(EP3開始)正義の味方JK
翌日には僕の使徒となってしまったあの子が帰るという夜、店はいつものように暇だったが、客はいた。
なぜか毎晩のように通い詰めるようになった、歩夢ちゃんこと不破歩夢先生と、この店が半ば住居と化している、ホームズ氏である。
僕を含めたこの三人が店にいると、大抵はたまに先生が僕に話しかけるくらいのもので、時は穏やかに過ぎる――はずが、その夜はさらに追加で一人客が訪れた。
「マスター、お久しぶりです!」
入るなり、礼儀正しく一礼した少女は、長い髪を青いリボンでポニーテールにまとめた、凜とした面持ちの子である。
部活は剣道部に入っています、と前に聞いたことがあるが、いかにも剣道着が似合いそうな人だった。
ただし、もちろん今は学校帰りなので、ブレザーの制服姿である。
「ホームズさんもご無沙汰しています」
もちろん彼女は、ホームズ氏にも一礼した。
「ああ、お久しぶり……今日は練習に参加しなかったようだね?」
挨拶と、そしてどういう根拠でわかったのか、早速、そんな指摘をされ、彼女は苦笑した。
「相変わらず、ご慧眼です。いえ、今日はマスターにご相談があったのです」
「しばらくだね、長尾さん」
僕は遅れて頷いた。
「僕と同じ歳なんだから、そんなに畏まらなくていいよ」
「いえ、やはり日頃お世話になっていますし」
有料でコーヒー淹れるのは、あんまりお世話になっているとは言えないと思うが、僕は微笑して肩をすくめ、なにも言わない。
元々この子は、礼儀正しく、そして義理人情に厚い方なのだ。
……過去世がそうだったように。
「ねえねえっ」
彼女がカウンターに座る前に、先生が僕に囁きかけた。
「他校の人ですよ。先生は知らないと思います」
「いえ、そうじゃなくて!」
じれったそうに先生が唇を尖らせる。
「どうかしましたか?」
背筋を伸ばした美しい姿勢でやってきた彼女が、そっとカウンターに座る。
先生とは一つ席を空けた位置であり、視線は僕と先生をそっと見比べている。彼女らしく直球で訊かないのは、遠慮しているのかもしれない。
「ああ、僕の学校の先生で、新しい常連さんね――先生、こちらは長尾さん」
僕が双方に最低限の紹介をしてやると、先生は軽く身を乗り出した。
「あの……失礼だけど、貴女も――」
「転生した誰かなのか、ですか」
品の良い笑い方で彼女は頷く。
「そうですね、特に根拠も確信もないけど、よく見る夢が前世の私だと言うなら、多分、先生の予想通りでしょう。……よろしくお願いします、不破先生。私、長尾景虎と申します」
座ったままではあるが、深々と一礼され、先生は息を呑んでいた。
まあ、驚くよな、そりゃ。
長尾景虎……つまり、後の上杉謙信が目の前にいるんだから。
とはいえ今の彼女は、転生した後の、現代日本を生きる女子高生だけどね。
ちなみに彼女の長尾姓は今現在の姓でもあるが、あいにく下の名前は普通に女の子の名前だ。
しかし僕は、前世の記憶を持つ客人は、本人が嫌がらない限りにおいては、前世の素性で呼ぶことにしているので、彼女も日頃は「長尾さん」と呼んでいる。
同い年だが、落ち着いた物腰と、時に、静かな迫力を持って見つめ返す彼女を、呼び捨てでは呼ばないことにしている。
上杉謙信生涯不犯説とか女性説とか、かの武将(後に大名)にはいろいろ逸話があるが、それは今は置く。
とにかく今生の謙信は、現在女子高の一年生である。
「僕に相談って?」
アヴァロンのオリジナルコーヒーを淹れて彼女の前に置くと、長尾さんは静かに頷いた。
「君なら、なんでも自分で解決できそうだけどなあ」
からかい口調で言ってやると、微苦笑された。
「前世はともかく、今の私はただの非力な女子高生ですよ……でも、なんとかしようとはしてみたんです」
「……竹刀持参で?」
「いえ、木刀持参で」
落ち着いた物腰のまま、長尾さんが言う。
「不埒者を叩きのめす所存でしたが、逃げられました」
密かに殺気を纏っているのがわかる。
顔には出さないが、なにか腹を立てているらしい。




