏が僕らを順番に見た。


「新たな情報が出た時は、教えてくれたまえ。場合によっては同行するよ」

「いや、今こそ、バリツの出番では?」


 からかうつもりは微塵もなく、僕は真面目にそそのかしてみた。

 実際、前に大男を叩きのめしたところを、僕は目の前で見た。ホームズ氏が相応の実力を持っているのは、事実なのだ。


「ボクシングもあるんじゃないですか?」


 珍しく長尾さんも、控えめに指摘した。


「シャーロック・ホームズは、ボクシングの達人でもありますよね? むしろ、作中で一番多い記述は、そっちだったような気がします」

「見たいわ、ホームズさんのボクシングっ」


 ……先生がまた、そこら辺の女子高生と変わらないようなことを言う。

 まあ、僕もちょっと見たいけど。

 だがあいにく、年齢に相応しい落ち着きを持つホームズ氏は、迂闊な約束はしなかった。


「ははは……まあ、小説のホームズは虚構だけどね。僕にせよ友人の彼にせよ」


 そこで彼は、ちらっと横を見て、僕らには見えない相棒を見やる。


「ホームズやワトソンが実在する、IFの世界の住人なのさ。ある意味、ここでは異邦人だよ」

「今回はともかく、そのうち本当に期待しますよ」


 僕は穏やかに頷き、長尾さんを見た。


「というわけで、近々僕が同行しよう……もちろん、夜限定だけどね?」

「ありがとうございます。心強いです!」


 長尾さんが感謝の目つきで低頭した。


「わたしも同行するわっ」


 ……止めようとしたのに、先生が先に手を上げてしまった。

 この人、本当に好奇心が強いな。


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